第2話 吐き気がするほどの過去

 私は小さな農村の、農家の三女として生まれた。


 貧しい家では、ご飯はほぼ味気のない野菜スープと、固いパンだけ。

 それでもまだパンがあればマシな方で、それすら食べられない時は川の水で空腹を紛らわせた。


 私が5歳になる頃、貧困を見かねた領主が私を養女として引き取った。


 細かいことにとても厳しく、またべたべたと触ってくる養父は不快そのものでしかなかったが、何より美味しいご飯が食べられる。

 それだけで、私は幸せだった。


 ただ一つのことが満たされると、どこか心にぽっかりと穴が空いたような気になった。それを満たすために、着飾り、本を読み、怠惰を貪った。


 町長はかわいい服を買い与えてくれたが、着替えを手伝うという名目で、体に触るというのが日課となっていた。

 思春期を通り越した私は、だんだんそれがおぞましいものだということに気づき始める。


 しかしここから追い出されれば行くあてなどない。

 だからどんなに嫌なことでも、我慢するより他になかった。


「ああ、わたしのミルティアナ。おまえのこの女神のような金色の髪も茜の瞳も本当に美しい。おまえのためになら、どれほどの物でも買い与えてあげよう」


 脂ぎった領主の目は、私を獲物としか見ていない。

 ぶよぶよとしたその手は髪に触れ、そのままだんだんと下へ進んでいく。


 耳から首へ、そして鎖骨をなぞるように。

 あくまでこれは着替えの手伝い。


 何度もそう、自分に言い聞かせる。


「お義父……」


「おやおや、恥ずかしいのかい? ミルティアナ」


 恥ずかしいのか、気持ち悪いのか、私にはその区別はつかなかった。

 ただそこにあるのは、嫌悪だけ。


 早くこの時間が過ぎればいい。

 それを願うことしか出来なかった。


「お取込み中、申し訳ございません、旦那様」


 頭を下げたまま入室してきた執事に、舌を打ちながら養父は部屋を出て行った。


 私はようやく終わりがきたことに、ホッと胸を撫でおろす。


 ああ今日は早く済んで良かった。

 今はまだ着替えの手伝いで触られるだけだけど。


 どんどんその行為は年を追うごとに酷くなっていく気がする。

 このままここに居続けたら、どうなってしまうのかしら。


 しかしそんな不安をよそに、まともに養父の顔を見たのは、それが最後となった。

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