第6話『沖谷幸生の好きなもの』
ここは近所の佐古商店街に店を構えている昔ながらの定食屋『おおいて』。ここは学食に匹敵するほど安価で美味しいご飯がたくさん食べられることで有名な店である。知る人ぞ知る地元の名店。ご飯とみそ汁はおかわり自由で、パフェとかもある。頼んだことないけど。
普段節制しているが、流石の私でも数か月に一度は外食する。え?少なすぎるって?よく言われるけどしょうがないんだ。自分のためにお金を使うことは苦手で、私が今まで経験した倹約エピソードは笑いを通り越して友達に憐みの目で見られてしまう。
例えば、『今日は値段を気にせず美味しい肉を食べよう!』と意気込んだにも拘らず牛丼屋で並盛単品の券売機ボタンを押したり、『今日はスイーツ買って帰ろう!』とケーキ屋、ドーナツ屋、コンビニをグルグルと徘徊し、散々迷った挙句デラマで半額のプリンを購入したり・・・等々。誰かと一緒にいるときは抵抗が無いが、如何せん私だけとなると財布が開かないのだ。
そんなケチケチ女、沖谷幸生御用達の外食先こそが『おおいて』!駅前住みのため、個人店、チェーン店、テイクアウト専門店と多すぎる選択肢の中、特に何の気分でもないときはコスパのよい牛丼屋かこの店に行く。一人でも入りやすいしね。今回は臨時収入も入ったことだし、いつもより少し高めのセットにしようかな。
カウンターに座ると、おばちゃんが水を置いてくれた。私はそのタイミングで注文をする。
「すみません。唐揚げ定食、ご飯は半分でお願いします」
「はーい。少々お待ちくださいね」
「もも唐イチでーす」とおばちゃんが店主に向かって言う。反射的にいつも頼んでいるメニューにしてしまった。まぁ唐揚げが一番好きだから、いっか。油淋鶏定食はまた今度にしよう。あれもほぼ唐揚げだけど。たれがかかってるだけでなんであんな魅力的になるんだろう。
水を飲みながら物思いにふける。知らない歌手のポスターや振り子時計をぼんやり眺めていると・・・。
「お待たせしまーしたー。唐揚げ定食ね」と温かい料理が運ばれてきた。
「ありがとうございます」
相変わらずこの店は料理が出てくるのが早い。客が少ないのも回転率がラーメン屋なみに高いからだろうか。私はおしぼりで手を拭いてから両手を合わせた。
「いただきます」
5本の指全部使って丸を作った時の大きさに近い唐揚げが窮屈そうに整列していた。唐揚げの左にはキャベツと人参と大根の千切りが大皿から零れ落ちそうなほど盛られている。
まずはみそ汁。インスタント特有の塩味が空きっ腹に流れ込む。胃を温めてからサラダ山を崩しにかかった。
もしゃもしゃとドレッシングをかけずに味わっていると、ニャルラが窓のふちに寝そべって昼寝を始めた。レジの裏なので回収は不可能である。まぁ何とかするでしょ。ニャルラが。
満足するまで生野菜を堪能し、私は冷めないうちにメインの唐揚げにかぶりついた。
(=^・・^=)
多いてぇ・・・ちょっと、ホットにご飯減らしてもらって良かった。私はおばちゃんの挨拶を受け、おおいてを後にした。
は、腹が破裂して動けないかと思った・・・何だよ唐揚げ8個って!多いわ!2個でご飯の攻略は完了したから、ゆっくりメインだけを味わおうと思ったのに。特大唐揚げが一番の脅威だった。美味しかったけども。
「苦しい・・・これは夜ご飯いらないな」
ちなみにお会計の時もニャルラは起きず、外からバレない程度にガラスを叩こうにも花壇を乗り越えなければならなかった。とりあえず自転車を近くに持っていこうか。鍵を開けてスタンドを降ろすと、自転車の籠の中で黒い塊が寝息を立てていた。
(=^・・^=)
帰宅後すぐ、私は邪魔が入らないうちにサンソニを読み切ることにした。この物量なら1時間程度で本を閉じれるかな。
そして、読了後。相変わらずニャルラはベットの上で眠っている。
「はー。うん、まぁ・・・良かったかな」
ぜ、全然泣けなかった・・・途中途中涙するであろう描写は確かにあった。感受性豊かな人はそこで必ずティッシュで鼻をかむだろう。
「やっぱ恋愛は駄目だね・・・・全然共感できない」
家族ものだったら百発百中でボロ泣きするんだけど。でも映画は楽しみだな。どの部分がカットされるんだろう。文章で泣かなくても、映画でなら泣くかもしれないし。
本棚に戻して、クローゼットを開ける。
「君が起きるまで、部屋の掃除でもしよっかな」
ニャルラをベットごとクローゼットの中に避難させ、掃除機のスイッチを入れた。
(=^・・^=)
ごみを纏める作業中、誰かから着信が来た。
「――はい。うん。あぁ、私も明日バイトだよ。え?ご飯・・・いやまだ食べてない。ちょっと今日は先約が。いや別にそんなんじゃないけど・・・大体急すぎるんだよ。もっと早くに言ってくれないと!そうだね!私は悪くない!――あ、すみません調子乗りました。まぁ、そういう訳だから。また誘ってよ――。うん。それじゃあ」
半ば無理やり通話を終える。断りの電話って苦手なんだよな。できるだけしたくない。だが断る!何故なら!
