超潜水艦発進

=山口県周南市大津島=


 山口県の周南市に属する有人島は丸ごとが海軍基地と使用された。日本自体が大きな島であるが、更に小さな島を貸し切ることで軍事機密を隠すことに用い、鋼鉄の鯨が外洋に打って出ることが多い。昔ながらの町民は漏れなく海軍関係者に組み入れられた。島民は高待遇を得る代わりに許可なく島から出ることは許されない。何かと制約の多い暮らしを過ごした。


「いいかね?今日は一日中を家で過ごさねばならない。漁に出ることも全てが禁止されている。仮に一歩でも出た者は憲兵さんに連れていかれるよ」


「なんでい、今に始まったことじゃあるまいし」


「それが例の艦隊が出撃するんだ。訓練じゃなくても戦争に行くんだい」


「そうかい、そうかい。中村さんの次男坊が死んだ訳がわかったよ」


「あぁ、若い奴はみんな死んだよ。一人残らずね」


 島の老人衆は無期限の外出禁止令に素直に従う。こんな小さな島に憲兵さんがワラワラと上陸したかと思えば小銃を手にした重装備の兵隊さんもいた。あまりの物々しさに推測が止まらない。家の外に出した途端に逮捕されるので否が応でも大人しくならざるを得なかった。


 大津島は他の島に比べてもインフラが整備されている。電気と水道は隅々まで張り巡らされた。大津島に独立した発電所まで設けられる始末である。まさに海軍基地の島を為した。日本が古来より苦しめられてきた自然災害から身を守る。防波堤もグルっと囲むように幾重にも張られた。


 その防波堤が次々と崩れ出したではないか。


「急げぇ! ついに出撃の時が来たぞぉ! 主砲の栓まで閉め忘れるなぁ!」


「イ10001準備よろし」


「イ11からイ15まで準備よし」


「ロ101もよし。先導のため、お先に失礼します」


 コンクリートの塊が脱皮した先に鋼鉄の鯨が姿を現した。大津島を囲む防波堤の正体はカモフラージュで潜水艦が姿を隠している。潜水艦たちは一様にコンクリートを模した建材を纏って島民すら欺いた。これを見られてはならないと本土から治安維持の憲兵だけでなく本物の兵士を派遣している。


 日本海軍が大艦巨砲主義と航空主兵主義を並行させる中で潜水艦の存在感は急速に薄められた。ドイツ海軍のUボートが猛威を振るったことは記憶に新しい。日本海軍は数歩遅れる格好だが潜水艦の育成に力を注いだ。とても派手な大戦艦と大空母を前面に押し出して潜水艦の存在感を敢えて薄めている。彼らもUボートと同じく通商破壊作戦を主とするが、敵地偵察や諜報活動、友軍の先導など多種多様な任務を与えた。


 敵艦隊襲撃に特化した艦隊型のイ号や汎用性に富んだ汎用型のロ号、隠密を重視した偵察型のハ号を矢継ぎ早に建造する。電気溶接技術を確立したブロック工法の全面採用で大量建造計画を推進した。その中で極秘と強烈な個性を有する特型潜水艦も計画する。


「本艦は世界で初めての潜水空母だが、潜水艦に航空機運用能力を与えたのではなく、航空母艦に潜水能力を与えている。艦上戦闘機と艦上攻撃機を積載した。我々は大日本に仇なす朝敵を撃滅する」


「司令官もどうぞ中へ。そろそろ潜航となります」


「この景色を記憶に焼き付けん。次に戻って来る時は1年後か2年後か」


「私たちは必ずここに帰って来るのです。大津島が故郷を刻んだ墓であります」


「そうだな」


 大津島を囲んだ最後の防波堤は潜水艦にしては異常に大柄な上に平べったい形状だった。潜水艦の天敵である水中の抵抗をこれでもかと生じさせる。艦橋の警戒所に最後まで残った者が艦内に収納されたことを確認次第にゆっくりと沈んでいった。潜航はスムーズで抵抗は案外と少ないかもしれない。


