第3話 満たされぬ感覚

「お綺麗です」

「さすが聖女様ですわ」


 父に売られたと気づいたのは、神殿へと連れて来られた後だった。


 真っ白を基調とし、どこまでも高い天井には壁画が描かれている。

 先代の聖女が亡くなった後すぐに、信託が下ったためと説明された。


 それでも渋る養父に、今まで私を育ててくれたお礼として神殿からお金が渡されたそうだ。


 だから神官たちから心配ないと言われたところで、私は実の親に売られ、養父に売られたという事実はどうにもならなかった。


 どうして私ばっかり。

 しかもこの真っ白な世界は、すごく居心地が悪い。


 穢れなきものを見ているようで、自分が異物にしか見えない。

 本当に私は聖女なのかしら。

 なんの力もない。

 なにも出来ない。


 私は……。


「聖女様は本当にお美しい」


 ただ唯一、ここでの救いは仕えてくれる者たちが皆女性というところだ。


「ありがとう」


 着替えや沐浴を手伝うもの、自分を守ってくれるのも皆女性。

 白魚のような細い腕に、透き通る肌。

 触ればそれはなめらかで、しっとりとしている。


 義父のような醜悪さなど、みじんも感じられなかった。


「さあ、今日もお祈りの時間です。聖女、ミルティアナ様」

「ええ、今行くわ」


 綺麗なものだけを包み込んだような女性たちだけの真っ白な世界。


 その中で醜い自分。

 それでもここに隠れてさえいれば、いつか自分も綺麗なモノになれる気がしていた。


 だけど——


 一度心が満たされると、どこか物足りなく感じてしまう。

 私の心はいつまでも大きな穴が空いているようなそんな気がした。


 やはり私はここにいる少女たちとは、根本が違うのだろう。

 そう、欠陥品なのかもしれない。


 足りないのに、埋められない。


 お腹はもうずいぶん空いていないのに、それでも満たされない。


「聖女様、さあお手を」


 私の手に、側仕えの女性が触れた。

 歳は私と同じくらいだろうか。柔らかで、汚れのない手だ。


「あなたの手は、とても綺麗ね」

「え……」


 思ったままを伝えると、その頬は赤く染まり、下を向く。


 ああなんて、愛らしい生き物なのかしら。

 小さくて弱くて、そして真っ白な頬を赤く染めて。


 こんなに可愛らしいものなど、今まで見たこともない。


 養父が私を見ていたその目は、ある意味今の私に近いのかもしれない。

 愛らしく、小さく、触れれば壊れてしまいそうなくらいはかない。


 私を満たすものは、これだと思った。


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