第10話『沖谷幸生は絡まれる』


窒息!!


慌てて中を見ると、そこは夢中で缶詰を食すニャルラの姿があった。何十個あった缶詰はニャルラが食べている1個のみになっており、このままゴミ捨て場に持っていこうかと割と本気で考えた。


「どうやって蓋を開けたんだ・・・」


「にっににー!」


こんなイラッときたのマジ久しぶりなんだけど。


「今日の100万円返すからどっか行ってって言いたいけどニャルラが傷つくかもだからやめとくね」


家でじっとしたい欲求をどうにか抑えて、バイト先に向かう。しかし、


「ごめんさっちゃん!今日新人研修で席埋まっちゃった!せっかく来てくれたところ申し訳ないんだけど」


「・・・っ大丈夫です!」


会社について30秒で帰るハメになった。まさかの『お前の席ねーから』状態ぃぃぃ・・・。


(=^・・^=)

いつもの2倍時間をかけて階段を降り、トボトボと会社を後にする。何で今日歩きにしたんだろう。1個1個のトラブルは小さいハズなのに、黒くて尖っている何かががゆっくり蓄積されていくのを感じる。


「・・・まぁ、いいさ!休みが増えたと思えば!うん。大丈夫大丈夫」


「何がだよ」


「んひいっ!?」


周りに誰もいないと思っていたからこその独り言が拾われて変な声が出る。


「・・・ふっ。まーたビビってやがる」


驚かしが成功したからか、彼はニヤニヤ笑っている。私はキーキー喚きたくなる気持ちをグッと抑えて睨みつけた。


篠木しのぎ・・・何でいるの」


篠木威弦しのぎいづる――年齢不詳のヤンキーだ。やたら背の高い、黒髪ストレートに整った顔立ち。彼の顔面については藤岡さんが『今流行りの塩顔イケメンよ!』と絶賛するほどらしい。顔がよい反面、性格が最の悪だと知った瞬間、私の好感度は急降下したけど。洋服が好きなのか、はたまた沢山持っているのか、彼が1週間で同じ服を着ている姿を見たことがない。


服は深夜に出没するチンピラ並みに派手であることも特徴。今日もなんか・・・黒のよくわかんない柄の長袖の服とダメージジーンズ。靴もスニーカーではなく何かおしゃれなローファーみたいなのだ。


私と篠木では住む世界が違いすぎる。そのハズなのに、あることがきっかけで私に絡んでくるようになった。甚だ迷惑な話である。


「会社から幸生が歩いてくんの見えたから」


篠木はコールセンターの下の階にある税理士事務所の社員らしい。どう見ても社会人には見えないが・・・私が将来就職活動を始めたとしてもこの会社だけは絶対に避けようと心に決めた。


「そうだったんだ。じゃあ私はキュエッ」


回れ右して逃げようとした瞬間腕を掴まれて、私の首にゴツい腕が回る。


「おいおい。最後に会ったの先月だぞ?」


冷てぇなぁと嘆く篠木に内心で唾を吐く。知ったこっちゃねぇわ。


「今日は『ジャンデー』と『ヤングジャンデー』と『マガピョン』と『エスキュー』を立ち読むという重大な使命が・・・」


「何言ってんだお前。逃げたら土産ナシだからな」


腕の檻から解放されようと藻掻いていた私はピタッと止まる。


「えっ・・・福分ふくいた土産?」


「この俺が箱で買ってきてやったんだ。感謝しろ」


目の前に紙袋がぶら下げられる。この黒と黄色の紙袋は!


「こ、これは・・・福分銘菓『ざびえもん』!?ほっ!ホットに!?わざわざありがとう。賞味期限ギリギリまで大切に保存して少しずつ食べるよ」


私の大好物のうちの一つで、篠木が福分に行くと聞かされた時、買えたら買ってきて欲しいと頼んではいたけど・・・まさか箱で買ってくれたとは。『ざびえもん』はバター香るしっとりとした触感に白あんの優しい甘みが舌を喜ばしてくれる。素晴らしいお菓子だ。できれば毎日食べたい。


「ただの饅頭にここまで感謝されるとは思わなかったわ。相変わらずの可哀想っぷりでこっちまで悲しくなってくる」


篠木は大げさに溜息を吐いた。感謝を伝えたのに憐みの目を向けるとか失礼なヤンキーだ。


「じゃ、今日19時に噴水前な」


「えっ」


「あんだよ。俺今仕事抜けてきてんだぞ。早く終わらせてやるから我慢しろ」


「いやそっちじゃなぎゅ・・・」


「ハ?先約か?まぁたSIGか?」


急に顎を上に向かされて変な発音になってしまう。強制的に篠木の目を見ることになった。瞳孔が開いた肉食獣のような瞳は大変恐ろしく、1秒でも早く解放されたいがここで逸らすと勘違いが加速して碌なことにならない。


