第4話 チャーチルの慧眼

 チェンバレン内閣は空中分解を目前にした。


 具体的には、チャーチル海軍大臣がテーブルを叩いている。


「これでも大人しく見ていると言うのですか!」


「仕方あるまい。武力行使を伴わない平和的な会談で決まった。ポーランドに保障をかけることが精一杯である」


「奴らはあっという間に膨張しています! すでに大西洋に大艦隊が遊弋していますぞ! 大英帝国の海軍は世界最強と言いたいです。しかし、日本の海軍も一切侮れなかった。最近はゲルマンの建造所を借りて一気に拡張している」


 チャーチル海軍大臣は対ゲルマン強硬派の筆頭と知られた。チェンバレン首相の宥和外交政策を批判しているが、彼の宥和外交が裏目に出て大英帝国の欧州における求心力は低下しており、大ゲルマンの影響力が増大する結果に至る。大ゲルマンは反共を明確に打ち出した。彼らは正々堂々たる大義を示し旧帝国時代の領土を奪還するが如くとオーストリアとチェコ・スロヴァキアを防共協定に引き込む。


 東洋の日本と連携してソビエトを挟撃する国際協力を見せつけた。日本とは日英同盟を結んでいたが、大国同士の駆け引き両者合意の上で解消済みであり、現在は何とも言えない複雑な関係にある。日本は急速に力を付けてきた脅威と変わった。日本海軍は大英帝国海軍に匹敵する。日本と大ゲルマンが手を結ぶと「陸のゲルマン・海の日本・空の両国」という完全無欠を為した。


 ワシントンとロンドンの海軍軍縮条約が事実上の失効となった現在は建艦競争に興じる。欧州ではドイツが特異な軍艦を建造したかと思えばフランスとイギリスが対抗した。日本は今まで蓄積してきた経験と熟成させてきた技術を解放する。日本の大地に造船所を新しく設けることは難しく、やむなく、建造計画を諦めるようなことも考えられた。ここで大ゲルマンは技術交換の一環として国内の造船所を貸し出しを提案する。


「大戦艦を自前で作れないから日本に作ってもらう。我々が子供にやってあげたことに変わりません」


「言い分は理解したが、どうにもできんのだ。ヒトラーという男は平和的に進めている」


「アドルフ・ヒトラー。あいつはチョビ髭の悪魔です」


 ウィンストン・チャーチル海軍大臣が睨む先の地図に造船所が置かれた。


~キール~


「あれが日本海軍の新鋭戦艦か…」


「ドイッチュラント級装甲艦を参考にしたと言う。全然違うじゃないか」


「ロシア帝国を破った勇者だぞ。そりゃ物凄い戦艦を造るに決まっている」


 大ゲルマンのキールは造船の町と繁栄を享受する。ゲルマン海軍向けの艦艇を多数建造してきた。ヒトラーは直々に失業者救済事業として造船業を拡大させる。あいにく、前大戦の敗北に始まる冬の時代が足枷と残った。大戦艦の本格的な建造は未だに難しい。マインヒューマンが空軍と陸軍を重点的に優先的に整備する方針も否定できなかった。海軍は当初こそレーダー提督を中心にZ艦隊計画の推進を試みる。ハンブルクと並行してキールでも大戦艦を建造しようと意気込んだが、レーダー提督はデーニッツ提督に置き換えられて大幅な修正余儀なくされた。


 日本海軍の造船計画を知るや否やマインヒューラーの鶴の一声で引っ繰り返る。日本海軍の造船計画に基づく戦艦や空母は国内の造船所を貸し出すことに決まった。これの代償に大型艦建造のノウハウを提供してもらう。今は日本海軍を頼ってイギリスとフランスに対抗せざるを得なかった。


 もっとも、ドイッチュラント級装甲艦に始まり、シャルンホルスト級戦艦、ビスマルク級戦艦、アドミラル・ヒッパー級巡洋艦と建造技術は十分に保有する。イギリスとフランスがゲルマンの海軍戦力を警戒する程だが、日本海軍に比べれば劣ることも指摘でき、何はともあれ海軍力の早急な強化は必須事項に上げ直した。


