真珠湾攻撃成功の暗号は一富士・二鷹・三茄子

1941年12月8日未明


「第一次攻撃隊発艦開始!」


「射出機の固定解除!」


「艦攻隊は順次発進せよ! 1秒の遅れも許されない!」


 大日本帝国は英米仏欄に対して宣戦を布告した。その直前にハワイ沖に大艦隊の姿を見る。大艦隊の中央部に将旗を掲げるは翔鶴型空母一番艦の『翔鶴』であり、日本海軍の大型空母の完成形と謳われたが、最近は改翔鶴型が登場して装甲空母計画も存在し、翔鶴型は初期型に括られた。しかし、翔鶴型の指揮通信能力は艦隊旗艦に恥じない。大日本帝国海軍のの航空母艦の誉れだ。山口多聞中将が将旗とZ旗を掲げるに最高と評しよう。


 翔鶴以外の空母7隻からも次々と艦攻隊と艦爆隊が発進した。ハワイの真珠湾基地を攻撃する。大艦隊は道中まで八八艦隊と行動を共にしたが、米海軍の太平洋艦隊迎撃やミッドウェー島攻略作戦の都合で別れており、世界最大の空母機動部隊がハワイを目指した。また、事前に偵察用の潜水艦が進出して敵艦隊だけでなく輸送船、商船、警戒艇の動きまで把握している。これに加えてダメ押しと南洋諸島を発進した飛行艇が秋津洲で補給を受けてから各島の偵察に出た。


 山口艦隊は幾重にも重ねられた用意周到の上に100機以上の攻撃隊を吐き出した。何よりも奇襲効果を重視した故に夜間の発艦作業は危険を極める。敵偵察機や敵哨戒艇に発見されてはならず、誘導用の灯りも封じた徹底ぶりは常軌を逸していたが、普段の猛訓練の賜物で事故無く進められた。


(賽は投げられた。これ以上のことはどうにもならん)


「いやぁ、射出機とは偉い物です。零戦はともかくとして艦爆と艦攻をこうも容易く飛ばした。今までの最大船速で風向きを覚えることがとんだ無駄に思えてきます」


「こいつは何度言えば気が済むんだ」


「致し方あるまい。数十年前は扶桑の砲塔に滑走台を設けた。今は800kg魚雷を吊り下げても少しの船速で簡単に飛ばせる。これが技術の進歩なんだ」


「複葉機は単葉機になり、エンジンは100馬力から1500馬力へ、爆弾も100kgから1tにという」


「我々の艦載機がハワイのパールハーバーを奇襲する。なんと痛快でありましょう」


 山口司令以下は最新鋭の装備である油圧式射出機を称賛した。艦攻が飛び立つ様子を眺めて感慨深げに頷いている。昨今の航空機に関する技術の進歩は圧巻に尽きた。複葉機はあっという間に単葉機に追いやられる。エンジンも非力な物から猛々しい大馬力に置き換わった。武装も倍以上に強化されている。航空機本体だけでなく補助の射出機ことカタパルトの実用化も目覚ましい技術の進歩だ。


 最新鋭の装備に各員の高練度が相まって計画よりも早く第一次攻撃隊の発進を終える。この後は離脱と言うこともなく即座に第二次攻撃隊の用意を始めた。普通は第一次攻撃隊の報告を踏まえて装備を柔軟に変える。山口司令は悠長に考えている暇はな皆無と切り捨てた。とにかく敵軍を撃滅すると言わんばかりに魚雷と爆弾の装備を命じる。


「1機でも多く無事に帰って来る。ただひたすらに祈っている。我々は全機が帰って来るまで離脱しない。仮に太平洋艦隊が来ても構うものか。空母もれっきとした戦の船である。高角砲が出迎えよう」


 山口多聞は並々ならぬ覚悟で臨んだ。


 彼の闘志は攻撃隊に届いている。


~第一次攻撃隊~


「初めての実戦はお前だけじゃない。落ち着いてやればな」


「はい。せっかくの皇国の鉄槌を下すべく1.5t爆弾を吊り下げてきました。水平爆撃でも緩降下爆撃でも急降下爆撃でも敵戦艦に直撃させてみせます」


「敵戦艦を撃つに高千穂は丁度良かった。老齢のブリキが沢山と聞いている」


「本当にいるんでしょうか。敵さんの空母と一緒にどこかへ逃げていったかも」


「その時は飛行場から要塞砲まで全部を爆撃する。この超徹甲爆弾はコンクリートも貫通した」


 第一時攻撃隊は艦爆隊を多めに配合した。彼らは第二次攻撃隊の艦攻隊が突入する露払いを務める。急降下爆撃を以て対空火器を制圧したり、飛行場の戦闘機と爆撃機を破壊したり、巡洋艦と駆逐艦など小型艦の防空を減じたり等々を挙げた。


