新しい風

稔はあれから数日間、少しずつ日常に戻りつつあった。過去に縛られないように意識し、周りの人々との繋がりを大切にしようと心がけていた。思えば、自分が過去に囚われていたのは、他人との距離を置くことで自分を守ろうとしていたからだろう。しかし、少しずつそれを変えていかなければ、また同じような痛みを繰り返すだけだということに気づいた。


この街に来てから、まだ完全に自分の居場所を見つけたわけではなかったが、少しずつその可能性が広がっている気がしていた。昨日のように、街で出会った人々との会話が、無意識のうちに自分に影響を与えているのだと感じる。


その日、稔は新たな場所に足を運んでいた。街の中心を少し外れたところに、小さなカフェがあると聞いて、ずっと気になっていたのだ。カフェに足を踏み入れると、温かな香りが迎えてくれた。客はまばらで、静かな雰囲気の中で、数人の人々が静かに会話を楽しんでいた。


「いらっしゃいませ」


カフェのスタッフが、明るい声で迎えてくれた。稔はそのまま空いているテーブルに座り、メニューを眺める。選ぶのはいつも通り、ブラックコーヒーだった。しばらくして、注文したコーヒーが運ばれてきた。


温かいコーヒーの香りを深く吸い込みながら、稔はふと外を見た。窓から見える景色は、ゆったりとした街並みと、どこか懐かしさを感じさせる古びた建物たちだった。何もかもが穏やかで、ただ流れていく時間を感じることができる。


そんな時、隣の席から声がかけられた。


「おひとりですか?」


振り向くと、そこには先日公園で会った男性が立っていた。彼は微笑みながら、少し驚いた様子で言った。


「おや、君もここに?」


稔は思わず驚いたが、それでもすぐに笑顔を返した。「そうですね。ちょっと気になっていたカフェなんです」


男性は席を空けて隣に座ると、ゆっくりとコーヒーを手に取った。「偶然だね。でも、こうしてまた会えたことが、少し嬉しいな」


稔はその言葉に少し戸惑ったが、心の中でその意味を噛みしめた。誰かとまた会うこと。それは、思いがけず心に温かさをもたらす瞬間だった。


「そうですね、私も驚きました」稔は少し微笑みながら言った。「でも、なんだか少し安心します」


「それは良かった」と男性は微笑みながら言った。「偶然の出会いも、時には意味があるものだと思うよ」


二人はしばらく無言でコーヒーを飲んでいたが、やがて男性が話し始めた。


「君、少しずつだけど変わってきてるように見えるよ」


その言葉に、稔は驚きと共に少し照れくさくなった。「そうですか?」


男性は頷きながら続けた。「うん、前に比べて落ち着いた感じがする。でも、君がそのままでいいんだ。無理に変わる必要はないよ」


その言葉に、稔は思わず深く頷いた。無理に変わろうとすることが、かえって自分を苦しめることがある。それに、今の自分のままでいいということを、誰かに言われることで確信できた。


「ありがとう、少し安心しました」


男性は静かに微笑んで、再びコーヒーを口にした。二人はしばらくそのまま、ただ穏やかな時間を共有していた。外では、風が少し強くなり、木の葉が揺れる音が聞こえていた。それでも、カフェの中は温かく、静かな時間が流れていた。


しばらくして、男性は立ち上がると、「では、また」と言って微笑んだ。稔はその後ろ姿を見送ると、心の中で再び決意を固めた。これからも少しずつ、自分のペースで歩み続けよう。そして、必要な時には誰かに助けを求めてみることも大切だと感じた。


カフェの窓から見える街の風景が、少しずつ心に沁み込んでいった。


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