第3話『幸生VS黒猫』
私の黒猫の一問一答はまだまだ続く。戦いはまだ始まったばかりだ。ここで私は核心を突く質問を投げる。
「はぁ・・・『私に嘘はつきますか?』」
『×』
『私が聞くこと全て真実で返してくれますか』
黒猫はここで初めて少し迷うそぶりを見せ、『〇』と『×』の間に前足を置いた。
「なんじゃそら。『答えられないってことでいいの?』」
『〇』
『君は・・・妖怪?幽霊?悪魔?』
「にー!」
答えは全部×だった。何故か尻尾をパシパシと叩きつけている。これは――。
「怒ってる?」
『〇』
「え、ごめんなんか。あ、そうか。悪い存在じゃなくて、神様とか、それに近い良い存在ってこと?」
黒猫はさっきまでの怒りをひそめ、また『〇』と『×』の間に前足を置いた。
「今回の場合は、『どちらでもない』かな?・・・『〇』か」
化け物でも悪の化身でもなく、仏的な立ち位置でもない・・・。黒猫を見ると何やらテーブルの上をウロウロしていた。見るからに動揺しているのが伝わってくる。
「正体迫る系の質問はこれ以上しないほうが・・・いいんだね。分かった。でも君は私のこと知ってるんでしょ?・・・まぁ、どこまで知っているのかも気になるけど今日はここまでにしようか。もう20時だし。ご飯にしよ」
私は立ち上がって、ご飯の支度を始める。会話が可能だと分かったからか、もう黒猫に対する警戒心はかなり薄れていた。
「あぁそうだ。また君の事についての質問していい?これで多分最後にするから。『あなたは写真に写りますか?』・・・え。何その目。私そんな変なこと聞いた?」
『もっと他にあるだろがい!』ってツッコミが聞こえたような気がした。別にいいじゃん。心なしか憐憫の視線を向けられている気がするが・・・黒猫一通り質問を終え、黒猫の正体に迫れたことに満足した私は完成した夕飯をテーブルに置き、動画共有サイト『
(=^・・^=)
そのことに気がついたのはゲーム実況動画を見ながら夕食を済ませた後だった。
「ごちそうさまでした。食べてるとき薄々察してたけど・・・君お腹減っ」
『〇』 『〇』 『〇』
最初はゲーム実況動画に興味を示しているのかと思ったけど、それ以上に私の野菜炒め丼と味噌汁を興味深そうに見つめていたため、彼にもご飯を用意してあげることにした。
「仕方ないな。お金は・・・あぁ。君が持ってきてくれた束から使えばいいか」
クリアファイルから紙幣を一枚抜きとろうとすると、頭に黒猫が乗ってきた。
「わぁっ!ちょっと重っ!」
体勢を崩さないようクリアファイルを元の場所にしまい、両手で引き剝がす。見上げると、顔に一万円札があたり、そのまま落ちていった。黒猫を床に降ろし、諭吉を拾う。私はまだ100万円に手をつけていない。ならこのお金は――。
訝しんでいると黒猫が『〇』の紙に前足を置いていた。
「君が別に持っていたお金ってこと?」
「にー」
この猫は本当に・・・。
「猫にお使い頼まれるとか私だけなのでは?はぁ・・・『デ・ラ・マンチャ』行くか」
ここで近所のコンビニに行くなんて富豪がすることだ。私はバイト先に持って行ったリュックを再び背負い、総合ディスカウントストアまで自転車を走らせた。
驚安の殿堂デ・ラ・マンチャ。通称デラマはその名の通りなんでも売ってて、なんでも安いを売りにした総合スーパーである。しかも賞味期限か近い食料品を半額以下にまで値引きしてくれるので、私はこの店でパンやお菓子をよく買っている。デラマの売値ではなく、更に値引きされた商品をだ。あまり胸を張って言えることではないけど。
60円の菓子パンをいくつかカゴに放り込み、ペット用品コーナーに行くと、天井近くまでペットフードが陳列されていた。このゾーンに入るの初めてだな。猫用っていってもいっぱいある。私は軽く棚と見渡してから、見覚えのあるドライタイプのキャットフードを手に取った。CMでよく見るキャットフードはこれか。他のキャットフードより少し高いけど、今回は私のお金じゃないからまぁ・・・いいか。高いけど。
成猫用を選択し、ついでに液状スティックタイプのおやつ『ボン・チュール』も何箱か買うことにした。この商品も前にCMで観たことがあったのでおそらく大丈夫だろう。黒猫がドライのご飯を食べなかったとき用の予備として、念のため。あと餌用の皿も。
レジに向かう途中、ある重大なことを思い出した。トイレって・・・どうなるんだろう。猫砂とトイレが必要なことは知ってるけど、普通いるよな。ないと私も困ることになるし。しかしそうなると大荷物だな・・・どうしたものか。私は少し逡巡した後、スマホで猫のトイレに必要な道具を調べ直してから全てカゴに入れた。
