もっとかまってよ

@786110

もっとかまってよ

「せん、ぱぁい……っ」

 耳元でR18のASMRみたいな声がして、全身に悪寒が走った。咄嗟の反応で、飛び起きる。

「ったぁ……。急に起き上がらないでくださいよ、せんぱい。せんぱいのせいでお尻打っちゃったじゃないですか」

 声の主のほうに目を遣ると、たしかに尻餅をついていた。猫を想わせる、一学年下の女の子。非難の眼差しを俺に向けてくる。

 中庭の片隅に置かれているベンチで上体を起こしたままだった俺は、きちんと座り直しながら言う。

「変な声で囁くからだろ。自業自得だ」

「もっとクールな反応すると思ったんですもん。わたしは悪くありません」

 と、他責発言をしつつ、黒髪ショートボブの後輩女子は俺の左隣に座る。

「ったく、人が心地よく昼寝してたところを邪魔してきやがって」

 午後の授業はとかく眠くなるから、昼休みのうちに仮眠を取っておきたかったのに。うとうとし始めたところに、どうしてこう、いつもこいつは俺の前に現れるのか。

「せっかくせんぱいに会いに来たのに、その言い草はひどくないですかー?」

「ひどいもなにもあるか。お前のせいで五限目の授業は毎回睡魔と格闘するはめになるんだ。訴えたいのはこっちのほうだっての」

 こうして会話するだけで、貴重な昼休みの時間が溶けていく。

 切実に抗議しているのに、こいつは一向に聞く耳を持とうとしない。懐いてくれるのは結構だが、あまり距離を詰めてこないでもらいたい。変な噂を流されては困る。

 しかし、安楽木やすらぎ(隣にいる後輩の苗字)のほうは、そういったことを気にする素振りも見せない。羞恥心はないのか。

「でも、なんだかんだ言いながら、わたしと話してくれますよね、せんぱい」

「ストーカーみたく粘着質だから、抵抗するのを諦めたんだよ」

 はあ、と溜め息をこぼすと、安楽木はぷくーっと頬を膨らませた。

「仕方ないじゃないですか。文化祭で一人だけ目立ってたせんぱいがかっこよかったんですもん。わたしがこの高校に入ったのも、せんぱいにまた会いたかったからなんですよ?」

「……それは初耳だ。というか、俺、本読みながらふらついてただけだろ。美化しすぎじゃないか」

 まっすぐな言葉に気恥ずかしさを覚え、ぶっきらぼうにそう言った。

「それがかっこよかったんですよ。なんていうか、見下してるとかじゃなくて、素で文化祭に興味なさそうにしているのがよかったんです」

「……独特な価値観だな」

 不思議と、悪い気はしない。孤立することを好んでいても、褒められると嬉しいのだから、人間心理は複雑だ。

「わたしにも関心がないんでしょうけど、わたしはせんぱいに興味があります。だから、もっとかまってください」

 少しだけ寂しそうな声音で、上目遣いに俺を見てくる安楽木。その瞳が、「だめ……?」と暗に訴えている。

 そんな顔をされると、心が揺らいでしまう。我ながらちょろい。

 けど、まあ。

 そういう日常も、意外と悪くないのかもしれない。

 自分以外の誰かと向き合うことも、時には大切だろうから。

「ああ、わかったよ。来年は受験勉強があるからな。今年だけは、お前のわがままに付き合ってやる」

 俺の言葉に、安楽木は表情をほころばせ、抱き着いてくるのだった。

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