第14話『白金週間』

白金週間。通称PWプラチナウィーク。それは5月の初めにある連休のこと。今年は5連休だ。


その1日目、私は新しく買った50Lのキャリーケースに3泊分の荷物を詰めていた。


「この前の病み会でね、大金を使うなら家か車か旅行だって話になったんだ」


ななちゃんは馬も欲しい。きりんもええなーと焦点のあっていない目で呟いていたが、私は大型動物に全く興味がないので除外する。


「で、たまたまTVでPWの天気を予報してたの見て、あーもうすぐじゃんって話になったんだよね」


ニャルラは旅行雑誌『るっぷる』の上で足を舐めている。荷造りの邪魔をしそうなイメージだけど、流石賢い猫だ。わざわざ雑誌の上で毛づくろいをする必要があるのかというツッコミは一旦置いておこう。


「去年のPWは短期バイトで潰れたから、今年は旅行行ってみようかなって思っ・・・え?誰とって、1人で行くけど」


瞳孔が開いた瞳でガン見された。私はだってと言い訳する。


「ななちゃんと沖谷君はそれぞれ別で予定立ててるらしいから、病みメンバーでは行けないし。それに、一人旅じゃないよ」


尻に敷かれていた『神京かみきょう』の旅行雑誌を抜き取り、消毒しようとしたら突進された。だってなんか嫌じゃん!私はしぶしぶそのままキャリーケースの中に入れ、チャックを閉めた。ニャルラは私のスマホをじっと見つめている。


「折角だから、シーバーに会いに行くよ。1泊2日で神京観光だ」


スマホにはシーバーとのトーク履歴――明後日の待ち合わせ場所についてのやり取りが表示されていた。


「にー」


何故かニャルラの鳴き声がキャリーケースの中から聞こえた。


「いや、一秒前まで私の隣にいたじゃん!」


すぐに開けると、2日目と3日目の洋服が入った袋の間に黒色の物体が窮屈そうに収まっていた。


「えっ。それで行くの?」


「にー」


「いいならいいけどさ・・・え、何その意外そうな顔。別にもういいよ。私は明日ニャルラがいてもいなくてもどっちでもよかったし」


ニャルラをどかして再び閉める。私はキャリーケースを玄関まで運んだ。シーバーと会うのは明後日、でも私はわざと明日の新幹線のチケットを購入した。彼女に夜行バスで向かうと嘘までついて。


「見て。夕食と朝食つきで、ペットOKのところ予約したんだ。後から気まぐれで君が来てもいいように。めっっっっちゃくちゃ高かったけどね!連休恐るべしだよ」


「にー!」


予約の詳細を見せた瞬間、ニャルラが私の胸に飛び込んできた。私はニャルラを掲げて笑う。


「1人と1匹で、前乗り神京旅行だね」


(=^・・^=)

部活動の帰り、私は幼馴染のはるまとボックス席に座り、発車までのんびりスマホをいじっていた。


「見てこれ!ヤバくね?」


はるまが自分のスマホを突き付けてきた。幸いソロプレイだったので戦闘を中断し、画面を見る。


「何コレ。人?これ全部!?」


それは誰かが写真・動画共有アプリ『InsインスTokトック』通称インストにあげた投稿で、俯瞰から撮影されたスクランブル交差点には、大量の人で埋め尽くされていた。人ごみ通り越して人が土にしか見えない。


「今日ハロウィーンだからね。渋宿しぶじゅくだけじゃなくて、原が丘とか、梅坂うめさかのHSJハリウッドスタジオジャパンも今人口密度エグイらしいよ」


「・・・そっか、私達はお菓子交換で終わったけど、都心はこれからが本番なんだ」


「インストも仮装の写真ばっかり。見てこのコスプレ!クオリティ高ない?」


「仮装じゃないんかい」


生まれてこの方、田舎以上都心未満の佐古から禄に出たことがない私は、地元では起こりえない現象を捉えた写真が脳裏に焼き付いて消えなかった。それくらい、印象的だったんだ。だからと言って、首都神京に住みたいとか、憧れとかはこれっぽっちも抱かなかったけど。


『まもなく終点、神京です・・・』


そんなことを思い出していたら、数分後に到着を告げるアナウンスが流れた。荷物棚を覗くと、そこで寝ていたニャルラがいない探検でもしているのだろうか。


私は早めに荷物をまとめ、リクライニングを元の状態に戻す。やっぱり新幹線は最高だ。値段の分早いし広いし好きな時にトイレに行ける。ハンパの後即予約したため多少の制限があったが、無事宿と新幹線の予約ができた。