「今日は半年ぶりのお風呂だからね!」
「・・・」
「違うって。湯舟には一人暮らし始めてから2回しか浸かってないけどシャワーは2日に1回浴びてるから!」
ニャルラがまた逃げ出す前に慌てて言葉を足す。
プロジェクター購入後、ニャルラと共に店内を回った。生活家電、パソコン、オーディオと順に冷やかして、最後に化粧品コーナーのエリアに辿り着いた。メイン通路のエンドに新発売の入浴剤が大量に陳列されているのが目に留まる。
「今年はまだ浴槽に湯張ってなかったな」
思わず呟くと、足元にいたニャルラが光の速さで消え去った。
「絶対誤解したな・・・さっきクーポンもらったし、これ買って出よ」
説明するの忘れてた。フレーメン反応に腹が立ち、ニャルラの顔を弄りまわす。
「風呂は好きだけど、ガス代ケチってやってなかっただけだし、というか昨日シャワー浴びたところ見てたよね?」
両手で目と鼻の間や眉間を適当にぐりぐり指圧していたら、ニャルラの顔がとろけてきた。
「これ気持ちいいんだ・・・しつけのつもりがフェイスマッサージになっちゃった」
ニャルラの体から力が抜ける寸前、また着信音が鳴る。
「またか」
マナーモードにするとニャルラが全身の毛を逆立てて横歩きをしていた。
「あ、ごめん驚かせて」
どのくらい湯が張ったかを確認するため浴室に行くとニャルラがついてきた。背中にはスマホを乗せている。
「電話?いいよ。気にしなくても。ただのバイト仲間」
風呂を優先したなんて知られたら絶対に面倒なことになる。今日はもうお腹いっぱいだし、深夜まで拘束されてしまうのは勘弁だ。
「私は今からお風呂入るけど、ニャルラは体洗・・・」
体のところでニャルラが脱兎ならぬ脱猫の如く駆け出した。猫は水が苦手だというのは私でも知っている常識だけど、人のこと言えないのでは?
「はーー。やっぱお風呂いいな・・・」
実家より小さくても風呂は風呂だ。もう少し堪能したら動画観よ。濡れた手を拭き、――に謝罪LICHを送る。私の平穏を脅かす存在。こんなにも切望しているのに。いつも私の願いは大事な時だけ聞き入れられない。
「下山さんはちゃんと退職してくれたのに」
もう――と出会って4か月くらい経つのか。
私が下山さんに悪意をぶつけられたのは紛れもなく――の所為だ。これ以上ヒートアップする前にその責任を取ってくれたのはありがたいけど、――も十分厄介な存在なんだよなぁ。
口やかましく自分が言いたいことだけ言いまくって、無意義なことで私に噛みついてきた有害人間。しょうもない人だけ私の周りから去って行ってくれるのに、どうして――。
「あの男はいなくならないんだろ」
体内の温度が上がっているのを感じる。そろそろ水飲まないと逆上せそうだけど、微睡に抗えない。私は浴槽の縁に体を預け、目を閉じた。
(=^・・^=)
「チッ・・・出ねぇな」
俺はスマホをポケットにしまい座席に戻る。
幸生の奴、先約ってなんだよ。これは問い詰めねぇとな。
超スピードで流れていく景色を睨みながら悶々と考えていると、身だしなみを整えた兄貴が戻ってきた。
「あと10分で着くぞ。荷物棚から降ろしとけ」
「へーい」
列に並んでいる間RICHを開くと、幸生からメッセージが届いていた。
胸が熱くなるのを感じつつトークボタンを押すと、『お疲れ様。折角誘ってくれたのに来れなくてごめんなさい。次は恐らく多分きっと行くから!』の文に思わず笑みがこぼれる。電話の後ちゃんとメッセージ残してくれるところが幸生らしいというか・・・何だこの文曖昧すぎんだろ。本当に反省してんのかこの女。
新幹線が完全に停車し、列がゆっくりと進み始める。俺は外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。同時に疲労がどっと押し寄せてくる。
「っはーー疲れた。兄貴、夕飯かつ丼かラーメンにしようぜ」
返答よりも先に左ストレートが俺の顔面目がけて飛んできたので、顔だけを動かして避ける。
「危ねぇ!」
「んな重たいもの食えるかぶっ飛ばすぞ」
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