第11話『篠木威弦の尋問』
「はいメニュー」
私は彼に飲み物メニューを手渡した。相手の飲み物が半分になったタイミングでお代わりを促す。これは社会人のマナーらしい。
「さんきゅ」
篠木は軟骨、鶏もも肉、タコのから揚げを運んできた定員さんに2杯目を頼む。相変わらずペース早いな。
私のカシスウーロンはまだ半分以上残っている。飲み放題コースだから最低でも5杯は飲まないと元取れないけど、後半でいいか。折角メインが来たことだし、食事に集中しよう。
鶏の唐揚げを頬張っていると、篠木はコークハイボールを飲みながら私をガン見していた。私で酒を飲まないでほしいな・・・。
「何でしょうか」
視線に耐えかねて彼に尋ねる。
篠木は口元に笑みを浮かべ、頬杖をついた。自然と距離が近くなる。
「で?一昨日は何してたんだ?」
空気が重くなるのを肌で感じる。こ、怖い・・・笑顔なのに目は笑ってない人って表現はよく聞くけど、現実はこんな感じなんだな。私は思わず姿勢を正す。
「圧が強いんだけど。その日は友達が電話したいって言ってきたから。そう言えば博多はどうだったの?」
「話逸らそうとしてんじゃねーよ。普段の幸生ならその程度の予定、あの時言ってるはずだろ」
チッ。バレたか。確かに私は普段断る時、『ちょっと用事が~ごめんね☆』とかは言わずに『友達とカラオケ行くから夕方まで空いてない』のように理由をしっかり述べるタイプだ。できるだけ嘘の予定でキャンセルしたと思われたくないため、真実の理由を相手に伝えるようにしている。
今回、彼に真の理由である『晩酌しながらゲーム実況者の生放送リアタイしたいから断っちゃった☆』なんてインドア満載の予定を陽キャの化身に・・・。
言 え る か。
「その程度って何さ!私にだって友達くらいいるし!」
山盛りの塩だれキャベツをモリモリ食べつつカシスウーロンをチビチビ飲む。
「男か?」
「?」
口の中にキャベツが詰まっていたので声を発さず首を傾げる。
「・・・っ。誰だ?SIGの安井って野郎か?それとも沖谷って野郎?」
篠木の目元がほんのりと赤い。コークハイってそんなにアルコール度数高いっけ
「女の子だよ。東京で働いてる羽柴・・・シーバーって子」
「違ぇだろ。電話が嘘だっていうのはもうバレてんだ。ホントの理由とっとと吐け」
これは・・・どんな言い訳しても通じないやーつだ。諦めて恥ずかしめを受けなければならないのか
「い、いや・・・」
「あ゙?」
怖い!
「だってさ・・・理由言ったら絶対私の家行くじゃん!」
い、言ってしまった・・・どうする。今私の家はマズい。洗濯物は干しっぱなし、食器も洗い場に置きっぱ。そもそも深夜に異性を呼びたくないし、アパートに化け猫と書いてニャルラと読む存在がいることがバレたら厄介だ。どうやって誤魔化そうか・・・。
塩が効きすぎたフライドポテトを奥歯ですりつぶす。ケチャップかけなくて正解だったな。
「そんなに呼びたくないワケ」
「当たり前じゃん。またいつか今度ね」
絶対呼ぶ気ねぇだろという視線をビシビシと感じるが、どうにかスルーする。負けるな。私。
「今日の飲み代」
「っ」
口の中に入っていたトマトを丸のみしかけたが、すんでのところで堪える。
「ざびえもん」
ま、負けるな・・・困るのは私だぞ!
「・・・・」
「折角買ってきたのになー」
「ゔぅ・・・」
私は盛大に顔をしかめる。
「今日掃除してな」
「いつも綺麗だろ。物が少ないってのもあるが」
もう・・・折れるしかないかぁ。
「一言余計だよ・・・夜遅いし、うら若き乙女としては何度も成人男性を家に呼びたくないんですが」
「へーー。気にしてんだ?」
当り前じゃないか。1回家行けばあとは済し崩しに何回も行けるようなチョロい女だと思ってほしくない。
(=^・・^=)
最後の抵抗でいつもよりゆっくり歩いていたのだが、とうとう私の部屋に着いてしまった。駅近の物件に引っ越したことが悔やまれる。
「部屋片づけるからちょっと待ってて」
開錠した途端入ろうとする篠木を慌てて止める。
「やっぱ誰かいるだろ!」
「いないって!同性でも留守番させたくないのに!」
「玄関見せろ」
めんどくさっ!
