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「最近、中島くんって、一年生の女子と仲良くしてるらしいね」


 女子更衣室になっている教室。次の体育の準備のためジャージに着替えていると、りっちゃんからそんなことを言われた。クラス替えで何人もの友達と離れたけれど、りっちゃんとは引き続き同じクラスになった。


「あー遥香ちゃんでしょ。アッキーの妹だよ」


「千夏はそれでいいの?」


「いいってなにが~?」


「だって、中島くんは千夏のものでしょ?」


「…………」


 私の小さい頃からの夢はお嫁さん。小学校の卒業アルバムでもそう書いたし、今年の卒アルに将来の夢の欄があったら同じように書くと思う。


 冬樹が遥香ちゃんと仲良くしていても、幼なじみという私たちの関係が崩れることはない。だけど、この先、遥香ちゃんが冬樹の彼女になったらどうだろう。


 ふたりは変わらずに私と接してくれると思うけれど、私は彼氏彼女になったふたりと、友達でいられる自信はない。


 ――ピピーッ! 体育館に響くホイッスルの音。体育の先生の合図で、準備運動が始まった。今日の授業は、男女別に分かれて行うバスケの練習試合だ。


「うちのチームには千夏がいるから安心だね!」


「うんうん! 運動神経がいい千夏にパスを回せば、絶対に勝てるし楽勝じゃん!」


 カゴに入っている蛍光色のビブスを取りながら、同じチームの女子たちが談笑していた。進級してから新しい友達もたくさんできた。りっちゃんが『千夏は頼りになるお姉さんみたいなんだよ!』なんて、みんなに紹介しているおかげで、こうして慕ってもらっている。


「うちらバスケ苦手だから、全部千夏に任せちゃっていいよね?」


 私だったらなんとかしてくれるっていう羨望の眼差し。そんなに期待を寄せられたら、応えるしかない。


「うん。もちろん任せて!」


 ベタに胸を叩くと、みんなが「さっすが~!」と声を揃えて湧いた。


 これでいい。みんなの瞳に映っている自分が「私」なんだから、余計なことは考えなくてもいいんだ。


 私たちのチームは赤、相手チームは青。青色のビブスを着けた敵チームが円陣を組んでいる中、うちのチームはバラバラにコートに入った。


 試合開始のホイッスルが鳴ると、相手チームは連携を取りながら動き出した。


「わーボール回ってきちゃった! 千夏パスっ!」

「きゃー、千夏、助けてー!」


 私頼りのチームメイトは、すぐにボールをパスしてくる。もちろん青チームのみんなにすぐマークされた。素早いドリブルでなんとか相手のディフェンスをかわしていったが、またすぐに囲まれる。仲間にパスを出しても、すぐ戻ってくるの繰り返し。


 そうこうしているうちに、敵チームのひとりから体当たりをされて、左足を捻った。


 ピピッ! 相手チームが反則を取られている中、捻ってしまった足に鈍い傷みが走る。


「千夏、大丈夫ー?」


「へ、平気、平気!」


「よかった! 千夏に抜けられたらうちらが困るもん。最後まで一緒に頑張ろうね!」


 仲間たちは私の肩を叩いて、名ばかりのポジションに戻っていく。……一緒に頑張ろうって、動いているのは私だけのような気がするんだけどな。


 足首がズキズキと痛い。なのにパスが次々と回ってくる。痛む足を我慢してシュートを打った。こういう時、盛大に外せば調子が悪いんだなって思ってもらえるかもしれないのに、私は見事にスリーポイントシュートを決めてしまった。


「すごいよ、千夏……!」


 みんなが嬉しそうに寄ってくる。足が痛い、痛い、痛い。今日の部活はどうしよう。大会が近いのに、どうしよう。不安な気持ちを押さえながらも、私はちゃんと笑顔を作ることができていた。


