疑念
「大雅さん、今日お昼どこで食べるの?」
「コンビニで買って家戻るつもりだけど、なんで?」
「一緒食べよ。話したいことあるし」
「おう」
高校内で先生の次に権力を持つのは三年だろう。その立場となった私が敬語を使う相手は、バレー部に卒業生として、暇だから、と指導に来ている千賀大雅さん。
卒業していった人たちとは、同じ学科の先輩以外にほとんど交流がなかったが、大雅さんは一年前に告白されて以来今に引き続き、連絡を取り合い、たまに会ったりもする。
俗語でいうところのセフレ、に近しい存在だと私は思っている。(彼は、「本気で好きだからそんな関係になったつもりはない」と聞いてもいないのに申告してくる。)
授業終了のチャイムと同時に教室を出た。後ろから、「愛彩どこ行った?」と聞こえた気がしたが、振り返らずに職員専用駐車場へ向かう。
「ごめん。昼休みまで学校残して」
「いいよいいよ、車で食べる?弁当持ってきてる?」
「今日忘れた。食べ行こ」
ランチデートじゃん、と笑う大雅さんは、こうやってよく刷り込み効果を私に使っているが、あからさますぎて鈍い私にでさえバレバレだ。
学校近くの某珈琲チェーン店に入り、ブラックコーヒーとパスタを注文したところで、呑気に「ランチデート」をしている場合ではないと我に返る。
「大雅さん、クリスマスなんだけどさ」
「そういえばなんも予定立ててなかったな。どこ行く?」
にこにことスマホを開く彼は、クリスマスに最適な場所をサーチしているのだろうか。心が痛くなるから、どうか、マッチングアプリを私の前で開くような屑であってくれ、と最低な願いを胸に、口を開く。
「ごめんね、クラスの子たちから一緒に過ごそうって誘われたの。卒業したら進学先もみんな違うから今年だけでも、って思って。ごめん、二十四日は無しにしてもらってもいいかな」
少しの間が空き、まっすぐお互い見つめたのち、まじかー、と彼が顔を伏せた。
うなだれている姿に、良心の最奥が刺激される。
「俺さ、うん。あー、と、愛彩」
「なに?」
珍しく歯切れの悪い話し方をする彼の頬に、店に入り少し温まった指先をちょん、と添える。思わせぶりというより、落ち込まれたことに対する贖罪としての行動だった。
「そういうところも。好きなんだよ、丁度一年くらい経った今も。クリスマスイブに最後、もう一度だけ伝えるつもりだった」
「うん」
「格好悪いところ見せないように、念入りにプランとかも考えてた。だけど愛彩の気持ちも、当時がたったのまだ一年前な俺にはよくわかるから、うん、いいよ。クリスマスは友達と楽しんでおいで」
大雅さんのわかる、私の気持ちって何だろう。
私が大雅さんと付き合う気がない、とっくに気づいているはずのこと?それとも友達と最後の年は一緒に過ごしたい気持ちのこと?
前者の可能性が薄いことくらいよく考えればわかるはずなのに、私の脳はもうとっくに糖分不足でやられてしまっているのかもしれない。
「本当にごめんね。ありがとう」
埋め合わせはするから。友達相手にはよく使う言葉だが、私に気があるだけの相手には使わない。せめてもの私なりの優しさ。
パスタはなんだか、いつもの味よりも薄い気がした。好きだ、という言葉が、味蕾を通さずともひたすらに重く胃にそのしょっぱさを残していったからだろうか。
「どこ行ってたの」
「別に」
教室に戻るなり、執拗な尋問官が机に身を乗り出して質問を浴びせてくる。
そもそも毎日というほど一緒に昼食を共にしているわけでもない。ミクの機嫌を取るか、と思い立ちかけたのと、視界が掌でいっぱいになるのは同時だった。
「うっ」
「別にじゃない!一緒にご飯食べようねって言ってたの忘れてたの!?」
「マジごめん」
完全に聞いていなかった私が悪いので、頬を強く握られながら、放課後、話題になっていたコンビニスイーツを買おう、そう頭の隅に小さくメモした。
なぜだかその日は帰りのバスの中でも心が落ち着かなかった。いつもなら眠って過ごす一時間半、移り変わりの早い外の景色を眺めていた。
昨日、何か重要なことを知った気がする。忘れてはいけないこと。
まるで数学の試験中、直前見た数式が脳内で虫食いになってどうしても思い出せないような、そんな感覚。もぞもぞと心の皮下で動くソイツを感じる。
小さく舌打ちを漏らして、スマホを開く。
今朝届いていた蒼太からのメッセージは、送信取り消し済みの表示になっていた。不快感と焦りに追い打ちをかけられた気がして、ため息にもならない、透明な息を吐く。
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