第1話 八八艦隊の向かう先は
日米開戦は1941年12月8日に正式決定した。
「現地諜報員の情報では真珠湾基地に戦艦多数を確認しました。その殆どが最速22ノットの低速戦艦ばかりでした。八八艦隊は機動戦で圧倒します」
「そもそも、敵戦艦が真珠湾から出て来るかわからない。空母の攻撃隊が沈めてしまうことも十分に考えられる。空母攻撃隊は敵艦隊を洋上に叩き出すことに努めてもらいたいが」
「ハワイ攻略に飛行場と対空陣、沿岸砲台など破壊する目標はたくさんあります。外堀を削って行けば自ずと打って出ることを選ぶことになりましょう」
「八八艦隊の相手が米海軍の太平洋艦隊とは相手にとって不足なしだな」
「そうでしょうか。16インチは2隻のみで14インチの格下は釣り合わず…」
チューク諸島のトラック泊地から大艦隊が出撃する。
あれは日本海軍の誇る第二水上打撃艦隊こと八八艦隊と見えた。日本海軍は日露戦争の大勝利から次の仮想敵国をアメリカに定め、国防方針から戦艦8隻と巡洋戦艦8隻の八八艦隊を計画するも、国際軍縮会議でワシントン海軍軍縮条約が決まると大幅な修正を余儀なくされた。
事実上の無期限凍結に追いやられる。
それから暫くが経過して条約の形骸化が始まった。海軍はワシントンとロンドンの軍縮条約が残っている中でもお構いなしである。超大型浮き船渠を活用して秘密裏に建造を進めて戦艦と巡洋戦艦を一隻ずつと一隻ずつと揃えた。日本は圧倒的な資金と資源を盾に如何なる圧力にも屈しない。それどころか、計画の修正時に航空母艦の拡充を加えたり、巡洋艦の刷新を決めたり、運送艦を毎年恒例と計画したり、等々の軌道修正を挟んだ。
八八艦隊は構想から約20年が経過した1941年初頭に完全成就する。
「長門型と加賀型、紀伊型は近代化改修を経て30ノットを発揮します。天城型と筑波型は33ノットの快速姉妹です。16インチ砲の火力に30ノット以上の速力は防御を差し引いても…」
「攻撃力・防御力・速力の三拍子が揃うのは新時代の大和型以降だから致し方あるまい。大和型は山本長官を守るために本土で居残りを命ぜられた。ハワイの本格的な攻略時には出てくれる」
「海戦の主役は戦艦であります」
「大和型の代わりが空母というはいただけません。空母は補助で十分と言いたい…」
「第一航空機動艦隊も圧巻と聞いた。一度でも良いからお目にかかりたいもの」
「翔鶴型空母4隻と雲龍型空母4隻の四四(空母)艦隊です。最近は装甲空母なんか登場したらしく」
「我々の装甲には厚く及ばないがな」
「ワハハハ…」
今から大戦争の舞台に向かうと言うのに朗らかな空気が包んでいる。これだけ良い空気であれば負けることはあり得なかった。彼らはミッドウェー島攻略作戦に投入される。米海軍は太平洋艦隊を派遣して阻止に来るところを通せんぼした。一気に太平洋方面の稼働戦力を減らしてやる。
「我らの勝利は三川司令のために!」
「やめんか…」
(このような大艦隊を率いることができて幸せ者だ。必ずや太平洋艦隊を壊滅させてみせる)
現時点における八八艦隊は以下のように纏められた。
〇八八艦隊(日米開戦時)
総司令官:三川軍一中将
副司令官:西村祥治少将
主力戦艦
・長門型戦艦『長門』『陸奥』
・加賀型戦艦『加賀』『土佐』
・紀伊型戦艦『紀伊』『尾張』『近江』『美濃』
巡洋戦艦
・天城型戦艦『天城』『赤城』『高雄』『愛宕』
・筑波型戦艦『筑波』『生駒』『鞍馬』『伊吹』
※1 航空巡洋艦2隻と軽巡複数、駆逐艦多数を加える
※2 非戦闘の補助艦に給油艦を並べる
以上
主力戦艦8隻と巡洋戦艦8隻の一挙投入は本土防衛に心配が残される。これに対する安心要素として新時代の大和型、改大和型、超大和型を留守番に置いた。いわゆる、連合艦隊が呉を中心に留守番役を自ら務めてくれる。これ以上の安心要素はないと八八艦隊はミッドウェー島に向けて悠々と航行できた。