 無事に授業が終わっても、足の傷みは治らなかった。体育館から教室に戻る途中で、「おい、行くぞ」と冬樹に腕を掴まれた。


「え、い、行くってどこに?」


「保健室。足が痛いんだろ?」


「……なんで、わかるの?」


「何年の付き合いだと思ってんだよ、バカ」


 その言葉に、胸がぎゅっとなった。誰よりも鈍感なくせに、こういうところだけはすぐに気づいてくれる。私の気持ちには、ちっとも気づかないくせに。


 冬樹と一緒に保健室に行くと、そこにはなぜかアッキーがいた。どうやら、家庭科の授業中に指を切ってしまったらしい。大会の応援に一緒に来てくれると言っていたくせに、冬樹とアッキーは顔を合わせると必ず気まずそうな空気になる。


 冬樹とアッキーの間に、なにがあったのか。周りの顔色を見るのが得意なせいで、変に空気を読んでしまって聞けずにいる。


「俺、職員室に行って養護の先生呼んでくるから」


 冬樹が保健室から出ていくと、私はアッキーとふたりきりになった。彼と一対一で話すのは、私が勝手に塾の前で待ち伏せをしていた以来だ。


 あの時から私は、冬樹と遥香ちゃんが仲良くならないように裏で対策をしていた。でも、そんなのは無意味だった。あの夏祭りにふたりで行こうと、四人で行こうと、冬樹の気持ちは遥香ちゃんへと向いている。


「アッキーでも指を切るなんていうベタな怪我をすることあるんだね」


「俺のことなんだと思ってる?」


「遥香ちゃんのことが好きすぎるお兄ちゃん?」

 

 すると、保健室が静寂に包まれた。アッキーにとって一番触れてほしくない話題ということはわかっている。わかっていて、私はわざと地雷を踏んだ。


「……冬樹から、なんか聞いた?」


「冬樹が私に言うわけないじゃん」


 冬樹は遥香ちゃんのことも、アッキーのことも私には一切言わない。それはきっと彼が私のことを本当に兄妹みたいに思っているからだ。


「冬樹からはなんにも聞いてないけど、ふたりが前みたいに話さない理由が遥香ちゃんだっていうのはわかってたよ」


「…………」


「長く片思いをやってると、長く片思いをしている人のことも、なんとなくわかるんだよね、私」


 女子からモテるのに、誰にも見向きもせずに、浮いた話ひとつ出てこない。それは、すでに心に決めた人がいるからだ。


「兄妹なのにおかしいって思わないのか?」


「いや、私も冬樹と兄妹みたいなもんだし」


「じゃあ、捕まえとけよ、冬樹のこと」


「そっちこそ、お願いしますよ」


「簡単にはいかない事情があるもんで」


「右に同じく」


 近い相手だからこそ、慎重になってしまう。なにを考えているかわからないと言われることが多いアッキーだけど、私には彼の気持ちが痛いほどに理解できる。


「片思いって始めるのは簡単なのに、なんで簡単に終わりにできないんだろう。本当にうちらって、厄介な相手に恋しちゃったよね」


「終わりになんてしない。俺は、遥香しかいらないから」


「おおっ、女子が一番言われたいセリフ。でもさ、どんなに遥香ちゃんのことが好きでも、冬樹と友達はやめないでよね。同じ人を好きになったとしても、今まで仲良かったことがなくなるわけじゃないんだし」


「そっちは、遥香とずっと仲良くいられるわけ?」


「ふたりが付き合わなかったらいれるよ。だから、付き合わせないように、なにがなんでも阻止しなくちゃ」


「俺も冬樹とは、なるべく友達でいたい。もっと悪いやつだったらよかったのに、あいつはいいやつだから」


「アッキーも十分いいやつだと思うよ」


「今日冬樹にラインしてみる。直接話せって感じだけど、ラインだったら友達として普通に話せると思うから」


「うん」


 指の手当てを自分でしたアッキーは、そのまま保健室を出ていき、入れ替わるようにして冬樹が戻ってきた。

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