第3話 ミュンヘン協定

 大ゲルマンの掲げたユーラシア共栄圏の防共協定にチェコ・スロヴァキア共和国が加盟した。いわゆるミュンヘン協定が結ばれている。平和的な進駐を以てソビエト連邦に牽制球を追加した。


「日本の外交官は存外と優秀である。イタリアを上手く説得してくれた。我々は大西洋だけでない。地中海を自由に通航できる権利を欲した。日本海軍は紅海を通じて合流できる。ゲルマン海軍はイタリアから出撃できる」


「日本は不安定な状況と聞きましたが、王族(皇族)内閣に移ることで、ようやく安定を得ました」


「工作が成功して何よりだ。あの国は特異である。私も把握できん」


 我らのミュンヘンで開催された会談は当事者である大ゲルマンとチェコ・スロヴァキアを基幹に据えた。これに仲介役としてイタリアが入る。さらに、名ばかりのオブザーバーとして大日本帝国も参加した。イギリスのチェンバレンやフランスのダラディエは介入を試みるが、欧州のメンバーで完結すれば利害対立で上手く行かないことが予想され、会談の潤滑剤にイギリス、フランスは不適切である。フランスはまだしもイギリスなんぞ信用できなかった。東洋の列強国たる大日本をオブザーバーと招致する。舵取りこそ任せないが要所と要所で意見を求めるなど欧州情勢を客観視できる人材を用意した。


 日本は二度のクーデター事件から不安定な状況が続くも直近になって皇族内閣が成立する。嘗ての憲政の常道から外れているが、国内の安定のためにはやむを得ず、大ゲルマンの工作があった。自由主義者で穏健派の東久邇宮稔彦親王が総理大臣に座ると、ミュンヘン会談には代理人として重光葵外務大臣を派遣し、あくまでも、オブザーバーである。重光葵は欧米に精通して鋭い意見を挟んでリッベントロップを唸らせた。


「イタリアはいかがいたしましょうか。ムッソリーニは盛んに防共協定への参加を要求しています」


「一応は認めてやろう。イタリアは地形的に使える」


「どこかで革命を起こさせましょうか? イタリアの民は意外と扇動に乗り易く…」


「ローマ進駐は考えておこう。しかし、北欧が先である」


「次は北欧ですが…ソビエトが野心を見せています」


「フィンランドを狙っている。フィンランドを攻めた時が好機とする。我らは北欧に関して個別的な自衛権を拡大解釈する」


 イタリアに関しては地中海へ出るための経由地と設定する。ムッソリーニのファシスト政権と同一視されがちだが、別にムッソリーニと仲良くする予定は存在せず、ビジネス的な関係に努めた。イタリアは防共協定への参加を盛んに求めている。ムッソリーニは社会党の出身と知った。いかに除名された身分と雖も信用できない。それにイタリアはいつでも転覆させられることで有名でローマ進駐は計画済みだ。


 大ゲルマンが次に防共協定の盾を構える先は北欧諸国に定まる。フィンランドとノルウェー、デンマーク、スウェーデンの四ヶ国は大ゲルマンとソビエトに挟まれた。今のところは中立で静観を貫いているが、ソビエトは領土的野心を滾らせてフィンランドを窺い、スカンディナヴィアの大半島が赤く染まる日は近い。大ゲルマンの防共の盾を提供したいが、イギリスとフランスは大ゲルマンの膨張政策と認識しており、逆に進駐して基地を設けようと画策した。


 イギリスとフランスは英雄視されがちだが実際は真逆かもしれない。中小国を保護すると言う名目で前線基地を設けた。現地政府の意向を無視し、武力をチラつかせ、略奪を厭わず、一方的に占領することもある。何が欧州の秩序だと言いたくなろうが勝者が正義と変わる。


