episode 2 約束を守れない私

 電車が去って閑散とするホーム、前回に懲りてもう誰にも助けを求められない私はさあどうしようと頭をひねる。涙だって何とかこらえてるくらいだけど、今度は首をひねったら考えが浮かんできた。最後の手段かもしれない、でも断りを入れるわけじゃない。

 出て、出て、爽くん――。

 私は祈りながら恋する人に電話をかけた。

 十秒、十五秒と過ぎ、携帯電話を握りしめた手がどこか押しかけた瞬間彼が出る。

「おっ、おう。結花、どうした? 寝坊か?」

 いきなりの指摘は図星だったが、本当にそれだけならどれほど幸せだったろうか。ただ彼が怒っていないらしいことは救いで、私は苦しみやら喜びやらいろいろな感情が爆発しそうになって彼に頼った。

「ごめん、助けて。私、行けなくなっちゃった」

「え、親に止められた? まさかちかんにでも遭ったか?」

 声をひそめる爽くんの言葉が灰色で終わり、背景の乾いた喧噪が聞こえてきた。彼はもう駅前にいる、なのに行けない。涙を抑えきれなかった。

「ううん、違う。ぐす、あの、わかんないんだけど、私美杜にたどり着けないの。魔法かけられたみたいに、あっ笑わないで!」

 気味悪がられるのが怖くて悲鳴をあげる私、恐怖と汗で今度は携帯電話がすべり落ちそうになったけどぎりぎり耐える。私が好きになった優しい彼は「その様子じゃ笑わねえけど、落ち着けよ」と言ってくれた。

「でも……、どうしようもなくて」

「俺はその、正直理解が追いつけてないんだけどさ、体調? つらいんなら、無理しないで今日はいいぞ? 明日学校で――学校、行けるよな?」

 なぜか髪をかきあげる姿が目に浮かんだ爽くんは私の話に混乱しており、いや困惑かもしれない。彼が半信半疑になっただけでも幸せと私は下を向き、彼にこう告げた。

「ごめん。うん、今日は帰るね。ありがとう」

 ホームの白いタイルと私の革靴に涙が落ちる。もし明日の学校でも彼に会えなかったらどうしよう、私は思わず指が揺れて電話を切ってしまった。

 もう、かけ直せないよ……。

 声にならないつぶやきは痛い。

 私は十四日、城山線の窓下に赤いラインのある電車で今と同じことを経験しただけでなく、あきらめた帰り道でもなかなか地元の茶野に着かせてもらえなかった。私がこれから向かうお兄ちゃんの茶野駅、ああ今日は仕事休みなんだっけ。美杜に住む好きな人のことを話したのはいくらなんでも関係ないよね。

 ちなみに翌々日の十六日、学校から爽くんにくっついて彼の通学路線で向かったら、私たちは何も邪魔されずに美杜に着けた。彼とつかの間楽しく話した私は、帰るのにどうしても怖くて近道の城山線を避けた。時間はかかっても無事にすんだのはいうまでもない。

 十七日にはお返しとばかりに彼が茶野に来てくれた。彼の帰路は城山線を選んで私は心配だったが、まだ自分に起きたことを話せなかったから説得もせず、彼は私のお兄ちゃんを見つけてやると意気込んで駅に向かう。ただ、一時間後の電話を家で笑って受けてくれたから、彼は大丈夫だと私はほっとした。

 そして今日、城山線に再びいじめられる私。

「だいたい初めての日の行きも帰りも周りに困ってる人なんか見当たらなかった。おかしいのは私だけなんだ」

 そう吐き捨てて涙をふき、意外と混雑した次の電車に乗った。

 私はさらに三度行ったり来たりさせられたものの、何とか茶野駅にはたどり着くことができた。途中でくり返し美杜に行こうという欲が生まれたけど、心がどろどろで巣に戻るのが精一杯。階段でお兄ちゃんの同僚、あどけなさの残る井田いださんと暗くやせた時岡ときおかさんに声をかけられたが、反応すらできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る