第5話『有意義な休日』


『ソニア』の代わりに『報復』という存在理由を植えたガルは一度転覆してしまった情勢をもう一度引っ繰り返そうと暗躍に暗躍を重ねる。一番角に置かれたオセロを反転させるなんて芸当は、正規の方法では不可能だ。それを苗字もない、元奴隷の少年があらゆる手を使って上から、下から、外側から、背後から黒を白にしていくというところまで読んだ。


今丁度時が進むにつれ主人公が成長し、様々な手を使って最初の報復を行おうとしている。ペースで言うと半分より少し前だけど、この時点で正直、かなり面白い。流石どの書店にも『映画化決定!』とポップ付きで平積みされていただけのことはある。


なんでも、闘病生活を終えた監督がこの作品をもって引退するんだとか。原作自体がベストセラーになっているのは勿論、一般人を主人公の幼少期役に起用するなど大きく注目が集まっているらしい。藤岡さんによると監督や主要キャストは全員有名な方らしいが、映像方面には疎いのでよく覚えていない。


私は普段ミステリーしか読まないので、『サンソニ』も名前しか知らなかった。しかし映像化するという話を小耳に挟んだので、先週図書館から借りてきた。最後まで読んで、面白かったら映画も観てみよう。


「・・・」


「・・・」


「・・・あのさ、読書の邪魔しないでくれるのはありがたいんだけど、瞳孔閉じたり開いたりするのやめてくれないかな」


ニャルラは小説を凝視し、私の背後に周り中身を読もうとしている。


「君小説も読めるの?面白いよ。人によっては泣ける話らしい」


1ページ目からパラパラと捲ってやると、ニャルラの耳と尻尾がピンと立った。


「シャーッ!」


「え何何何・・・ぶっ!」




バサーッ!とさっき仕舞ったはずのチラシが私の頭上から降り注いできた。


「・・・」


私は暫く放心状態で俯く。え、私、何かした?お金の使い方が気に食わなかったのかな。いや個人の勝手だし、本当に今欲しいものなんて・・・。


「にー」


ニャルラは流石にやりすぎたと思ったのか、前足で床に落ちたチラシをかき集めている。


目線には近所にある家電量販店、『ヤマジマ電気』のチラシ。『テレビ祭り』と店イチオシの商品が一面ずらっと並んでいる。眺めていると、春休みにシーバーが私の家に泊まりに来た時の会話を思い出した。


(=^・・^=)

2月末のある日、バイト終わりにスマホを見るとシーバーから『私今佐古にいるの』とトークアプリLine Chatラインチャット通称LICHライチが来た。が来た。最初は時期尚早のエイプリルフールかと受け流していたが、彼女から着信が入ったことで反応が一変する。爆速で帰宅すると、半年ぶりの悪友が大量の酒と食料を持ってドアの前に立っていた。


お互い酒を片手に近況を語り、シーバーが買ってきた惣菜に舌鼓を打つ。窓を開けてもほぼ無音な空間が気になるのか、シーバーが口を開いた。


「お前テレビ買わないの?」


「そーゆーシーバーこそテレビないって言ってたじゃん」


「私はいい」


一刀両断かい。彼女みたくテレビを必要としない若者が増えるから若者のテレビ離れは深刻だ―。とか、嘆かわしい-。とか言われてしまうんだ。


シーバーは白い壁を見つめながら缶ビールを呷る。


「こんな広い部屋なんだから置いたらいいのに」


「んー。あったら私のクオリティ・オブ・ライフが更に満たされるんだろうけど、コンセントの位置的にテレビ置くと私の寝る場所が無くなるんだよね」


「いいじゃん」


「よくないよ!寝床犠牲にするほどテレビ愛してたらとっくの昔に買ってるよ」


「あー。確かに、どう動かしてもさっちゃんが部屋のど真ん中で寝ることになるね。ウケる」


ウケんな。私はグラスに残った梅酒の湯割りを飲み干す。


「いいよテレビなんて無くても。私にはデスクトップPCさえあれば十分」


胸に抱きしめていたぬいぐるみに顔を埋める。正直、お金はある。先月やっと、月々の生活費を差し引いても預金残高に100万円残るようになった。スペースさえあれば買うこともやぶさかではないのに。やはり置く場所を作れそうにないということがネックになる・・・致命的だな。


「プロジェクター買えばいいじゃん」


シーバーが飲みほした缶ビールを縦に積み始める。宅飲み開始からまだ1時間しか経っていないのに、テーブルにはピラミッドができるほど空き缶が置かれていた。ちなみに9割シーバーが飲んだ残骸である。相変わらずペースが速い酒豪だな。


