第3話・謎の猫〈虎〉娘・カルラは大食いでした

 大衆食堂・マンプク。

 始まりの街の東区・商店街にある食堂で、NPCはもちろんプレイヤーの姿もチラホラある場所。

 ここで頼める料理はシンプルな物だけど、カルラは目を輝かせながらがっついていた。


「ふう、満腹ー」

「かなりガッツリたべたな」

「そりゃお腹が空いてたからね」

「な、なるほど……」


 日替わりランチを三人前食べて、カルラは満足したようにお腹をさすってる。

 メニューはかた焼きパン&ポトフみたいなスープ付きの日替わり定食で、味は美味しいが量が多く俺は一人前で充分だった。


「それで話を戻すけど君がボクの依頼を受けてくれたんだよね」

「ん? ああ、猫娘のお使いのイベントクエストは受けたぞ」

「ふふっ、ならそのクエストはクリアでいいよ」

「へっ?」

『公式イベントクエスト・猫娘の出会いをクリアしました』


 レベルは一から三に上がり、報酬の一万GC&相棒(固定)・カルラと契約しました、だと?

 急な展開に固まっていると、前の席に座るカルラが肉食獣のような瞳を浮かべながら自分の唇を舌で舐めた。


「ぶっちゃけクエストはおまけでボクの狙いは君だったんだよね」

「へ、え? それってドユコト?」

「単純に一目惚れかな? まあ、他にも色々理由はあるんだけど」

「……マ?」


 急に一目惚れされた!?

 確かに今の俺は銀髪イケメンアバターだけど、他のプレイヤーだって条件は同じ。

 テーブルの上に手を置いて立ち上がったカルラは、ニヤリと笑いながら隣に移動してきた。


「さてと、マスターはこれからどうするの?」

「いやあの、出来れば名前で呼んでほしいんだが」

「ん? ああ、了解。シルバー」

「助かる」

「いえいえ! あ、そだ、少しいいかな?」


 マスター呼びは少し恥ずかしい。

 真面目な表情になったカルラは、隣の椅子に座りながら俺の手を握った。


「い、いきなりなんだ!?」

「さっきシルバーは女性プレイヤーといたでしょ」

「ん? ああ、あの女子力ゼロドブ女の事を言ってるのか?」

「ど、ドブ女? ま、まあ、赤髪のやつだったから当たってるかもね」

「……なんでそこまで知ってるんだ」


 百歩譲って女性の匂いがある方がマシなレベル。

 クンクンと話を鳴らすカルラが、ニッコリと笑いながら俺の右手をとった。


 コイツの手は柔らかいな。

 獣耳&尻尾以外は人間の美少女なので、ドキドキしていると彼女は頬を少しだけ吊り上げる。


「そんなの昔から君をずっと見てたからだよ」

「お、おい、自分でストーカーなのを認めたな!?」

「ふふっ、美少女にストーカーされるのはご褒美じゃないの?」

「顔見知りならともかく、ほぼ初対面にされたら恐怖が勝つわ!?」

「ええ!? ボクは君の事を昔から知っているのに!」

「それはドユコトだ!?」


 こ、こいつ。紅トマトとは別の方向で頭のネジが外れてないか?

 カルラのとんでも発言に固まっていると。

 隣の席に座っているお客さんプレイヤーが、あからさまに目を逸らした。


「教えない。まあ、今はストーカーの話よりもこれからよろしくねシルバー」

「お、おう? なんか騙されてない?」

「さあねー? さてと、お腹も膨れたしココを出ようよ」

「おいこら、急に話をズラしたな!?」


 俺の右手を掴んでいるカルラは勢いよく立ち上がる。

 彼女の虎柄尻尾がブンブンと揺れる中、俺は腕を引っ張られながらお金を払う。


「日替わりランチ四つで二十GCか……」


 俺が使っている初心者用の片手剣・ワンソードの価格が二百GCほど。

 体感では一GCが日本円リアルの百円くらいの感覚だが、リアルマネ現金に変換する時のレートはまた違う。

 お金の価値が難しいと頭を悩ませていると、カルラが不思議そうに首を傾げた。


「何か悩みでもあるの?」

「いや、なんでもない」

「そう。困ったことがあったらボクに言ってね」

「あ、ああ。その時はよろしく頼む」

「うん!」


 満面な笑みで腕に抱きつくカルラ。

 まだ出会ったばかりなのに、彼女からの好感度が高くない?

