第7話 空の魔王爆誕
私は一報を受けると叫び声に等しい命を下した。
「日本がソ連と国境紛争に突入しただと! 今すぐに増援を送れ! イワンは一人残らず叩きのめすんだ!」
「は、ハイル!」
1939年5月に我が盟友である大日本はソビエト連邦と国境紛争に突入する。日本側の満州とソ連側の蒙古は今まで数えきれない程の武力衝突を繰り返した。それが大祖国の砲兵隊を動員する。史上最大規模の国境紛争で武力衝突に発展した。日ソはノモンハンの大地で大規模な国境紛争に入ったと知る。即座に現地の国防軍と親衛隊に参戦を命じるだけでなく、空軍と陸軍の兵器と兵士を満載した海軍の日独連絡船に民間船を徴用した輸送船を増援に送ることを決めた。
日本軍は地上戦に連敗を喫して押しに押されたが、航空優勢を活かして持ち堪えており、我々のドクトリンを吸収した近接航空支援は強力に尽きる。ゲルマン空軍のスツーカにドルニエ、ヘンシェル、メッサーシュミットが暴れ回った。日本軍も優秀な爆撃機か攻撃機を投入している。ゲーリングはここぞとばかりに「急降下爆撃こそ最強」と訴えるが主張は片耳から片耳へ流した。
地上戦が苦境でも航空戦で圧倒している。ひとまず戦況は膠着状態に陥った。ちょうど、現地司令部より中間報告書が送られるが、義勇軍兵士の中でも凄まじい戦果を挙げる兵士がおり、誰もが書類の偽装を疑わざるを得ない。日本軍の偵察機が撮影した写真や僚機の証言などを照合して偽装の疑いは早々に排除された。
「いったい、なんだね、これは」
「そ、それが疑いようのない、戦果でありまして…」
「スツーカでもやり過ぎた。変な改造でもしたんだろう?」
「はい。主翼に日本製の47mm速射砲を取り付けたと聞いています」
「私を馬鹿にしているのか。そんなことをすれば」
「スツーカは正直を申し上げると陳腐化が著しくありました。それに重量物を二つも吊り下げては操縦性も安定性も全てが劣悪になります」
「ハンス・ウルリッヒ・ルーデルか。覚えておこう」
ここに空の魔王が爆誕する。
=満州と蒙古の国境=
ソ連軍は極東方面の最高司令官をゲオルギー・ジューコフに交代した。ジューコフは航空兵力も十分に揃えて地上戦の主役たる大祖国の砲兵隊も補給するなど大規模な攻勢を控えている。日本軍の敷いた高地の防衛戦を一つずつ潰していくが、ゲルマン義勇軍が到着したようであり、敵軍は重砲から機関銃まで急激に充実化した。航空機もスペイン内戦で見覚えがある。
それでも圧倒的な兵力差ですり潰してやると砲兵隊を前進させた。彼我の射程距離に大きな差が存在する。日本軍の重砲と榴弾砲、野砲は威力こそ脅威だが射程距離と精度は遥かに劣るようだ。大祖国の火砲は数も質も圧倒して負けるわけがない。砲撃戦は全てにおいて勝利を収めてきた。
「イワンの砲兵は叩いても叩いても湧いて来る。どんなに爆撃されても湧いて来る」
「それだけ破壊のしがいがあるじゃないか。つべこべ言わないで突っ込めよ」
「言われなくてもわかっている」
そんな連中を上空から見下ろしてやろう。
ゲルマン空軍の近接航空支援に基づくJu-87スツーカはジェリコのラッパを響かせた。本来は地上部隊の大進撃を支援するところ、敵地上部隊を受け止める防御も担い、前線飛行場と最前線を何度も往復する反復攻撃に徹する。今日最初の攻撃はイワンの砲兵隊に決めた。
奴らを何度も何度も叩いてもどこからともなく湧いて溢れる。砲も兵士もふっ飛ばしてもふっ飛ばしても底が見えなかった。これがソビエトの戦法なのだろうが、幾らでも爆撃してやる。そのためのスツーカで極東仕様と称して現地改造を与えた。
「今更逃げたって遅い!」
「敵機なしだ。しっかりと当てろよ。せっかくの500kg爆弾が無駄になる」
(私はスツーカでソビエトを滅ぼすのみ。我らの友を救いながら総統閣下に戦果を献上した。なんと素晴らしいことか)