 艦爆隊の中でも特異な姿の艦爆を極少数だが確認する。普通は胴体内部の爆弾倉に徹甲爆弾か陸用爆弾を仕込むものだ。なぜか、機外の胴体下部に太っちょな大型爆弾を吊架している。いかにも大きくて重そうな爆弾から絶大な破壊力を予想した。当然ながら艦爆隊の切り札と期待する。


「ただ大きくて重たい物を作ればよい。そんな馬鹿な話があるものかだ。相沢隊の80番だって長門の40cm徹甲弾を改造した徹甲爆弾である。それを更に急降下爆撃に耐えるように作り直した」


「言うは易く行うは難し」


「そういうことだ」


「こいつを操縦することも並大抵ことでありません。諸刃の剣が過ぎます」


 大海の遥か先に日が昇ろうと試みた。


 訓練で幾度となく行ってきた夜間の発艦は緊張が否めない。発艦して尚も暗闇の中で飛行艇の誘導と航法図の針路を照らし合わせた。太平洋において米国領ハワイは最大規模の拠点を為す。日本本土から直接攻撃することに武者震いが止まらなかった。


 第一次攻撃隊は朝日に軽く合唱する。雲を隠れ蓑にオアフ島を目指した。飛行艇の最終誘導が終われば自力で目指さなければならない。雲の切れ目から時折にハワイの島々を探した。遂にオアフ島北端部のカフク岬を目印に捉えると同時に低空を飛行中のカタリナ飛行艇が視界に入る。ここで急報を発せられれば奇襲攻撃は水泡に帰した。


「なんて手際の良さだ。あの零戦は熟練どころじゃない」


「通信を発することも許さなかった。お見事です」


 カタリナ飛行艇は悠長に飛んでいると突如として頭上から機銃掃射を受ける。あっという間に海へ突っ込んだ。第一次攻撃隊に含まれる護衛機の零戦1機がエンジンを集中的に射撃する。なんと見事な手際の良さであった。緊急通報すら許さない早業を以て撃墜する。


 これは非公式であるが日米開戦を告げた。


「突撃体勢作れが来たぞ」


「これぐらいは朝飯前です。握り飯を作るよりも簡単で造作もありません」


 第一次攻撃隊の総隊長機から「ト・ツ・レ」が発せられて信号弾が1発だけ発射される。出撃前の打ち合わせに信号弾の発射数から「奇襲攻撃」か「強襲攻撃」を確認することを決めていた。艦爆隊は零戦隊に背中を預けて各々に振り分られた目標へ機首を向ける。一部はオハフ島ではなくフォード島の米陸軍航空隊のオイラー飛行場を襲撃した。


 艦爆隊が先行して艦攻隊が追従する格好で真珠湾基地の侵入を果たす。本来は8時に急降下爆撃隊と水平爆撃隊、雷撃隊が一斉に攻撃を開始するところ、オイラー飛行場襲撃が先走ってしまい、真珠湾基地に警報が流れて「これは演習に非ず」と叫んだ。


「突撃命令が出たが手筈通りに進めろ。敵戦艦に一個小隊単位で投下する。敵戦艦を真っ二つにしてやれ。俺達の大戦艦に比べればブリキの玩具に過ぎないぞ」


「一番槍行かせてください。うちの若い奴に」


「よし、認めよう。若い奴には成功の経験を積ませることが一番だ。失敗だけさせては何も得られない」


「ありがとうございます」


 各地から爆撃の爆発音や対空火器の砲撃と射撃の音が聞こえる。彼らはお構いなしだ。なぜなら、急降下爆撃隊と水平爆撃隊、雷撃隊に括られない。完全に別個の特別攻撃隊を誇示するが如く超大型徹甲爆弾を黒光りさせた。彼らは基本的にオーソドックスな3機で一個の小隊を構成する。


「敵艦はおそらくペンシルバニア級戦艦と識別! 降下開始!」


「敵機はいない! 叩き込んでやれ!」


 銀翼を翻して緩降下を開始した。


 米国史上最悪の一日は幕を開けたばかりである。


 総隊長機から一通の暗号電が発せられた。


「一富士・二鷹・三茄子」


 真珠湾基地奇襲攻撃は成功せり。


続く

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