再び踏み出す一歩
その日の午後、稔は公園のベンチに座りながら、ふと考え込んでいた。街の景色が目の前に広がり、足元に広がる緑が心を落ち着けてくれる。最近、少しずつ日常が戻りつつあり、心の中でも変化を感じていたが、それと同時にまだ見ぬ未来についても不安が湧いてくることがあった。
「これで本当にいいのか?」
過去を振り返らず、前を向いて歩き出す。それは確かに自分にとって必要なことだと感じる一方で、何かしらの後悔や不安が消えたわけではなかった。目の前に広がる道は、どこへ続いているのか分からない。その道を歩むことで、何かを失うのではないかという恐れが、時折心の中に顔を出していた。
その時、稔の目の前に一人の人物が現れた。彼女は、稔が何度か見かけたことのある女性だった。長い黒髪に、穏やかな微笑みを浮かべている彼女は、まるで偶然の出会いのように、稔の前に立っていた。
「こんにちは、またお会いしましたね」
その声に、稔は驚いたように顔を上げた。「あ、あなた…!」
彼女は柔らかく笑いながら座った。稔の反応を気にすることなく、ゆっくりと話し始めた。「実は、少し前に話したことを思い出して、また来てみたんです」
稔は何か不思議な気持ちでその言葉を受け止めた。彼女が自分のことを覚えているという事実が、なんだか温かく感じられた。それに、あれから数日が経った今、再びこうして顔を合わせることができたことに、不思議な運命を感じた。
「私も最近、何かを始めようと思っているんです」と彼女が続けた。「新しいことを始めるのは、少し怖いけれど、それが一歩を踏み出すためには必要なことだと感じていて」
その言葉に、稔は少し驚いた。まるで自分と同じようなことを考えているかのようだった。過去に囚われず、少しずつ前に進む。それが彼女の考えであり、今の自分が抱えている思いとも重なった。
「新しいこと…」稔はぽつりと言った。「私も、少しずつですが、そうしたいと思っています」
彼女は頷きながら、目を優しく細めた。「それが良いんです。小さな一歩でも、前に進むことが大切ですから。焦ることはないんですよ」
その言葉が、まるで心の中の迷いを解き放つような気がした。小さな一歩。それがどれほど大きな意味を持つのか。焦る必要はない。無理に大きな変化を求めるのではなく、少しずつ、確実に前に進むことが重要だということを、改めて感じさせられた。
「それに、変わることは決して悪いことじゃないんですよ」彼女が静かに続けた。「変わることで、今まで見えなかったものが見えてくる。そんな風に、少しずつ自分を見つけていくことができると思うんです」
その言葉に、稔は深く頷いた。変わることに対する恐れがあったのは、過去に縛られていたからかもしれない。しかし、今ならその恐れを乗り越えることができると感じた。
「ありがとうございます。少し、前に進む勇気が湧いてきました」
彼女は微笑みながら立ち上がり、軽く礼をした。「それでこそ、ですね。どんな道を歩むにしても、あなたのペースで進んでいってくださいね」
そう言って、彼女は穏やかな足取りで去っていった。稔はその後ろ姿を見送りながら、心の中で何かが動き出すのを感じた。彼女の言葉が、今の自分にとって必要だった。変わることを恐れず、少しずつ歩みを進める。その一歩が、未来を切り開く力になるのだと信じて。
公園の中、稔は再びベンチに腰掛けて、深呼吸をした。気持ちが軽くなったような気がして、心の中に暖かい光が差し込んできた。まだ歩み始めたばかりだが、少しずつ前に進んでいこう。今日もまた、新たな一歩が踏み出された。
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