 山口県周南市大津島を発進した潜水艦の総数は20に迫る大所帯だった。それぞれが別個の目標に向かうわけがない。皆で徒党を組んで大日本に仇なす朝敵を討つのだ。その目指す先を知りたくても海中に潜られては調べようがない。ここは神の視点を艦内に移してみるが手っ取り早かった。本艦の規格外の図体の割に窮屈な内部で兵士達が額に汗を浮かべている。


「前衛部隊はパナマ運河を封鎖、本隊はニューヨークを爆撃、挺身隊はロサンゼルスを砲撃」


「お上はなんちゅう作戦を提示して来たんです?」


「未だに理解できていません。こんな艦隊がありましょうか」


「それを私に言われても困るだけで解決できんぞ。とにかく、パナマ運河とニューヨーク、ロサンゼルスの三点を同時に攻撃する。これで米国市民に戦争の脅威を肌に感じさせ軍ひいては政府に対して不信感を募らせる」


「米国市民を焚き付けるために建造された。特型潜水艦なわけです」


「聞いたことがありゃしませんな。艦戦15機と艦攻15機を積載して深度100まで潜る潜水空母に加えて14cm連装砲3基を備えた潜水戦艦に水中35ノットの高速潜水艦、その他に諸々も諸々も」


「前代未聞も前代未聞の話で夢を見ているのではないかと思います」


「実は私も受け入れられていない。頬をつねって痛ければ現実だな」


 司令官と参謀、艦長の会話を盗み聞きしても欠片も理解できなかった。潜水艦が集団で行動することに一定の理解を示す。艦隊まで大規模ではないと雖もドイツ海軍は群狼戦術を採用した。デーニッツ提督を代表にUボートの群狼戦術は連合国の通商を徹底的に破壊する。日本海軍も研究を進めたが芋ずる式に発見される恐れを指摘して独自の戦術を開拓することに切り替えた。


 彼らは通商破壊作戦を味方に任せるとおもむろに現時点では仮想敵国で数日後に明確な交戦国のアメリカ合衆国に向けう。超大型潜水艦を筆頭に大型潜水艦、中型潜水艦、小型潜水艦が随伴した。無用な事故を防止すべく連絡を密にする。太平洋の大海に出るまで一寸も気を抜くことはできず、道中の補給予定地点までは一緒に行動するが、補給を終えた後は三個の便宜的な部隊に分かれた。三個部隊が各自の目標へ針路を変える。


「海軍は大艦隊を動員しました。ミッドウェー島の早期攻略と合わせて真珠湾基地を中心にハワイの米軍基地を破壊します。米軍の注意がハワイとミッドウェーに向いている間に大西洋に侵入する算段を組みました」


「大西洋も米本土の近辺はUボートが遊弋しているらしく。商船の被害が続出しています。太平洋だけでない大西洋の混乱にも乗じてやりましょう」


「米国市民が気の毒で堪りませんな。本来は無関係なのに締め上げられる」


「全世界に覇権を訴える連中に情けはいらんぞ。その気になればエンパイアステートビルを爆撃して崩落させてやることもできる」


「そこまでだ。命令に無いことをやろうとするな」


「申し訳ありません」


 正体を明かすときは暫く先だが世界でも類を見ないことはまず間違いなかった。日本の恵まれた環境でこそ生まれないところ、イギリスとフランス、ドイツの海軍でも実際に建造されたが、あまりの使い勝手に厄介者と碌に運用されない。日本海軍が積み重ねて来たノウハウと独自の創意工夫を以て真っ当な運用を手繰り寄せた。


「暗号電を受信しました」


「なんと丁度良い時に送ってくる」


「ニイタカヤマノボレ1208です」


「日米開戦は遂に正式と決まったか。我々はミッドウェー島攻略作戦とハワイ大空襲作戦などを総合的に勘案して日時を決めることが許された」


「ハ号を先行させますか?」


「まだ良いだろう。変に突出させると警戒心を抱かれた。せっかくの奇襲作戦がおしゃかになる」


 なんとも堂々と機密情報を喋っている。


 ここは海の深い場所では漏れることは起こり得なかった。


 深度100を超潜水艦による大艦隊が航行中である。


続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る