「敵戦艦の予想はついているのか」
「おい、例のあれを持ってこい」
「はっ! ただいま!」
若い見習士官が駆け足で持参するは太平洋艦隊の一覧表らしい。ただの一覧ではなく、諜報活動の報告をリアルタイムで反映しており、一部に書き込みで汚くなっているが、最新の詳細な情報が刻まれた。もちろん、全員が当然と把握しているが確認する手間は惜しまない。
「ペンシルべニア級戦艦、ネヴァダ級戦艦、テネシー級戦艦、コロラド級戦艦です。これら合計8隻を確認しています」
「16インチ砲の戦艦はコロラド級2隻のみ。残りは14インチ砲だな」
「はい。16インチ砲も14インチ砲も脅威に違いありませんが、我が方は速力で圧倒しているため、何も恐れることはありません」
「よく言った。それでこそ帝国海軍の武人である」
八八艦隊は入念な打ち合わせを怠らなかった。敵将の把握まで行うような徹底ぶりである。ハワイの太平洋艦隊を率いるはハズバンド・キンメル大将と判明した。キンメルが代理の司令官を立てる可能性はゼロに至らない。太平洋艦隊総司令官が万が一にでも失踪しては太平洋方面軍が纏まらなかった。その代理に収まりそうな人物も研究する。
「鬼が出るか蛇が出るか」
~時差を挟んだ同時刻~
「なに奴らが来るなら私が直々に指揮を執ろう」
ハワイの真珠湾基地は連日のようにパーティーが開かれた。日本がアメリカに宣戦布告を検討中なんてジョークを笑い飛ばすに丁度良い。普段は厳格を纏う軍人たちはアルコールと料理を楽しんだ。
「イギリスの警告は無視してもよろしいので?」
「あいつらはナチスに攻められている。アメリカ軍に構って欲しいんだよ」
「なるほど、余計に酒が進みます」
「そんなことよりです。キンメル長官は音楽決戦に参加してくても?」
「私が審査員でも観客でも会場に入れば委縮してしまう。水兵の娯楽は奪えんよ」
日米関係が最大級の緊張に至れど余裕綽々を呈する。太平洋の防御を何も固めないこともなかった。ウェーク島やミッドウェー島に戦闘機を増備している。陸軍と協議して各拠点の防備強化を進めることに合意した。いくらなんでも、防御の一切を放棄する愚行は犯さない。
米海軍太平洋艦隊の長であるキンメル総司令官は「日本軍が来るのはフィリピンとグアム、マレーやボルネオだ」と予想した。マックスモリスら参謀達も同意する。一様に直接攻撃の危険性は早々に除外した。ハワイの防御を固める前に将兵の娯楽を確保するために娯楽施設を設ける。これに記念の音楽フェスティバルまで開催する始末で慢心の油断は否定できなかった。
イギリス軍の情報部門や自軍の情報士官が盛んに警告を持参するが全てを握り潰す。彼が握り潰した中には「大艦隊が南方に向かった」などの確信的も散りばめられた。これを無視ないし軽視したことは後に破滅を招くことになる。もっとも、アメリカの本国も甘く見積もっていた。キンメル総司令官だけに責任を負わせることは酷である。アメリカが没落し切った時代に再評価された。
「さて私は一足先に帰るとしようか」
「お早いことです。奥様がお待ちなのですね」
「そうなんだ。最近は規則正しい生活に厳しく、少しでも遅れると、物凄い剣幕で堪らない」
「心中お察しします」
キンメルはこれ以上の邪魔は良くないと愛妻の待つ家へ帰る。これの数時間後には美しい朝日が見られるはずだ。愛妻と一緒に早朝の散歩を楽しむことが毎日の日課に収まる。こんな日常が軍生活の引退まで続くと嬉しいがそうもいかないようだ。日本軍はフィリピンやグアムを攻めて来る。
自ら太平洋艦隊を指揮するぞ。
いつ来ても構わないぞ。
ハズバンド・キンメルが大歓迎するぞ。
「私はテネシーのバンドが良かったと思う」
続く
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