「ノルウェーの港を借りることができればUボート艦隊を展開できます。日本海軍の潜水艦も出張の寝泊まりに使えます。これはレーダー提督も賛成しました」


「海軍は理解してくれる。陸軍と空軍が無理解でね」


「私が説得に行きましょう。軍人という生き物は政治を理解できません」


「まだよい。私が全権を握っている」


 このような中で開かれたミュンヘン会談の結果は「チェコ・スロヴァキアのズデーテン地方は大ゲルマンへの帰属を認めない。その代わりに同国は防共協定へ参加する」に纏まった。大ゲルマンとオーストラリア、チェコスロヴァキアの三カ国で大要塞線を設ける。ポーランドに関しては難航を余儀なくされ、一旦は三カ国で要塞を築くことに決まり、これに大日本を含めることでソビエトを東西から締め上げた。世界に赤い津波が溢れることを防止とせき止めた。


「北欧を同胞に引き込めればチェコの工業と合わせて一気に失った力を回復できます。ソビエトに対抗する大義があれば賠償金問題も雲散霧消と」


「人間の悪意とは醜いものだ。一歩間違えば欧州に大厄災を招かん」


「マインヒューラーのおかげで回避されたことは後に明かされるのでしょうか。もし歴史の暗闇に追いやられるならば…」


「そういえば、日本との交換船団は到着したのでしょうか? 貴重な兵器と技術を積み込んでいます」


「日本からの輸送船は到着済みである。無事につかねば面子に関わるぞ」


「わかっています。ドイッチュラント級を護衛に付けて送り出しました。グラーフ・ツェッペリンとペーター・シュトラッサーを連れて帰ります」


「海軍は日本に任せ、陸軍は我らが担い、空軍は手を取り合った。これぞあるべき国際協力の姿ではないかね」


「まさしくであります」


 日本とは先の大戦で戦った仲であるが、イギリスとフランス、アメリカに比べて遥かに親しくできる。特に捕虜の扱いは丁重を極めて日本文化とゲルマン文化の交流の起点となった。ゲルマン民族と大和民族は失われた神の子どもの兄弟という認識が急速に浸透している。


 ゲッペルス宣伝大臣の扇動の技術は見事だった。


 現にヒトラーユーゲントを派遣したり、ドイッチュラント級装甲艦を友好の証と送ったり、海軍艦艇の建造を依頼したりと蜜月の関係を構築している。日本からは小銃と機関銃、戦車など陸軍に関連することの供与をバーター取引とした。空軍(日本では陸軍と海軍の航空隊)に関してはお互いに技術を融通し合う。メッサーシュミットの輸出に始まり、試作補助戦闘機の共同開発、空冷エンジンの輸入など多岐にわたり、他にも様々あるが多すぎて機会があれば個別に紹介した。


「しかし、ハンガリーが火事場泥棒とユーゴスラヴィアとポーランドを狙って…」


「懲罰的に攻めれば良いだけだ。ホルティを飛ばす準備はできている」


「防共のためには手段を選ばない。マインヒューラーの強いところで尊敬を抱きました」


「何度も言わせるな。機嫌取りの世辞は不要であると」


 ハンガリーとユーゴスラヴィア、ルーマニアを引き込めれば防共協定の要塞線は一層の堅牢を増すだろう。これら三カ国は中立を堅持してゲルマンにもソビエトにも靡かなかった。それ故に水面下でゲルマンとソビエトは政治工作で衝突を繰り返す。各国の政府関係者や軍関係者に接触しては懐柔を試み、ゲルマンはソビエトの地中海進出を阻止したいが、そのソビエトは地中海に進出して社会主義の浸透させたく、静かな戦いが今も行われていた。


「私だが今は会議中であるぞ…」


(なんでこんな時に電話するんだ。馬鹿者め)


(どうせゲーリングだ。奴がくだらない要望を上げて来た。そうに違いない)


「そうか。わかった。先の叱責は無しだ。よく報告してくれた。礼を言おう」


 机上の電話がけたたましく鳴り響くと重厚な受話器を耳に当てる。この時間が会議中であることは事前に周知していた。総統執務室に直接と電話して来ることは相当の重要性でなければならない。公私混同の連絡は重罪と一刀両断した。


「やはりイギリスとフランスは信用ならん」


「奴らが何か?」


「ポーランドに保障を行った。ポーランドが脅かされることがあれば自動的に交戦状態に陥る」


続く

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