ハワイ大空爆の用意
=北方四島=
千島列島よりも手前の北方四島に世界最大にして世界最強の空母艦隊が大集結した。大日本帝国海軍は八八艦隊を筆頭に大艦巨砲主義を極めたと思われるが、国内各地の金山で産出される金の輸出で巨大な富を蓄え、かつ北海道から四国にかける大油田の油を活かし、大艦巨砲主義と相対する航空主兵主義も擁立する。
世界恐慌に伴う失業者を救済するために台湾やトラック泊地など国外の海軍拠点を整備した。台湾に海軍基地と並行して工廠を新たに建設する。トラック泊地は大規模な拡大を以て対応した。国内外問わずに大型艦の建造と整備を可能にする。空母は大型の完成形たる翔鶴型と中型で量産型の雲龍型で確立を得た。前者は翔鶴と瑞鶴の2隻を建造したに留まるが、後継にして新鋭の大鳳型空母に引き継がれており、後者は量産型の真骨頂と前後期型が合計の12隻を建造する。
「なんて壮観な光景でしょうか。山口多聞中将に相応しいもので…」
「私に相応しいなら訓練を倍にしよう。夜間の復旧訓練を行うか」
「冗談であります」
「よろしい」
この大艦隊は日米開戦を告げるハワイの米海軍真珠湾基地大空襲を担当した。日本海軍はミッドウェー島攻略作戦を本命にするが、米海軍太平洋艦隊が救援に来ることを見越して予め芽を摘み取るため、大型空母4隻と中型空母4隻の通称で四四艦隊を動員する。民間商船や補助艦の改造空母を含めると余裕を残したが、本土防衛の哨戒活動や北方上陸作戦、南方上陸作戦などに割かれてしまい、ハワイ真珠湾基地攻撃に充当できる精一杯は以下の8隻である。
〇第一(空母)機動艦隊
司令官:山口多聞中将
一航戦
・翔鶴型空母『翔鶴』『瑞鶴』
・大鳳型空母『大鳳』『白鳳』
二航戦
・雲竜型空母『雲龍』『葛城』『笠置』『御嶽』
一水戦
・長良型軽巡(防空軽巡改装)『阿武隈』
・陽炎型駆逐『谷風』『浦風』『浜風』『磯風』『陽炎』『不知火』『秋雲』
・日進型水上機母艦『日進』『山陽』
・秋津洲飛行艇母艦『秋津洲』
その他(航空機運搬船、艦隊型給油艦、特設巡洋艦)
この大艦隊を率いるは猛将の山口多聞中将と知られた。彼は兵士たちに海軍伝統である月月火水木金金の猛訓練を課す。あまりにも過酷な訓練を課す故に「人殺し多聞丸」という異名を頂戴した。彼が課す猛訓練は考え抜かれており、単なる戦闘訓練だけでなく、被弾時の緊急的な応急修理こと、ダメージコントロールが占める。彼は最悪の事態でも空母を保全して再攻撃する思想を有し「いかに母艦を沈めないか」に重点を置いた。
「早朝の真珠湾に大攻撃隊を突っ込ませるが夜間発艦は非常な困難を極めた。今日も夜間発艦の訓練を行うぞ」
「伝達します」
「これも膨大な資材のおかげです。すぐそこの厚岸油田で油が採れます。中国の鉄と石炭もあります。1週間で予備機が送られてきました。艦載機は潤沢も潤沢ですから搭乗員を守らねばなりません」
「中国内戦上がりの古参は己の腕に絶対の自信を抱いた。それ故に防弾板はおろか落下傘すらも重量物扱いにする。いざ戦が始まれば古参は直ぐに少数派と置き換わった。若くて未熟な新参が増えることを予想できん奴は害と言い切ろう」
「ぶった切りますな」
「真の強兵ならば勝ち負けを問わない。生きて帰ることを第一にした。生きて帰れば再起を図ろう。無駄な責任感を背負って自ら死することの一切を認めん」
日米開戦を告げるハワイ大空爆が前代未聞の大作戦であることは言うまでもない。米国の意表を突く奇襲効果を最大まで引き上げるため、山口司令も作戦のブラッシュアップに参加し、立案者の連合艦隊や軍令部と一緒に知恵を絞った。最終的に黎明奇襲(早朝攻撃)に活路を見出す。
