第5話 デーニッツと米内
=ベルリン郊外=
ここに大ゲルマン海軍のデーニッツ提督と大日本帝国海軍の米内光政大将が相対する。大ゲルマンは陸軍国家のしがらみから海軍を(やむを得ず)絞っていた。世界第二位の海軍帝国である大日本と手を組むことで穴埋めを図る。陸軍の大ゲルマン・海軍の大日本・空軍は両国という軍事協定を結んだ。すでに何度か綴っている通り、ゲルマンは戦車と装甲車、機関銃、小銃などを輸出し、大日本は戦艦と空母など艦艇や魚雷、レーダーといった先進技術を提供し、お互いにお互いの弱点を埋め合う関係を模索する。
空軍に関してはお互いに得意分野が存在した。ゲルマン空軍は液冷機を大日本空軍(陸海軍)は空冷機を得意とする。大ゲルマンと大日本の戦術も異なるため、ここは分野を問わずに相互協力を図り、大ゲルマンの技術力に大日本の創意工夫が加わった。
「モロトフ・リッベントロップ協定締結ならず。ゲルマンとソビエトの交渉は決裂した。当たり前である」
「当たり前でなければ困ります。そんなことがあれば『欧州情勢は複雑怪奇なり』と総辞職しかねない」
「それはさておき、貴軍の空母は誠に見事であって、グラーフ・ツェッペリンとペーター・シュトラッサーは初めての正規空母と誕生した。米内閣下のご尽力に心から感謝申し上げる」
「こちらこそ、優秀な艦砲に電池式魚雷、レーダーの技術を提供していただいた。まだ明かせないが、大戦艦と大空母の大艦隊を派遣する用意があり、我々も英海軍と米海軍は牽制したい」
「例の臨検事件に関しては申し訳なかった。潜水艦で送れば良いものを…」
「英海軍の軽巡洋艦が都合よく食いついてくれました。そう解釈しています」
「そうだな。大事件は都合よく解釈するとしよう」
日本から遠路はるばると米内光政海軍大臣は日独海軍協定に基づく式典に出席するために訪独した。日独関係の深化は英仏米を刺激している。ゲルマンは武力をチラつかせれど穏便な対話で解決していった。国民投票など民意による決定に自由の国々が口を挟めるわけがない。もちろん、英国のチャーチル海軍大臣を筆頭に強硬派勢力は少なからず存在した。欧州の大地でゲルマンの暴走を象徴する武力衝突が発生しない限りは干渉できない。
日本の横浜港より日独連絡用の豪華客船である『飛鳥丸』に乗り込んだ。豪華客船の建造競争時代の終焉に建造され、豪華客船と世界中の海を渡り歩くことは叶わず、日独の高官と軍人を運搬する日独連絡船に充当される。巷の噂では優秀船舶に括られているらしく、なんと、約1年で空母改造が完了する設計が組まれていた。
米内は翌々日の式典に備える前にデーニッツ提督と会談の場を設ける。明日は二人でベルリン観光を楽しむ予定があった。今日の内に折り入った話は済ませたく思うまでもない。ゲルマン=ソビエト交渉が完全に決裂した今こそ日独関係の究極に達した。
「肝心の艦載機は…」
「メッサーシュミットとスツーカを想定しているが、すぐにでも、新開発の艦上戦闘機と艦上爆撃機に変わる。ゲーリングの妨害なんぞ構うものかとね」
「それは喜ばしい。我々の新型機が役に立てる」
「ゲルマンの十字に大日本の日の丸。これ以上の組み合わせは存在しない。しかし、グラーフ・ツェッペリンとペーター・シュトラッサーで造船所を2つも占めてしまった」
「ご心配には及びません。その代償に客船を幾つか譲渡されている」
「もう動かすことのない客船は預けたいのだ」
デーニッツ提督はゲルマン海軍の大拡張には慎重な姿勢を見せる。レーダー提督らのZ計画に真っ向から反対した。日本海軍と連携することは誰よりも賛同すると自ら推進を図る。Uボート艦隊の創設も日本海軍を巻き込んだ。彼はUボートによる通商破壊作戦を前面に押し出す。日本海軍の潜水艦も負けず劣らずと素直に認めると、日独海軍で大潜水艦隊構想を掲げ、Uボート技術も惜しむことなく提供し続けた。
