第20話 神殿の戦い

 左手で剣を低く持ち、右手で左の肩を押さえている。

 血が流れてはいないようだが。

 それはセクリートと名のっていたあの少年だった。

 色まではわからないが、明るい色の服に暗い色の袖無し上着で、インクリークの街で見かけたときと同じ服らしい。

 セクリートは何の警戒もせず、明るいほうへとよたよたと歩いてくる。

 祭壇に回りこもうとしていた男が、セクリート少年に気づいて、剣を大きく後ろに引きその腹に剣を突き立てようとした。

 カスティリナが飛び出し、その男の後ろから鈍刀を振り下ろす。

 「あああああっ!」

 肩の後ろから背中に思い切り長い傷をつけてやる。

 殺せるほど深くは切っていない。けれども男は左手を背中にやろうとし、右手を中途半端に上げたまま、右後ろにゆっくりと倒れた。

 血が流れる。

 血の色が見えるほど明るくはない。でも気もちはよくはない。

 あの内気な女の子の気配はすっと遠のく。

 これで行けると思った。

 カスティリナはふと祭壇の反対側へと走る。別の男が反対側から刀を前に構えて駆けて来る。男が刀を突き出す前にカスティリナは後ろに下がる。

 足が血で滑った。だからいやなのだ、血は。

 ふらつきながら刀を右下に振る。男の膝あたりに当たったらしい。どすんという音がして男が倒れる。

 カスティリナは、振り向きざまに、さっき倒して、いまもまだ倒れている太った男、つまり、いま使っている刀のもとの持ち主の太腿ふとももに刀を突き立てた。男はお堂全部に響きわたる大声を立てる。

 カスティリナは次にいまも頭を抱えてうずくまっているいしゆみの男の背を斬り下ろした。またきたない悲鳴だ。

 「盗賊ども!」

 男にしては高い声が後ろでお堂に響く。セクリートだ。

 何をやっているのだとカスティリナはいまいましく思う。

 それに、力を入れているつもりだろうが、声が甘い。

 「おまえたちの仲間は次々に倒されているぞ。いまこそおとなしく縛につけ!」

 おまえが倒したんじゃないだろう!

 そう叫んで一発くらい殴ってやりたいところだが、もちろんそんなことはしない。

 「盗賊だと?」

 アヴィアとカスティリナの宿に来た人さらいの男が、力の抜けた、疲れたような声で言い返している。

 「われらのことなど何も知らんくせに。連れて来い」

 セクリートは剣を構えた。

 姿勢はいい。だが、構えが頼りない。

 思い詰めた顔でセクリートが討って出る。

 祭壇の後ろからは見えなくなる。どう戦っているのだろう。

 すぐにわかった。

 「あーっ!」

 セクリートの、甘い、かんだかい悲鳴だ。

 斬られたのか?

 「連れて来い、こっちへ」

 宿に来た男が落ち着いた声で言う。

 「うわっ、やめろ、やめろっ、あああっ、やめろおっ!」

 カスティリナは思わず顔を覆う。

 どうしていいかわからない。

 考えついたのは、盗賊どもがセクリートを捕まえて、カスティリナのことを気づかずに過ごしてくれたら、そのあいだに子どもたちを助けるのが先決だということだ。

 だが、そうは行かなかった。

 「もう一人、その後ろに隠れているぞ。さっさと捕まえろ」

 「はいっ」

 部下どもが声を揃える。

 まだ五人くらいはいそうだ。それが祭壇の後ろへと歩いてくる。

 そこへ、廊下のほうからセクリートを追って出て行った連中が戻ってきた。がさがさばたばたと無遠慮に足音を立て、服の擦れる音をさせている。やはり十人近くいる。

 この連中は、さっきの命令を聞いていなかったからか、祭壇の後ろには来ずに、お堂のまん中のほうに行く。

 「ほう、捕まえてもらえたか、おぼっちゃん」

 「どうだ、いまの気分は?」

 「ちょっとばかりご褒美ほうびが欲しくないかな? うん?」

 ばかにしたような声と、うっ、うっという哀れなくぐもった高い声が入り混じっている。戻って来た連中がセクリートに何かしているのだろう。

 カスティリナは考える。

 ここで討って出ると二十人近くを相手にしなくてはいけない。

 逃げ出して出直すか。

 いや、出直しはできない。

 守護しゅごしょ警固けいごばんのたぐいがあてにならない以上、逃げ出しても味方は増やせない。狙われていると知った以上、敵はいままでより守りを固めるだろうし、失敗したと思って子どもたちを殺すかも知れない。

 いま、戦う。

 それしかない。

 帰ってきた連中がセクリートをいたぶるのに気を取られていて、祭壇の後ろをうかがっていた連中まで気が散っている。

 相手の人数は多いが、おもった者さえ倒せば、残りの連中は逃げるだろう。

 どうせ稼ぐために盗賊をやっているのだから、結束して首領の仇を討とうなどとは考えないものだ。

 あの宿に来た男と、途中で合流した二人の男、その合計三人がこの連中の首領だ。

 だからあの連中さえ倒せば。

 カスティリナは意を決して祭壇の後ろから出た。

 想像したとおり、外から戻って来た連中が、セクリート少年に詰め寄って何かしていたらしい。宿に来た男が顎をしゃくって

「おい」

と声をかけるまで、この連中はカスティリナが姿を見せたのにも気がつかなかった。

 ばつの悪そうな顔でカスティリナを見る。

 でもこっちにそんな顔をしてくれても何もしようがない。

 相手が何を思うかはわかっていた。

 そのあいだにカスティリナはお堂の中を確かめる。

 主祭壇の上に置かれている石像は柔らかな口もとに三筋の短いひげを生やし、右手に古風な筆を持っている。

 パネという神様の像に違いない。

 もうずっと昔に絶えた旧王国の帝王家の一族だという。

 人としては立法者パネという。王国の法を整備して、王国最初の立法者の称号を奉られた。死後は神様として祀られるようになった。

 後ろにはパネ神に従う神様の像が、大きいものが五体ぐらい、小さい像は数十も並んでいる。

 だが、パネ神やパネ神に従う神様の石像はすすがついて汚れたままになっている。

 パネ神の斜め前に、金色に鈍く輝く神像が、場違いに、でも堂々と置かれているのが見えた。

 もともとは、鈍く、ではなく、きらきらとまばゆく輝いていたのだろう。

 カスティリナがつぶやく。

 「リュクス様か……」

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