(=^・・^=)
「た、だいまっ!」
やっとのことで鍵を開け、猫砂を床に置く。い、一番重かった・・・トイレもかさばるし。リュックの中も餌やパンでパンパンだ。トイレセットをそのままに、私はリュックから買ったばかりのものを取り出した。
黒猫はラグの上で体を丸めて眠っていた。私はお腹を空かせてへたばっている黒猫の前に、キャットフードが入ったフードボウル(トイレと合わせて調べたらこの名前が出た)を置いた。するとガバッと黒猫は起き上がり、鼻をひくつかせた後勢いよくキャットフードを食べ始めた。
ちゃんと私が選んだご飯を食べてくれたことに安堵しつつ、ウォーターボウルも横に置いた。
部屋着に着替え、トイレセットをリビングに移動させる。早速開封作業にあたっていると、黒猫が近寄ってきた。フードボウルを見ると、綺麗に空っぽになっていた。
「良かった。全部食べてくれて。他に何か食べてみたいご飯があったらまた教えてよ。あと、今回の買い物で余ったお金は次の餌代に繰り越しで。ここに入れとこうかな」
私は以前雑誌の付録でもらった天チャックケースの中にお金を入れる。今回買った餌は約1月分らしい。買った分までこの猫が全部食べてくれるといいけど。
猫用トイレを開封し説明書を読んでいると、黒猫の視線を感じた。説明書で半分顔を隠し、横眼で見ると黒猫が『×』の上に座っていた。
この流れで『×』のサイン。ってことは・・・説明書が手から離れ、床に滑る。
「え。もしかして君トイレいらないの・・・?」
『〇』
「なのにご飯は普通に食べるの!?体の構造どうなってんだ」
「にー」
「いやにーじゃなくて。あぁ折角買ったのに・・・まぁ猫砂開ける前に教えてくれただけでも良しとするか」
猫砂は返品するとして、トイレは箱開けちゃったからな。黒猫が使ってくれないなら誰かにあげるか、フリマアプリで売るしかないか。面倒ごとが増えたが、この件に関しては確認を怠った私のミスだ。待って。さっきめっちゃ韻踏んだ。ついでにさっきからお気に入りのぬいぐるみを足蹴に毛づくろいを始めた黒猫の尻尾も踏んでやろうか。
「待て待て待って!スミックマに触んないで!」
私は慌てて床の上に置いていたスミックマ達をPCチェアの上に避難させる。
11歳の頃から愛してやまない『スミックマ』は熊をモチーフとしたオリジナルキャラクターである。テディベアのようなフォルムに、赤いポンチョを常に羽織っている。性格は温厚でマイペースであり、一日の半分は寝たり部屋の隅でゴロゴロしたりしている。二足歩行や食事、会話など、人間と同じ動作を行うことができる賢い熊だ。
老若男女問わず高い支持を得ていて、クマキャラ界を代表している存在だといっても過言ではない。只々可愛いのだ。見てて飽きないし、一挙一動に癒しが生まれている。悲しいことがあったとき、よくスミックマのぬいぐるみを抱きしめていた。すると膿んだ心が浄化されていくのを感じて、元気になれるのだ。
10年以上変わらずファンを貫いているので、私の趣味を知っている友達はよく要らない、要らなくなった、もしくは余ったスミックマグッズをプレゼントしてくれる。今家にいる3体のぬいぐるみも幼馴染からもらったものだ。
「いい?もう一度言うけど、スミックマに傷つけたら怒るから」
「にー」
「よし」
トイレの上で毛づくろいを済ませた黒猫は、そのまま体を丸めて目を閉じた。
「あ、もうここで寝るの?新品とはいえ、一応それトイレなんだけど」
返事はない。私は黒猫を起こさないよう慎重にベットとなってしまったトイレを運んだ。布団から出来るだけ離れた位置・・・ここでいいか。移動が完了しても、黒猫は深い眠りに落ちていた。
「固くないのかな・・・下にクッション敷いてもいいかもね」
何だかんだでもう22時だ。そろそろシャワー浴びよう。髪乾かして、皿洗って、スマホゲームもちょっとしたいな。気持ちよさそうに寝ている黒猫を睨む。今日の時間は殆ど私のために使えなかったな。
明日は日曜日。予定は特に入っていないので、丸一日映画鑑賞にあてるつもりだったけど・・・何だか忙しくなる予感がする。
今夜は忘れずにアイマスクをつける。布団に入って目を閉じると、今朝見た夢のことを思い出した。今夜は変な夢見ないといいけど。明かり一つない暗闇に怖いくらいの静寂。段々と深い眠りに沈む感覚に委ねていると、次第に何も考えられなくなってきた。明日は――何時に起きられるかな。
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