シーバーには高級ホテルに泊まったことと、グリーン車に乗って来たことは黙っておこう。本来なら夜行バスで行くつもりだったのだから。泊まるにしても、一人ならカプセルホテルで十分だ。そんな私は今日、1泊6桁を超えるホテルで一夜を過ごすなんて。


――駄目だ。具体的な数字を出すとお腹かキュってなる。


人の流れにそって進み、改札をを通る。グッバイグリーン車・・・もう二度と乗ることはないだろう。普通車の倍快適だった。ちなみに帰りはシーバー見送られるので、夜行バスのチケットを取った。


運良く開いているコインロッカーを見つけ、スーツケースを詰める。神京で行楽シーズンともなれば、目に付くロッカーは軒並み埋まっていると思っていた。


「これでよし」


身軽になったことだし、早速スミックマストア神京駅店に行こう。経路を調べずに向かおうとしたその時。


「にー」


足が止まる。


「にー」「にー」「にー」


コインロッカーは怪しい取引に使われたり、捨てにくいものを置いていくために使われたりすることが稀にあるという。咄嗟にあたりを見渡すが、休日の午前10時だというのに誰かがロッカールームに入ってくる気配はない。カリカリと扉を引っ掻く音が――私が荷物を入れたロッカーから聞こえた。私はもう一度、誰もいないことを確認し、施錠したばかりのロッカーの前に立った。


「何でそんなところにいるの?ニャルラ」


「にー」


「にーじゃなくて。いや、一先ず君を出さないと。またお金払い直さなきゃ・・・あんま安くないんだよ。知ってる?」


今までの私であれば800円失うだけでかなりナーバスになっていたが、今は違う。タッチパネルを操作して、『開錠』に指が触れようとした瞬間、ズルリと右奥のコインロッカーから黒い物体が出てきた。顔だけゆっくりと向けると、ニャルラの半身が扉の真ん中から突き出ていた。


その姿はまるで、去年の夏篠木と観た、TVから這い出てくるお化けで有名な―「な、灘子ー!」思わず後ずさると、「にー」と無事脱出に成功したニャルラの鳴き声が後ろから聞こえた。


「ツッコミが追いつかなにやいやぃあ・・・」


めっちゃ噛んだ。誰だってビビるわこんなん。


(=^・・^=)

スミックマストアを余すことなく堪能した私は(ニャルラはどこかへ行ってしまった)次の目的地、渋宿駅にある高級カフェに向かった。


「にー」


案内されたカウンター席には当たり前のように座るニャルラがいて、草も生えなかった。遅いと言わんばかりの態度もまた腹立つ。


渋宿のスクランブル交差点を一望しながら食べるケーキはどんな味がするんだろう。私は震える声でおおいての唐揚げ定食同等の値段がするケーキとドリンクをセットで注文した。


――これで夕飯2回分・・・駄目比べちゃ考えちゃ駄目だ。


「人多いね。こんな所で暮らしていくなんて、シーバーはホット凄いや」


イヤホンマイクを装着して呟く。左耳から若い女の子が『映え~』と言う声が聞こえた。ちなみに私は今左端の席に座っている。『効果音アプリ』を閉じ、人ごみの写真を撮った。


「ニャルラは行きたいところあるの?」


フレーバーティーで暖をとっているニャルラはピクリともしない。鳴き声ではなくイヤホンから『原が丘通りまでの道順を表示します』と機械的な音声が流れてきた。ケーキを切る手が止まる。勝手に地図アプリが開いていた。


「いやそこってティーンズがこぞって行く商店街だよね。行けないよそんなとこ」


有名な観光地の一つではあるが、断言する。ニャルラはそこで半泣きする私を見て楽しみたいに違いない。この案は却下だ。


「にー」


ニャルラがしょげたポーズをとる。そんなに興味あるのと聞くと、『それな。それなそーれーな』の声が。同意のチョイスが大変ウザイ。こっちの『ピポピポピポポポーン』でいいじゃん。


「もうちょっと人が少ないというか、私みたいな田舎者の陰キャがいても浮かないで楽しめるところ・・・って私がリクエストしちゃったよ」


『鴨巣地蔵通商店街までの道』「・・・」私は無言で電源ボタンを押した。


「わたしゃおばあちゃんか!分かったよ!若者は若者らしいところに行くよ!」


尻尾をピンと立てたニャルラをミニリュックの中に入れ、紅茶をゆっくりと飲み干した。


(=^・・^=)

原が丘はらがおか。それは多彩なアート、ファッション、フードで知られるポップカルチャーの発祥地。ニャルラのリクエストがなければ絶対に来なかったであろう原が丘通りを、私は死んだ顔で歩いていた。これが陰キャ版リアル・ウオーキング・デッドである。


「しかもニャルラどこ行った!」


――やっぱり秒でいなくなるじゃん!そしてもう泣きそう!リタイア口どこ!?

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