スツーカ隊は一斉に急降下爆撃の姿勢に入る。満蒙国境線の制空権は日本軍が握り込み、ソ連人民空軍のイシャクは日本空軍の戦闘機に蹴散らされ、ゲルマン空軍のメッサーシュミットも暴れ回った。これに日本とゲルマンの技術が融合したFw-190(C型・陸上仕様)に新型Bf-109も参加する。
しかし、スツーカは既に陳腐化に片足を入れて後継機のJu-187を待った。Ju-187の生産は始まったばかりである。とてもだが間に合わないとしてスツーカに小幅から大幅まで改良を加えながら運用を継続した。日本軍の襲撃機や軽爆撃機を輸入することで一時的な急場しのぎを構える。日ソ国境紛争でも多種多様な近接航空支援機を確認できた。
ソ連陸軍の砲兵隊と戦車隊は近接航空支援の格好の獲物と称して優先的に撃破する。ゲルマン陸軍と日本陸軍にソ連陸軍の大攻勢を受け止める程の体力は持たなかった。今の航空優勢を活かして空から徹底的に叩いて有利を手繰り寄せる。日ソ交渉の場において原状回復は最低限に定めた。
「これで機体が軽くなった。引き起こすまでもない」
「次はどいつだ」
「野砲を吹っ飛ばす。47mm機関砲の榴弾は意外と悪くない。1t爆弾を運搬できれば最高なんだが」
「無茶言いやがる。エンジンが火を噴くが日本人なら出来るかもな」
「あぁ、彼らはゲルマン民族の生き別れた兄弟なんだろう。総統閣下の言う事に間違いは一切ない」
スツーカ隊は500kg爆弾を敵砲兵隊に叩きつける。ソ連軍の誇る122mmと152mmの大口径砲は大地を揺るがす威力の代償に機動力は低かった。入念な擬装があれば監視の目を掻い潜れたかもしれない。ソ連軍は擬装に係る費用と手間を惜しんだ。背の低い草木を張り付けて満足を得るが、低高度を飛行する偵察機の空の目と地上を這いつくばる偵察兵の地の目からは逃れられず、前線飛行場に待機する広義の爆撃機に通達が送られた。
122mmと152mmの大口径砲に500kg陸用爆弾が襲い掛かる。スツーカは1t爆弾を携行できたが、主翼に47mm速射砲を基にする機関砲を現地改造で取り付け、これの都合で500kg爆弾が上限に修正された。1t爆弾は決して不可能でないものの操縦性と安定性は劣悪どころでない。現に500kg爆弾を吊架した状態では僅かな狂いで失速した。
「スツーカに大砲を載せている。これが究極のスツーカだ」
「…」
「おい。しっかりしろ!」
つい先ほどまで偉そうにベラベラと喋っていた機銃手が黙りこくる。敵機の後方確認を兼ねて振り返ると機銃手は鮮血に染め上がった。スツーカは必要最低限の防弾設備である。お世辞にも堅牢と言えなかった。地上の対空機関砲の放った25mm弾はガラスを易々と貫徹する。
「ええい!」
主翼に提げる47mm機関砲を乱射するも狙いは研ぎ澄まされた。対空機関砲の弾幕を物ともせずに突っ込む様子は鬼神の如きを超えて魔王の如きと進化する。47mm機関砲の砲弾が尽きれば戦場に居座ることなく反転していった。これを生き残ったソ連兵たちは畏怖の対象に急降下時のサイレン音に大口径機関砲の射撃音を加える。砲兵隊は火砲を破棄するなど陣地の圧縮を試みた。砲撃の邪魔となる者と物を取り除いている時に二度と聞きたくない音を耳にする。
「前線飛行場でスツーカを変えれば直ぐに戻ってこれる!」
「ルーデル少尉に続け! ロ助をここから逃がすな!」
なんということだ。
彼はスツーカを乗り換えて戻って来たかと思えば日本軍の襲撃機を従えている。前線飛行場で乗り換える際に仇討ちの同志を募集した。これに共感した日本軍の襲撃機は目標を敵砲兵隊に切り替える。大ゲルマンの友が仇討ちを訴えてきた。無視するような真似ができるだろうか。
ノモンハンにジェリコのラッパが延々と鳴り響いた。
続く
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