第4話 もっと知りたい

 彼は承諾の代わりに可愛い、と言ってすぐに慣れた手つきでバスルームと部屋を最低限の間接照明だけにしてくれた。

 するりと服を脱がされ、露わになった新品の下着を「みかんさんに似合ってて可愛い」と褒めてくれた。普段は選ばないレースがふんだんに遇われたそれは着心地が微妙だと思っていたのにジュンくんの一言で買って良かったと思う。


 甘い雰囲気のなか、体を洗い合った。元夫とさえ一緒にお風呂に入るのは旅行したときだけだったけれど、彼が当然のように触れてくれるので私も真似をした。ベリー系の入浴剤で濃いピンクに染まったバスタブに浸かる。ぬるめのお湯が気持ちいい。後ろから抱きしめられて、髪にキスをされたのが分かった。


「みかんさんって、こういうお店初めてなんだよね?」


 そういえば予約時に女性風俗の利用経験なしにチェックを入れた気がする。


「うん……やっぱりはじめてでお泊まりのコースって珍しいの?」

「うーん……確かに初めての人は百二十分コースが多いかな。でも俺はみかんちゃんとたくさん一緒に居られるからすごく嬉しいけど」


 ははっと短く笑って両手で脚を抱えた。


「誕生日なんだよね、明日……三十三になるの。だからなんとなく、一人でいたくなくて。自分から友達呼んで飲みに行くのもなんか違うし」


 自分で言っていて随分わがままだなと思う。ジュンくんは大げさなくらい、ええっと声を上げて驚いて、駄々をこねるように私を抱える腕にぎゅっと力を込めた。


「そんな大切な日だったならもっと早く知りたかったー……ちょっとしたプレゼントとか用意できたのに」

「いいのいいの。気を遣われたくないし……お祝いされて嬉しい年でもないし」

「そんなふうに言わないでよーいくつになっても大切な人が生まれた日はお祝いしたいって思うけどなあ」


 そうだろうか。元夫はセックスレスになった頃から誕生日を自主的に祝ってくれなくなった。何年も一緒にいた元夫よりも数時間前に会ったばかりのセラピストの方が大切な人になるかもしれないということだろうか。だったら、あの数年はいったいなんだったのか。


「あのさ、そんな大切な日になんで俺を選んでくれたのか聞いてもいい? 俺すごく人気があるわけじゃないし、大学生くらいの年齢でモデルみたいな子だってたくさんいるのに……なんでかなって」


 確かに顔出しをしていて、いかにも元気で若さに溢れた子は他にもたくさんいた。でも、そんな子にお金を払ったからと言ってこの体を見せてセックスまがいなことをさせるのは想像するのが躊躇われた。きっと、集中できずに気疲れすると思ったから。でも、なによりジュンくんが憧れていた高校の同級生に似ていたからだとは本人を目の前に言えるわけがない。


「写真の雰囲気……かな? 一緒に映ってたトイプードルが可愛かったし、あと同い年だったから」

「そっかあ、嬉しい。みかんちゃんのはじめてで、しかも誕生日に同い年の俺を選んでくれるってなんか運命感じる……他にも共通点あるかも。出身地聞いていい?」


 ちゃぷん、とお湯を掬って肩にかけてくれる。私の舌は乾き始めていた。


「千葉だよ」


 嘘をついた。


「そうなんだ! 俺地元埼玉なんだ。さっきみかんちゃんが言ってたトイプードルも実家の子なんだよね。今も千葉に住んでるの?」


 近いし会ってたかも、と言って嬉しそうに抱きついてくるジュンくんの腕に手を添えて、自分の手が冷えていることに気付いた。

 知っている。毎日顔を見ていた。同級生だったのだから。


「うん。今は一人暮らしで浦安に住んでる」


 嘘じゃない。今はそうだ。離婚して東京から千葉に引っ越した。あのワンルームで私はオナニーばかりしている。


「そろそろ上がろうか。もっとみかんさんに触りたい」


 耳元で甘く囁かれ、私はベッドへ誘われた。


「最初は指圧からしていくね。少しでも痛かったら教えて」


 うつ伏せになり、バスローブを脱がされると背中にひやっとした感覚があった。思わず声をだしてしまったら、オイル冷たかった? ごめんね? と心配されてしまい大丈夫と答えた。

 ぬるぬると大きな手で腰から肩までを撫でられて、時折ぐっと押される。事前のカウンセリングで数種類から選んだオイルはラズベリーの香りで好みだし、エステと指圧の間のようなマッサージは気持ちよくて自然と体から力が抜けていく。