これは極めて危険な闇夜の夜間発艦を伴った。山口司令の人殺しの所以たる猛訓練に拍車をかける羽目と陥る。艦隊の多くの兵士から怨嗟の声が聞かれたが、急速に練度は向上し、一番の精鋭部隊という自信を携えた。彼らの自信は驕りや昂りでも何でもない。猛訓練を耐え切ったことに裏打ちされた確固たる自信を携えた。
「あれは?」
「敵潜水艦の侵入に備える陸上の哨戒機です。我々の動きが一寸でも悟られてはなりません。艦上偵察機と艦上攻撃機を出せますが、我々が訓練に専念できるように、わざわざ用意していただき」
「本土組には迷惑をかける」
「たまに零戦や艦爆、艦攻が挨拶に行くらしく…」
「言われんでも、やっているぞ」
「またアイツらですか。どうしようもない連中です。急降下爆撃の命中精度はピカイチなのが扱いに困りました。最近は整備兵を誑かして100番を載せろや50番を2発、25番を4発など言いふらしており」
「良い事じゃないか。向上心の高さだけは認めてやろう」
誰もが恐れる司令官の頭上を双発機と単発機が通過している。
~自由な空~
空は何人たりとも如何なる制約に縛られなかった。
「そんなに気になるものでしょうか?」
「さぁなぁ…」
「敵潜水艦が浮上してきた時に銃撃でもする気ですかね」
陸上哨戒機は北方方面警戒基地根室支部の飛行場を発進すると、北方四島を拠点にする第一機動艦隊の基幹部隊が猛訓練に集中できる環境を整え、外敵の侵入に備えて肉眼と電子の眼を光らせる。大日本と欧米諸国の関係は悪化の一途を辿って過去最悪級に突入した。お互いに情勢を探るためにグレーゾーンという非合法的な手段を厭わない。
特に日米は太平洋を挟んで対面するために両国間で潜水艦の侵入事件が相次いだ。潜水艦は何と言っても抜群の隠密性を誇る。彼らは深海にジッと息を潜めて仮想敵国に潜り込み、敵国の船舶の航路を記録したり、敵艦隊の動きを把握したり、敵軍の通信を傍受したり、等々のブラックに近いグレーを塗りたくった。
日米関係が最悪でも交戦状態に突入していない以上は安易な攻撃は不利を手繰り寄せる。陸上哨戒機は低空飛行で己の姿を見せつけた。潜水艦は潜望鏡を上げた途端に双発機が視界に入る。仮に侵入を続ける場合は警告用の航空爆雷を投下して速やかな退去を促した。
「昔は空母の艦載機に憧れましたが、今は自分の技量を正しく理解し、哨戒機の電探手で納得しています」
「火星の轟音が聞こえてきそうだ。こいつのお淑やかな金星とは違った良さがある」
「陸上哨戒機と艦上爆撃機を比べちゃいかんでしょうに」
単調な哨戒飛行も立派なお勤めである。
哨戒機は機首の大半をガラス張りに良好な視界を確保した。最新の電子兵装を装備し電子の視界も隅々まで広げている。しかし、彼らの視界の端どころか真横に友軍機がピッタリと張り付いた。自身の護衛機を思わせるが依頼は欠片も送っていない。彼らが勝手について来た格好らしく、操縦手・電探手・通信手は一様に「解せぬ」と感想を綴り、三名とも満更でもないようだ。
「我ら海軍が来る対米決戦のために拵えた新型の艦上爆撃機か」
「その名も…」
「新型艦上爆撃機の暴風!」
哨戒機の見事な連携技は残念ながら当該の艦上爆撃機に届かない。暫くの随伴に飽きたのかバンクを振ってからスロットを上げて猛烈な加速を誇示した。徹甲爆弾か陸用爆弾を持たぬ状態では艦上戦闘機も顔負けの加速力を発揮する。普段は大重量物を抱える都合で陸上攻撃機向けの大馬力エンジンを搭載した。機体が軽い時は余りあるパワーを遺憾なく発揮する。猛烈な加速を以て迎撃の敵戦闘機と対空砲火を引き剥した。
「なんちゅう加速力だよ、まったく、調子の良い連中で羨ましい」
「あれなら戦闘機の護衛が無くても敵艦隊に突っ込めそうです」
「まさしく暴風なわけ」
「この戦争は勝てるな」
日米開戦まであと8日の出来事である。
続く
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