「ドイッチュラント級に比べてなんと美麗なことか。これが日本海軍の技術力と感服が止まらない」


「よぉ言いますわなぁ。ドイツさんのディーゼルも見事でした」


「それこそ、日本の蒸気タービンは大出力じゃないか」


「ここは一つです。お互いの良い所取り融合と行きましょうや」


 キールでは数か月単位の時間差で4隻の大型巡洋艦が産声をあげる。ここは嘗てドイッチュラント級装甲艦を建造した。その因果か不明である。日本海軍も通商破壊や諜報活動、機雷敷設といった工作活動を担うため、航続距離を重視した完全新規の巡洋艦を建造した。MAN社の協力を得るためにキール造船所を選んでいる。主機関はMAN式ディーゼルと艦本式蒸気タービンを組み合わせた。いわゆる、ハイブリット式を採用し、低速航行時はディーゼルを用い、高速航行時は蒸気タービンを用い、大ゲルマンと大日本の技術が融合する。


「60口径という長砲身から撃ち出される。高初速の30cm徹甲弾はキングジョージ5世級もダンケルク級も装甲を食い破るはずだ。何でもかんでも大きければ良いとは限らない」


「15cm高角砲と10cm高角砲もあるってな。副砲の撃ち合いに負けないぞ」


「それでいて33ノットの快速なんだからねぇ」


「いつか大西洋で鉤十字の旗と旭日旗が翻る。その時が待ち遠しくて堪らないぞ」


 キールで生まれた大型巡洋艦は一番艦から順に『吾妻』『四万』『秩父』『水上』と名付けられた。日本海軍の命名規則から外れていることはゲルマン生まれの特例と理由を付けられるが、ヒトラーの意向が反映されたと噂が流れており、その真偽のほどは不明と濁させていただきたい。


 吾妻級大型巡洋艦は全体的に「重巡以上・戦艦以下」が施された。


 主砲はゲルマンの冶金技術が注入された新型の60口径30cm三連装砲を3基9門を備える。約12インチの14インチと8インチの中間に位置する口径に伴う破壊力は中途半端に思われたが、ゲルマンの偉大な冶金技術から雄大な長砲身を得ると、実際に撃ち出される砲弾は高初速を発揮した。中口径の割に高い貫徹力を有する上に射程距離も14インチ砲と互角を誇る。


 副砲も対空戦闘と対艦戦闘を両立する15cm砲と10cm砲を並べた。水上艦の砲撃戦は主砲が勝負を決めると思われる。実は副砲が火災を誘発させるなどの決定打を撃ち込むことが多かった。主砲ばかり注力して副砲を削ることは非合理的と断じると同時に対空戦闘も織り交ぜることが正解と綴ろう。


「彼女らの仕事は大西洋から太平洋、北方海域の全てを海を駆け回って通商破壊から輸送任務まで多岐にわたる。我々の敵であるソビエトは大した海軍を持っておらず、イギリスとフランス、アメリカと衝突することがあれば、持ち前の力を放出できるというのに」


「大きな声で言うんじゃない。気持ちは理解できるがな」


「いくらゲルマンと日本が手を携えてもイギリスとフランス、アメリカを相手しちゃ勝てないよ」


「まぁなぁ」


 吾妻級大型巡洋艦はドイッチュラント級を参考にした。ゲルマンの努力の結晶たる装甲艦は(まさに呈の良い結果論だが)失敗の烙印が押される。海軍の方針に則り通商破壊に特化することは必然だろうと小さな船体に重武装は冒険が過ぎた。日本海軍も軽巡の夕張で実証済みである。


 お互いの反省から武装と速力に相応の30,000t級の船体を用意した。30cm三連装砲と15cm、10cmの高角砲だけでなく、20mm機銃を満載している。日本海軍の優秀な水上偵察機6機を積載した。武装も相応だが電子戦のレーダーまで搭載という大盤振る舞い。吾妻級はゲルマンと日本の最新技術をテストする試験艦の性質を帯びていた。


 つまり、チャーチル海軍大臣の慧眼は狂っていないわけ。


続く

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