「凝ってるね。みかんさんが毎日頑張ってる証しだ」


 ふくらはぎから太ももに触れる手は足の付け根に到達すると時折きわどいところへ侵入する。指が当たってしまったのか、当てているのか分からないぎりぎりのラインは妙に意識を集中させた。焦らされているようで、もっと触れてほしいという欲を掻き立てる。


「みかんさん、仰向けになってくれる?」


 声が色気を孕む。はじめてでも、これからなにが始まるのかは本能で分かった。部屋が暗いこともあって、私はゆっくりベッドの上で仰向けになる。

 ここにはバスルームのように目隠しになってくれる泡も色つきのお湯もない。やっぱり恥ずかしくて無意識のうちに胸を腕で隠すと、ジュくんはまた可愛いと微笑んで私の唇に触れるだけのキスをした。こんなキスはいつぶりだろう。


「……続き、してもいい?」


 頷くと、同時にまたキスが降ってきた。小鳥が啄むようなキスから、どんどん深まって濃厚になっていく。海の浅瀬にいたのに、いつのまにか腰まで浸かっていて波にのまれていくような感覚が全身を駆け巡った。

 唇が離れると、絡まっていた舌が熱くじんわり痺れている。ジュンくんの綺麗な顔が視界から消えて、胸にオイルが垂らされる。体が熱くなっているから冷たさが心地いいなんて思っていると、大きな手のひらが胸を丁寧に揉み上げる。胸に触られるだけでは気持ちよくないと思っていたのに、這い上がってくるようなむずかゆさに自然と息が荒くなって、先端を摘ままれると大きな声がでてしまった。


「かわいい声。もっと聞かせて」


 耳にキスをされて、頬、首筋、胸、お腹、脚と全身にジュンくんの唇が触れる。くすぐったいのに、なぜか大切にされているような気持ちになってくるから不思議だ。されるがまま、膝のキスで鍵を開けるように脚の力を抜くと内ももにキスされる。たまにじゃれつくみたいに唇で食まれて、それもまた小さな刺激になって体が反応してしまう。


 ――あっ。


 ジュンくんの綺麗な顔が、脚の間に埋まった。

 もう何年も振動するオモチャしか触れていなかった場所に綺麗な顔が、舌が触れている。混乱と快楽が同時にやってきて、その波に深く飲まれていく感覚がした。包まれ、吸われ、転がされ、また吸われて、緩急をつけた刺激に絶え間なく襲われる。彼の顔をみる余裕はないけれど、私の反応を丁寧に汲み取って確実に、的確に絶頂へ押し上げられているのが分かった。

 もう羞恥心はどこにもなくて、ただ本能のまま喘いだ。待ち望んでいた長い指が中に入れられて、同時に弄られると私はあっけなく一度目の絶頂を迎えた。


 終わった、そう思ったのはつかの間ですぐに刺激は再開されて緩い刺激で二度目、また突起を舐られる強い刺激に戻って三度目を簡単に迎えてしまった。さすがに息があがって、これ以上はできないと伝えると「無理させてごめんね」と抱きしめられ「でもすっごく可愛くて我慢できなかった」と脚の間に固くなった性器を擦り付けられた。

 興奮してくれている。それがたまらなく嬉しかった。フェラもしていないどころか、指一本触ってもいない。けれど、ジュンくんは私の体に触れて、私がその指と舌で気持ちよくなっているのを見て、反応してくれたのだ。


「嬉しい……」


 思わず声にでてしまった。

 離婚する前、妊活のためセックスレスを脱却しようと張り切って新品の下着を揃えたことに苦笑いされ、煮過ぎたちくわみたいな夫の性器を口に含んでなんとかゴボウ巻き程度の硬さにして乾いた穴にねじ込もうとしたが失敗したのを思い出すと、余計に胸からなにかが込み上げてきた。

 私は許可をもらって彼の下着を少しずらして、その先端にキスをした。


 あの、学校で誰もが振り向くほど整った顔立ちの長塚淳くんがあの地味だった私に興奮してくれた。

 これが欲しい。そう思ったけれど、挿入は禁止なのだと知っているから素直に彼の腕の中に戻る。


「淳くんのこと……もっと知りたい」


 腕枕をされながら、私は彼にすりよった。こんな甘え方ができたなんて自分でも知らなかった。

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