「なんの予定もないので行きます・・・きゅに誘われてびっくりしただけ」


「幸生友達いねーもんな」


「誘われ待ちなだけで友達はちゃんといるんだけどね」


「俺が出張行ってる間何もなかっただろうな」


「何も」ないと言いかけて思い浮かぶのはニャルラの顔。「・・・・・・ナイヨ」


「あ゙?」


「いい痛い痛い顎!手ぇ力入ってる!」


「チッ・・・後で全部話せよ」


「大したことじゃないんだよぉ・・・」


ようやく篠木が離れてくれた。私が顎を抑えていると、篠木はビルのドアに手をかけていた。


「篠木!」


ん。と首だけこちらに向いた。


「行ってらっしゃい!頑張って」会社の人にご迷惑かけないように・・・ってもうかけてたわ。業務ほっぽってたわこの人。


「・・・・・・おー」


ギリ聞こえるかの音量を残して、彼はドアの向こうに姿を消した。


(=^・・^=)

18時40分。私はニャルラと佐古駅前の噴水広間にいた。人がいない端っこのベンチに座り、イヤホンマイクをつけて電話中アピール。これで誰がどう見ても私が私しか見ることのできない存在と会話をしているなんて思わないだろう。


「篠木は、友達のお母さんが保護した子猫を引き取ってくれたの」


ニャルラは私の膝の上に座り、ゴロゴロと喉を鳴らしている。頭や顎を撫でると止まる。普通逆じゃ・・・。


「飼えそうだなって人でもダメ元で声をかけてた時、向こうから話しかけてくれて」


あの時の感動は今でも忘れられない。バイト先の人も大学の先輩後輩も全滅で、もう諦めようとしていたから。


「どうしても助けたいって思ったんだ。そのお母さんは私が小さいころからお世話になっている人で、その人の力になりたいって思ったし、勿論猫のことも幸せに生きて欲しいって思った」


ちょうど君みたいな黒猫だったんだよ。と言うと、尻尾がゆらゆらと揺れた。


「私の家はペット禁止だし、実家も借家だから力になれなかった。その猫を幸せにする資格は私には無かったんだ。だからニャルラも・・・」


「にー!」


『ぶっぶー!』


「!?えっ!?何!?」


無音だったハズのイヤホンから急にクイズで不正解の時に使う効果音が流れてきた。スマホを見ると「・・・効果音アプリ?」


様々な状況に対応できるようあらゆる種類の効果音が収録されているアプリが私のスマホに勝手にインストールされていた。


「びっくりしたなぁ!言ってよ!!」


「にー」


『ぽよよ~ん』


「な、情けないときに使う効果音・・・」


このアプリのお陰でよりニャルラの感情が分かるようになる・・・なるのはいいけど。


「ウザいなぁ」


ちょっとセンチメンタルってたけど、全部吹っ飛んじゃった。


「ニャルラのことも、最初は早く出てって欲しかったけど・・・今はもう慣れてきたよ」


「にー」


「私の傍にいたいのなら、好きなだけ一緒にいよう」


『パンパカパンパンパーン!!』


「うるっ・・・音量ミスってるって!」


感情表現バグりすぎでしょ!


(=^・・^=)

駅前の居酒屋『まろらいおん』にて。


「かんぱ・・・いや、陽キャは『KP』っていうんだっけ?仕切りなお」


「どっちでもいいわ!ほら」


篠木が勢いよくビールジョッキを私のカシスウーロンにぶつけてきた。『ガツン』と鈍い音にグラスが傷ついてないか不安だったが、見る限りひびは入っていないようなのでそのまま一口飲む。


「ん。やっぱ仕事終わりのビールは美味ぇな」


「大人だねぇ・・・」


既に半分減っているジョッキをテーブルに置き、お通しのたこわさをつまんでいる姿は立派なおっさ・・・大人の男性である。


「幸生がお子様舌なだけだろ」


私は無言でたこわさを篠木に押し付けた。


私は食の好みが激しい。ビールは苦くて飲めないし、そもそも炭酸飲料が好きではない。きんぴらごぼう以上の辛い料理は食べれないので、お通しに出されたたこわさは当然アウト。他にもテーブルの上にチャンジャ、キムチ、ピリ辛きゅうり・・・。これワザとか?ワザとだなぁ。


「・・・・・」


カシスウーロンを飲みながら無言で睨んでいると、「んな睨むなよ」と篠木が苦笑して目の前につくねを置いてきた。


「おいしい」


実は練り物もご飯に合わないのでそんなに好きではないのだが、今回は単体で食べるので良しとする。

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