「プロ?」


「プロジェクター。あの壁に映せばスクリーンも要らないし」


目から鱗が落ちる。その発想はなかったな。


「まさかあの大きな壁に使い道があったとは・・・流石シーバー」


「私天才だから。ゴミ捨てのついでに菓子とビールおかわり」


ちょっと褒めたらすぐ調子乗る・・・空き缶とゴミを持って立ち上がり、冷蔵庫からシーバーが買った残りのお酒全部と私の分のお酒を取り出す。


「次私が襲撃するときまでに買っといて。映画館並みにスペック良いやつ」


「シーバーの場合酔っぱらいの戯言なのか素で言ってるのか分かりにくいな」


あれだけアルコールを摂取したのにも関わらず不健康そうな色白の肌に、社会の闇を溶かして混ぜたような瞳はいつも通り濁っている。私の場合は酔うと耳が赤くなるので分かりやすいが、彼女は平常時でも真顔でジャイアニズム発言をかましてくるため判断が難しい。


「それでも、前向きに検討しておくよ。買ったらLICHする」


「おー楽しみ」


シーバーが少し笑って、自分の缶を向ける。私は利き手に持っていたカクテルを持ち替えようとして、彼女からアルコール度数9%の空缶を取り上げた。


「まだ1杯目ぇ?飲むの遅」


「シーバーが異常すぎるんだよ・・・」


私が知っている一般の人間は一気飲みの勢いで6缶パックを消費した後、流れるようにロング缶のステイオンタブを引かない。


「もうテーブルに置いてあるので終わりだからね」


右手に力を籠めると、アルミ缶は空気が抜ける音を立てて簡単に凹んだ。


(=^・・^=)

「考えてはいたんだよね」


視界からチラシが消え、活字の羅列に戻った。私は本にスピンを挟んで閉じる。


「プロジェクターでテレビ放送を観るには本体と受信する為のチューナー機器、それらを繋ぐHDMIケーブルが必要らしい」


クリアファイルから紙幣を15枚数えて財布に入れた。このくらいあれば足りるだろう。肉球でスマホを操作し、プロジェクターの通販サイトを読んでいるニャルラを抱き上げる。


「ニャルラって他の人の目には普通の猫として映るの――え、それは視認されないってこと?あ、そうなんだ」


どうやらニャルラは私にしか見えないらしい。割と厄介な設定だけど、今回はそれを利用させてもらおう。


「ニャルラがけしかけたんだ。責任持って見届けてよ」


ニャルラが体勢を変え、私と目を合わせてくる。猫の目に映る私は、思ったより嬉しそうだった。


(=^・・^=)

家電量販店で店員さんを捕まえ、購入に至るまでの説明を聴くこと1時間、無事に配送手続きを済ませることができた。3日後には届けてくれるらしいので、それまでに機械を置くシェルフ的なものも買っておこう。嬉しい。嬉しいけど・・・。


「底値いかれるとは・・・」


プロジェクター、恐るべし。当初の予算としては、プロジェクターが7~8万円、チューナーが5万円と設定していた。しかし、店員さんの話によると、日常的にテレビとして使用したいのであれば最低でも10万は必要であるとのこと。それ以下の製品はどうしても光量が足りないそう。私は家電に妥協はしない性質なので、結果的にプロジェクターは10万円のものを、チューナーの方を大分値引いてもらった。今日持ってきた栄吉は全て飛んだけど、英断だったと自分を褒めたい。


「明後日・・・家に15万のテレビが来るよ」


「にー」


ちなみにお会計の時、財布から一万円札を出そうとして――躊躇した。


――このお金、本当に現実で使えるのかな。


と、検証していなかったことに不安を覚えたからだ。


「にー」


尻尾で財布をピシピシ叩かれる。いやそう思うのも無理ないじゃん。大丈夫かな。


お会計の時は内心ビクビクで、ポイントカードの下に置いた紙幣に触れられなかった瞬間クレジットカードを分割で出そうと身構えていた。しかし普通に店員さんが札の枚数を数え始めたので、そっと胸をなでおろしたのは秘密だ。


「一先ずガッツリお金使ったことだし、さっさと帰ろうか」


自転車のカゴにニャルラを降ろし、ペダルをこぐ。商店街まで走らせたとき、時計から正午を知らせるチャイムが鳴り響いた。


「にー」


「お腹減った?もう着くから」


「にーにー」


「え?今運転中・・・あ、ちょっと!」


突然ニャルラがカゴから飛び降りた。すぐにブレーキをかけて後ろを向くと、あるお店の前でスフィンクス座りをしていた。


「おおいて・・・最近行ってなかったな。私に飯食べろって言いたいの?」


「にー」


「日曜日の昼間だから混んでそうだなぁ・・・満席だったら帰るけど、それでもいい?あと危ないから、次から飛び降りる時はサイン頂戴」


「にっにー」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る