しかし、英米海軍を大西洋で相手するにはUボートだけでは不足が否めない。日本海軍の協力を得ると雖も自前で一定程度は揃えなければ威信を保てなかった。Uボートは姿の見えない深海の暗殺者な故に恐怖心を煽る。洋上の大艦隊も威風堂々を纏って見事な抑止力を為した。実際に各国が大戦艦の建造競争を行ったことが証明である。
Z計画の大戦艦たちを建造することは困難でも安心と信頼の日本海軍を頼った。大空母の建造技術をバーター取引で輸入に成功する。東洋の帝国にゲルマン海軍初の空母建造を依頼した。ゲルマン海軍初の空母にグラーフ・ツェッペリンとペーター・シュトラッサーが誕生する。
「艦戦30機と艦爆20機は初の空母として十分な数値です。15cmと10cmの高角砲も結構なことです」
「3万トン級の船体に50機は些か少ない気も」
「いきなり欲張ってはいけません。我々も最初は玩具のような軽空母で我慢したものです。その経験から少しずつと磨き上げていきました」
「いや、これは大変な贅沢だった。失礼を謝罪する」
「蒼龍と飛龍を改良した雲龍型を提供できる。翔鶴型の改良型は間に合わなかった」
「これは大盤振る舞いだ。Uボートの供与を増やさねばなるまい」
グラーフ・ツェッペリンとペーターシュトラッサーは日本海軍の蒼龍と飛龍を基に発展改良型と建造された。日本海軍もドイツ海軍の知見というブレイクスルーを得る。本空母は排水量約3万トンの船体に艦載機を50機まで積載した。ゲルマンの優れた技術力による油圧式カタパルトを備えることで素早い発進が最たる特徴である。このカタパルトがブレイクスルーの最大を務めた。日本海軍の空母にも順次搭載が予定される。
空母の肝たる艦載機は空軍のメッサーシュミットとスツーカを想定した。最初期も同様だが新型機への変更を待つ。空軍の陸上機を艦載機に直すことは可能でも非効率と断じた。日本海軍の艦載機をそっくりそのままと導入することも単なる真似で芳しくない。ここは日独空軍の看板で新型機を開発することが最善と判断した。一から開発しては到底間に合わない。日本海軍の艦載機を模倣せざるを得なかったが、日独融合の特異な航空機が開発され、お互いの空軍に一定数の運用を確認した。
「ひとまず、先遣の航空戦隊と合同演習と称した教導を行わせます」
「何から何までありがたい。欧州の大地に翻るは鍵十字だ。大西洋から太平洋の大海洋に翻るは日の丸らしい」
「お互いに得意とする分野で戦いましょう。現にイギリスとフランスはポーランドを独立保障をかけた」
「所詮は口約束だろうが厄介なことをしてくれる。我らがいつポーランドを攻めると言ったんだ」
「まったくです。アメリカもなぜか経済制裁を検討しています」
ゲルマン海軍はグラーフ・ツェッペリンとペーター・シュトラッサーを新戦力に加える。新鋭空母2隻を基幹に航空戦力を整備した。その上で日本海軍と協調を図る。英海軍と仏海軍、米海軍に対抗した。大西洋ひいては大西洋の覇権はゲルマン海軍と言いたいが、彼らはきちんと身の程を理解しており、日本海軍のものであると主張して譲らない。大ゲルマンは欧州の大地と東方の生存権で十分だった。
「奴らは頑迷で困る。どうですか。今日は一夜で飲み明かしませんか」
「是非とも」
「実は米内閣下の艦隊論をご教授いただきたい」
「私こそデーニッツ提督の潜水艦運用論をお聞きしたい」
「よろしい。今からでも車を出させます。とっておきのビールを用意させますので」
デーニッツ提督と米内提督は私的な会談を終えて直ぐに夕方から街へ繰り出す。ただの酒の席でも大海洋を揺るがしかねないのだ。二人は日独友好関係を象徴するように飲み明かす。
続く
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