「私の靴しかないから!というか何で篠木の中で私が誰かを家に住まわしているって結論になってるの?」
「それは・・・幸生がらしくねぇ隠し事してるからだろ」
「少なくとも篠木が想像している展開にはなってないから。これ以上ごねたら追い出す」まだ入れてないけど。
私の本気が伝わったのか、篠木は舌を打った。
そして数分後。
「お待たせしました・・・ってあれ?」
あんなにごねていた篠木がいない。電話中とか?
「にー」
そして篠木の代わりにニャルラが部屋の中に入っていった。
「多分知ってるかもだけど、これから篠木が来るからこの中入って大人しくしてて」
クローゼットを開けると、衣装ケースの上にニャルラベットがある。
あっさり入ってくれたことにホッとしたのも束の間、ノックなしに玄関の扉が開く音がした。篠木だと分かってても怖いな!
「いなくなってて驚いたよ。帰ったのかと思った」
「わりぃ。ほらコレ」
コンビニの袋を押し付けられ、中を見ると。
「『ボーデンダッツ』じゃん!」
高品質をウリにした高級プレミアムアイスクリーム『ボーデンダッツ』私は特に黒豆乳こくとうにゅう味が好物で、急に押し掛けたにもかかわらずしっかり家主の好物を調達してくるなんて・・・。
「当然だろ」
家に入ったらしっかり手を洗っているところもポイントが高い。チンピラみたいな恰好してるクセに!
「ありがとう・・・」
複雑で、くすぐったいような気分になる。篠木甘いのそんな好きじゃないのに。こういうところがモテに繋がるんだろうな。
――デキる男だなぁ。
アイス一個でこんな気持ちになっちゃう私も激チョロだけど。
「――何だコレ!えすげぇ!プロジェクターあんじゃん!」
ハッと意識を戻すと、篠木は家庭用プロジェクターに大興奮していた。そうでしょうそうでしょう!
「まあね!貯金は一気に減ったけど、これで生活水準が少し上がったかな」
ミネラルウォーターを2人分注ぐと篠木が不機嫌そうに私を見る。
「つまり俺はプロジェクターに負けたってことか」
こうなると思った。
「だって買ったばかりだったし!ちょうどゴールデンで観たいバラエティやってたから・・・!折角優しい嘘ついたのに」
すぐに電源をつけて、アニメや映画などの幅広いコンテンツを配信するストリーミングサービス『
「ナイプラ登録してたんだな」
篠木は意外そうに目を見張る。
「え?『学生は1年無料サービス』っていうのやってたからタダ」
「やめろお前!」
(=^・・^=)
やっと帰った・・・。ゴミを片付け、コップに残っていたお茶を一気にあおる。
「篠木はホラー映画ばっか見たがるわニャルラはじっとしてろって言ったのに出てきてちょっかいかけてくるわ・・・」
「いくら他の人には見えないからといって。ニャルラが篠木の目の前に座っちゃった時は肝を冷やしたよ」
「にー」
お陰でホラー映画どころじゃなかった。心臓に悪い。
「にーにーにー?」
ニャルラが尻尾を器用にハートの形に曲げたことで言いたいことは察した。
「篠木はただの・・・知人?友人・・・?だよ」
「に・・・」
「フレーメン現象しないでよ!私変なこと言ってない!」
篠木が私のことをどう思っているかは大体見当がつく。私を見つけると必ず絡んできたり、こうしてご飯に誘ってきたり。何より態度が他の女性と私とで天と地ほど差があるし、やたらと距離が近い。彼の立ち振る舞いの所為で何度職場のお姉さん方に絡まれたことか。
篠木はいい友達だ。イジってくるし、すぐ凄んできて怖いけど、私のことを理解しようとする姿勢は伝わってくる。素直じゃなくて口が悪いところは『あの人』そっくりだが、彼は『あの人』とは違う。
――もしも、私と篠木が恋人同士になったら――きっと上手くやっていける。ような気がする。
だけど、私は出来ればこのままの関係を築きたいと思っている。篠木のことは嫌いじゃない。むしろ私のタイプまである。実は自他共に認める高身長イケメンイケボな篠木威弦の魅力に見て見ぬふりをしているだけで、内心彼の粗暴な態度の中で見せる神対応にときめいてばかりだ。
ニャルラが膝の上に乗ってきたので、そっと抱き上げる。男女の友情なんて存在しないことくらい、本当は分かっていた。ただ、別に今彼氏がいなくても、私は十分幸せで。
私は篠木を一人の男性として好きなのか、彼がいなくても生活に支障は起きないのか、彼と恋人同士が行うことをしたいのか。去年の冬くらいから考えているけど、分かっていることは一つだけ。
「今篠木が告白してきたとしても、私は断るよ」
きっと篠木本人も、私の気持ちに気づいている。
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