君にとどかない行先
海来 宙
episode 1 目的地に着けない電車
つんとした温度がカーブで左右に揺れる。私、
「覚えてない、ていうか覚えてたくないよ」
このぴかぴかの車両は新品なのだろう、私は薬品のようなにおいをかいで扉の窓に両目を近づける。あの日は
いい、新しい電車くん。ちゃんと連れてってよ?
私は駅で見た車両正面のかわいらしい「顔」を思い浮かべ、ふっと息をついた。
「ねえ、あのお姉ちゃん何でこんなすいてるのに立ってるの?」
私に話しかけてるわけではなく、しかし間違いなく私のことを口にするもっとかわいい男の子。母親らしきふくよかな女性が「いいの。みんな自分の目的があって乗ってるのよ」と赤いニットの帽子を諭し、続きの言葉は聞きとれなかった。
私は透明人間ではないのだ。それはうれしい。
まさか今日に限って寝坊するとは。おかげで私と爽くんそれぞれが登下校時に乗る二つの路線経由では約束に間に合わず、近道であるこの〝恐ろしい〟城山線を使わざるをえなかった。実は彼への想いを相談したこともあるお兄ちゃんが先ほど乗車した
今日の私は、爽くんに大切な気持ちを打ち明けるためにどきどきで乗っていた。踏切はなく、短いトンネルを抜けると住宅地の奥に咲き誇る桃色を見て高架橋が続く。そういえば、お兄ちゃんが城山線はロングレールで音が静かだと自慢してたっけ。電車が速度を落とし、いよいよ目的地の美杜駅が迫ってきた。
さあ、私の高まるどきどきは恋によるものばかりではないわけで、その一つ目をまず乗り越えられるのか?
「――ああ、まただっ」
強い減速に振り回される私、落胆でさらに支える力を失う。どうしてだよ! この路線は爽くんの待つ美杜に行く近道のはずで、アナウンスも扉の上の液晶画面も次だと宣言しているのに、現れたホームに書かれた駅名が別物だなんて。
停車して扉が開く。私は車内に残る冷たい乗客を見回し、かといってあの子供を含む誰にも声はかけずに肌寒いホームに出た。十四日に散々他の乗客や駅員を問いつめており、ただ迷っただけに思われて何にもならないことは痛いほど知っていた。今日は信じられるのは自分だけと今の今までしっかり車窓を意識し続けたにもかかわらず、結果は同じって。あのトンネルのせいだろうか、だけど地図にも載っていた。
ああもう、ふざけてる。世界にばかにされている。それとも魔法か!
路線図によると三つ先の駅に連れてこられた私は反対側のホームに向かい、これから美杜駅を通る電車を待つ。ここで断言しておくが、私は急行や快速に乗ったわけではない。幸か不幸か城山線には普通電車しか走っておらず、そもそも乗り間違えようがないのだ。
私はやってきた電車の行き先を確認して乗る。車内の液晶画面も美杜は三つ目、発車と同時に行きと同じ南側の車窓を注視した。
まただ!
「うわあ、どう……」
こんな状況でも恥ずかしくて声を途中で飲み込んだ。景色はいっさい途切れぬまま、一つ目の駅に到着したときには美杜を通り過ぎていた。私はもう車内を振り返りもせずに下車してため息をついた。
まったくもう。苦しむ原因の一つが寝坊にあるとはいえ、美杜駅にたどり着けない理由は自分のせいではないだろう。しかし十四日に続いて今日も起きた。何かに狙われてる? 今年は高校生になって大人に一歩近づき、しかも告白する気満々の今日は朝から強気だったのに、この期待より情けない私はよけいに落胆してしまう。熱い身体が嫌な汗をかき、ホームでも肌寒さは感じなかった。
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