4 気高き魔女のための鎮魂歌(のフリした褒め殺しソング)
マーガレット・サッチャーが現役のイギリス首相だった時期をリアルタイムで見知っていたわけではないけれど、「鉄の女」という異名を奉ったやり手政治家だったことくらいは知っていた。 でもまあ、せいぜいそれくらいのもの。
何しろ遠い国のことだし、テレビはニュースよりアニメとかの方が見たかったガキだったのだから、それくらいの認識なのは仕方ない。
でもその後成長して、生意気で何もかもにムカつく思春期少女らしくロックを聴くようになり、それにつれて音楽誌を読むようになってからUKのアーティスト、特にワーキングクラス出身のバンドを知ると、それにつれてイギリスの階級社会のことを深く知るようになった。
その結果、彼女が断行した改革がどのようなものだったか、その改革でイギリスでどんな影響があったか理解するようになる。
サッチャーがやったことというのは、日本で言うところの小泉元首相が行った構造改革、それももっと抜本的に、過激に、イギリスの産業構造を覆すくらいのことをやってのけたものだから、そりゃあ反発も大きかっただろうなと思う。
そして、そのサッチャリズムの「後遺症」が21世紀になっても残っていたと分かるのは、2013年にサッチャーが亡くなった時のイギリス社会の歓喜が物語っている。 iTunesで『オズの魔法使い』の挿入歌「鐘を鳴らせ! 悪い魔女は死んだ」が1位となり、民営化で職を失った元炭鉱労働者の皆さんが炭鉱に集まって、
「イエーイ! ようやっとあの女死んだぜー! きゃっほーい!」
と声高らかにシャンパンを開けていた(そしてそのニュース映像を見ていた私、大爆笑していた)。
彼女のおかげで恩恵を蒙った人間以外は、「魔女」の死を心から祝福していたのだ。せっせと拵えたサッチャー人形を街中引きずり回して偉大な魔女の死をお祭り騒ぎで悼み、「さっさとうせろ!」と地獄への旅路を祝っている。
こういうのを見ると、ほーんとイギリス人って性格悪いなーって嬉しくなる。
と同時に、とても羨ましく思ったりする。
別に死者に鞭打ちたいなんて思ってるわけじゃないけど、日本だと死者を悪く言うことに異常なくらいタブー感が強い。
生前の発言や行動が問題視されることが多かった政治家や有名人が亡くなっても、
「あのことには一切! 触れてはいけません!」
という無言の圧力があってちょっと息苦しく思うことがあったりもする。
そういう「汚点」も含めての良くも悪くも故人の人となりだと思うのに、「功績」のみに焦点を当てて美辞麗句を並べ立てている。
一応、「こういう発言をしたりもしましたが……」と報道することはあるけど、批判は絶対しない。
死者を悪し様に言うと祟られるという感じなんだろうか? 死者に対する畏怖のようなもの?
何となくだけど、靖国神社について何か意見を言うのが憚れるのは、戦争云々と同じ位、そういう部分が大きいんだろうと思っている。
でも、私個人はそういうのを見てると寒々しく感じるんだが、そうじゃない人の方が多いんだろうな。 どうせ私は少数派ですわよ。性格悪いですわよ。好きでそうなったわけじゃないのにさ。ちぇ。
ところで、YouTubeを見てると最近の履歴に合わせてオススメの動画がホーム画面に出て来るのはご存じの通り。
だけど、YouTubeのオススメ機能って他のウェブサービスより気が利いてる感じがする(最悪なのはソーシャルメディアなのも知っての通り)。 「おっ、アンタ私の趣味分かってるじゃん」という風な動画を見せてくる。
そんな、私の趣味を熟知しているYouTubeが、
「ロックばっかり聴いてるあなたはこういうのも好きでしょ?」
とオススメしてきたのが、『The Thatcher Song』だった。
Sean Brady。どういうアーティストなのかはさっぱり知らない。どうもアイルランドのフォークミュージックのアーティストらしい。
この意地悪な「鎮魂歌」は大変素敵で、DeepL翻訳などの翻訳ツールや英和辞典を駆使して、試しに訳してみた。
「ここ、違うよ」というところがあったら(多分そんなんばっかりだと思うけど)、指摘してくださるとありがたいです。
”マギー・サッチャーにはかなわない
彼女はアイルランド国民、統一アイルランド党と共和党の呪いなんだ
あの女は雇用を破壊し、俺たちを困窮させた
あいつを手に入れることさえできれば、蹴り上げてやってるのに
サッチャー夫人、あんたほどかわいい女は他には知らないよ
こんな美人で豊満な女なんて、もう思い出すこともないだろな
彼女が交渉に臨むとなると、物事はいつも袋小路にハマっちまう
こいつは世界を破滅に導く策略家だからな
サッチャー夫人、この世に彼女の右に出る人間はいない。
しかし、彼女は再びアイルランドから票を奪おうとしている
イギリス人の票も政治家の罠も心配しちゃいないんだ
サッチャー夫人はそのままでいいのさ
サッチャー夫人、助けちゃくれないか
耕作放棄地は増えたし、仕事はどこにもありゃしない
自分たちはもう十分長い間ここにいるんだから、俺たちなんか必要ないって言ってるけどよ
でもな、もし俺が剥製師だったら、あんたのアレを手に入れてるのにな
フェアプレーだ、サッチャー夫人 あんたはトリックの1つや2つ知ってるだろ?
ダブリンに来るたびに あんたが何をするのかわかってる さ
着飾って、力いっぱい説教するんだよな
でもな、あんたの派手な約束は、俺たちにとっちゃ全部余計なお荷物にすぎないんだよ
俺たちはサッチャー夫人が大好きなんだ
旦那のデニスが一杯や二杯で十分だろうけどな 俺たちゃポーター(黒ビール)1パイントとアイリッシュ・ミスト1杯を飲まなきゃやってられないってもんだ
何しろ毎晩、あんたと顔を合わせているんだからな……
サッチャーには敵わないよ
彼女は皆の憧れだ
あの女は俺たちを路頭に迷わせて 文無しにしやがった
あいつはアイルランド国民、統一アイルランド党と共和党にとって呪いなんだ”
『The Thatcher Song』 Written By Sean Brady
原詞にある「Fine Gael」は統一アイルランド党、「Fianna Fail」はアイルランドの共和党のこと。これは、翻訳ツールでは訳せなかったです。
こういうことも多いので、やっぱり勉強って大事だなと痛感しましたわ。
そして、「Gas」って何だろうって思って調べてみたら、多分「ガスライティング(Gasligting)」のことじゃないかと。あの映画の『ガス燈』から派生した概念ですな。
政治でもガスライティングのやり方で世論を誘導することがある、みたいな解説がWikipediaの英語版にあったので、そうかしらと。
でも、ガスライティングじゃ分かりづらいだろうなと思って、ミスリードにしてみたけどそれも何か違う気がして、「罠」にしてみました。
みんな「ノーフューチャー!」だったはずの未来で生きている 栗原菱秀 @anarchy_kurihara
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。みんな「ノーフューチャー!」だったはずの未来で生きているの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
表現のきざはし/そうざ
★26 エッセイ・ノンフィクション 連載中 80話
未整理の収蔵庫/嵯冬真己
★9 エッセイ・ノンフィクション 連載中 122話
春はあけぼの、夏は夜/mamalica
★109 エッセイ・ノンフィクション 連載中 296話
備忘録 週間日記/野森ちえこ
★3 エッセイ・ノンフィクション 連載中 18話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます