第6話 スタイリッシュで国際的な問題
今日は日独海軍協定締結から5年を祝う式典が盛大に催された。
この場にアドルフ・ヒトラー総統も出席している。米内光政大将と並んで観艦式を眺めながら通訳を挟んで海軍談義に花を咲かせた。両海軍の友好を盛大に祝おうとウィーンから呼んだ名門楽団がゲルマンと日本の軍歌を演奏する。
(ゲッペルスめ。なんという選曲をする)
今日は小唄を口遊み
冷えたワインを飲もう
そして乾杯が必要だ
何故なら、別れねばならぬから
「なんと心地良い歌です。軍艦行進曲に匹敵する」
「米内大提督の世辞は幾らでも聞ける。ベルリンはどうだったかね。私はベルリンを改造したいが提督の感想を聞きたい」
「ゲルマンの歴史を感じられました。プロイセン時代も所々に見受けられて大変貴重な経験をしております」
「私はベルリンを欧州の首都にするつもりだ。そのためにプロイセンの色を消さねばならん」
米内提督がデーニッツ提督らとベルリン観光を楽しんでくれて何よりである。
まさかの選曲で話題を逸らすことに努めた。ちょうど流れているゲルマン海軍の軍歌は『イングランドの歌』である。ゲルマン海軍歌にもかかわらずイングランドを含めるとはこれ如何にだ。日本語に翻訳してみれば兵士の出征を謳っている中にイングランドことイギリスの制圧を訴えている。ひと昔まで日英同盟を結んでいた国の軍人に明かすことは到底もできなかった。それ以前に大ゲルマンはイングランドを攻めるつもりは毛頭ない。
イングランドの歌の魔力は絶大に尽きた。サクラの親衛隊兵士に踊らされ、ついつい口ずさんでしまい、米内提督も「うんうん」と頷いて小気味良くリズムを刻んでいる。彼がゲルマンの言語を背景まで理解できる人物でなくて良かった。イングランドの歌から日本海軍の軍艦行進曲に切り替わる。海軍の行進曲と言えば軍艦行進曲と親しんだ。
どこからともなく、ラストバタリオン(最後の大隊)が出現することはない。
「グラーフ・ツェッペリンとペーター・シュトラッサーは何と美しいことか。初期案では15cm連装砲を8基と16門も搭載した。日本海軍の手によって純粋な航空母艦に軌道修正されている」
「勝手な真似で申し訳ありません。総統閣下の顔に泥を塗るような…」
「いいや、まったく、気にしていない。私も誤る時は往々にしてあった」
彼の謝罪には片手をヒラヒラと振って良い方に許すまでもないことを伝える。私と彼が眺める先でグラーフ・ツェッペリンとペーター・シュトラッサーが低速航行中だった。姉妹の甲板上には最新鋭にして日独共同開発が生んだ艦上戦闘機のFw-190(B型)と艦上爆撃機のJu-187(C型)が並べられる。イギリスとフランスに飛行性能を測られると困るために並べるに止めた。どちらもゲルマン海軍と日本海軍で互いに自軍仕様の上で運用される。
グラーフ・ツェッペリン級空母は日本海軍の赤城を参考にした初期案を元始にした。赤城は赤城でも三段空母時代で古めかしさが拭い切れない。空母ながら砲撃戦を想定して15cm連装砲を8基も搭載した。空母に砲撃戦を担わせる時点で王手のチェックメイトを呈する。当時は空母自体が色々と手探りな上にゲルマン海軍は困窮も重なって良くも悪くも野心的な発想が出てきた。私の一存とデーニッツの追認を得てゲルマン海軍初の空母は日本海軍と共同と変える。
「ビスマルク級戦艦の登場だ」
「まさに質実剛健です。ゲルマン民族の魂が窺える」
「ワハハハッ! 米内提督は褒め上手なんだ。このアドルフ・ヒトラーは大変気に入った」
「恐れ入ります。ビスマルク級戦艦も我々の長門型に匹敵しました」
「主砲は38cmで小さいが」
「戦艦の強さは主砲口径で決まりません。なんでも大きければ良いことはない。長砲身で高品質な砲身から撃ち出される。その砲弾が決めるのです」
「なるほど…」
ゲルマン海軍も負けじとビスマルク級戦艦を世に送り出した。ゲルマン民族の威信を賭し建造した最大級の大戦艦である。その排水量は約4万2000tで各国海軍の主力戦艦に引けを取らなかった。主砲の38cm連装砲4基8門はゲルマンの敵を滅ぼす。最速30ノットも各国海軍の巡洋戦艦に追い付いた。過去の海戦から得られた反省を織り込み高い防御力も備える。まさに大ゲルマン海軍を象徴する大戦艦で式典の主役を務め上げた。一応はレーダー提督らが提唱したZ艦隊案に5万t~6万tの超戦艦を計画するが、非合理的でとても間に合わないために無期限凍結と決まり、ビスマルク級戦艦がゲルマン海軍最大級の軍艦を誇る。
ビスマルク級戦艦はビスマルクとティルピッツの2隻を建造した。ゲルマン海軍の戦艦は広義を許せばシャルンホルスト級を含めた4隻に終わる。ドイッチュラント級に関しては種別変更から除外した。戦艦が4隻もあれば十分と思っては甘い。ゲルマンは常にイギリスとフランスの海軍強国に睨まれた。両国の海軍は事実として対ゲルマンの大戦艦を建造している。
私が東洋の大帝国と仲良くすることを選んだ理由は何度も説明した。彼らと親密度を深めるに伴い海軍の装備品輸出は右肩上がりで伸びる。日独海軍協定の最終到達点たるゲルマン海軍の大戦艦が姿を現した。それはビスマルク級戦艦でも、シャルンホルスト級でも、ドイッチュラント級でもない。どこかで見覚えの違法建築物の群れと見えた。
「おぉ、なんと、懐かしき」
「副砲の全廃や機関の換装を行えど本質は変わらなかった。フソウとヤマシロ、イセとヒュウガは貴重な戦艦と心得ている。一般的に低速戦艦と言われるかもしれないが、デーニッツ曰くUボートに出来ぬ芸当があり、大型艦を邪険に扱うことは許されない」
「デーニッツ大提督は素晴らしき御仁でした。総統閣下の慧眼もあります」
「そう褒めるでない」
(扶桑型と伊勢型を厄介払いできた。デーニッツ提督は英独海峡の牽制球に大抜擢したかと思えば、洋上の大要塞に据えるなど柔軟さを発揮しており、ナチス・ドイツと握手することを毛嫌いした時期が恥ずかしい)
「戦艦までプレゼントしてもらって申し訳ないぐらいだ」
「大和民族とゲルマン民族の融合である超戦艦が出撃の時を待っています。総統閣下のご心配には及びません」
「なんと頼もしい。レーダーが言えんことだな」
あれは扶桑型姉妹と伊勢型姉妹である。旭日旗と一緒にハーケンクロイツが風に揺れた。日本海軍はゲルマン海軍にUボートやSボートなどを得るバーター取引で扶桑型戦艦2隻と伊勢型戦艦2隻の計4隻を譲渡する。どうも不釣り合いで不平等に聞こえた。扶桑型と伊勢型は欠陥を抱える上に25ノットの低速で扱い辛い。14インチの36cm連装砲6基12門を活かし切れなかった。
日本海軍らしい贅沢な悩みもゲルマン海軍には関係なかろう。彼らにとって扶桑型と伊勢型は喉から手が出る程に欲した。とにかく時間が無いのである。多少の欠陥があって使い辛くても許容できた。イギリスとフランスの海軍に対抗できる表向きの体裁だけは整えよう。
ここにゲルマン海軍と日本海軍の需要はガッチリと合致した。ゲルマン海軍で運用するに際して15.2cm副砲と14cm副砲は全廃している。主機関もMAN式ディーゼルと艦本式蒸気タービンのハイブリットに変えた。大規模な改装工事が行われて長期間をゲルマンと大日本のドッグで過ごしている。大戦艦を一から建造することに比べて遥かに安価の短期間で拵えることができた。
「米内提督に折り入って頼みがある」
「何なりとお申し付けください」
「北欧に進駐する演習作戦に参加してもらいたい。デンマークとノルウェーを保護する」
続く
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