 内心でビビりまくりながら、食堂を出て別のクエストを受けるために冒険者ギルドに向かう。


 --


 東区にある冒険者ギルド。

 半透明のウインドウを開き、時間を確認すると十五時すぎになっていた。

 

 幻想のカーディナルにログインしてから、三時間くらい進んでるのか……。

 さっき以上にプレイヤーがギルド内に集まっており、受付嬢や警備の人が額に汗を浮かべながら働いている。


「何かいいクエストはないかな?」

「うーん。新しく張り出された効率のいいクエストも既に取られているっぽいな」

「あー……。こりゃ狩りに行った方がマシそうだね」

「だな」


 ギルドの依頼提示板にはさっきと同じくしょぼいクエストしか残ってない。

 旨みのあるクエストはログインしたプレイヤーが受けてそうなので、俺達はため息を吐きながら提示板から離れる。


「しっかし今日は人が多いね」

「そりゃ多くの初心者プレイヤーがログインしてるからな」

「なるほどなるほど。ん? あの赤髪は見覚えがあるんだけど?」

「……関わらないでおこう」


 見覚えのある赤髪ツインテールの女性プレイヤー。

 血走った目で荒い息を吐いており、近くにいるプレイヤーを睨みつけていた。


「やっと見つけたわ! この鬼畜銀髪!!」

「あらあら。ギルドで問題を起こして捕まった紅トマトさんじゃありませんか」

「まだ罰金だけで捕まってないわ! てか、アンタの隣にいる虎娘は何者よ!!」


 相変わらずうるさい。

 キャンキャンと叫ぶ紅トマトに引いていると、カルラが一歩前に出て鋭い視線を浮かべた。

 一触即発の空気感になる中、頭のネジが外れた女性同士の言い合いが始まる。


「ボクはカルラ。シルバーの相方だけど?」

「相方? まさか、アタシが怒られている隙にクエストをクリアしたの!?」

「そうだけど?」

「ふふっ。ならアタシへの分け前はもちろんあるわよね」

「「はい?」」


 コイツはマジでアホなのか?

 自己中な発言にカルラが固まり、俺は頭が痛くなり目を逸らす。

 相変わらず頭のネジが外れてる紅トマトは、コチラにムッとしながら右手を差し出して来る。


「いくらもらえるの?」

「そんなのあるわけないだろボケが!」

「なっ!? 少しくらい分けてくれてもいいじゃない!」

「ちなみにその少しはいくらなの?」

「一万GC!」

「報酬金全部じゃねーか!?」


 コイツ、バカじゃねーの?

 カルラから貰った報酬金が全部飛ぶのから思いっきり突っ込むが、紅トマトはさも当たり前かのように俺の肩を掴む。


「そんなわけでお金をちょうだい!」

「だが断る!」

「ふふっ、くれる……え? なんでくれないのよ!」

「いやだから、お前に報酬を渡したくないんだよ」

「ストレートにひどくない!?」

 

 当たり前だろ。

 ガクガクと俺の両肩をつかみ揺らすくれない紅トマト。

 提示板近くでやりとりをしているので、他のプレイヤーがドン引き。

 隣にいるカルラは心底冷たい表情で、紅トマトの腕を掴んだ。


「黙って聞いてたら君はめちゃくちゃすぎないかい?」

「はっ? アタシは可愛いから問題ないの!」

「……おいこら小娘。さっき注意したばかりなのにまた問題を起こす気か?」

「ぐっ!? なんでハゲがこのタイミングで来るの!」

「オレはハゲじゃなくて剃ってるんだよ!!」


 いやあの、結局は髪がないのは同じでは?

 スキンヘッドとハゲの差に首を傾げていると、さっき紅トマトを連行した警備員・ツルットさんが頭を抱えた。

 

 ほんとお疲れ様です。

 ハゲへの気の毒さに同情してしまい、俺はさっき以上に頭が痛くなりながらある提案をする。


「なあ紅トマト。もしデュエル決闘で俺に勝ったら五千GC報酬の半分をやるよ」

「半分? 今はそれくらいで許してあげるわ」

「……お前に身の程を教えてやるよ」

「そのセリフ、そっくりそのままお返しするわ」


 悪いがリアルでたくさん騙されてきたから、こういう時は自衛すると決めてるんだよ。

 自信満々に背中に背負っている両手剣の握り手に触れる紅トマト。

 警備員のスキンヘッドことツルットさんは、ヤレヤレと首を振りながら口を開いた。


「決闘をするなら訓練場を使ってくれ」

「ん? ええ、そうします」


 最悪ロビーココでヤる事を考えていたが、訓練場が使えるのはありがたい。

 場所を提供してくれたツルットさんに感謝しながら、俺達は冒険者ギルドのロビーから訓練場に移動するのだった。

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