15
自分の手を見ると、小刻みに震えていた。俺はなにを言いかけたんだろう。なにを言うつもりだったんだろう。できれば永遠に隠しておこうと思った気持ちは、押し込められないほどに膨れ上がっていた。
その後も、俺たちは変わらずに勉強会を続けた。そして、午後三時過ぎ。勉強を早めに切り上げたのはいいが、なぜか俺は冬樹と一緒に外を歩いていた。
「なんでお前と並んで歩かなきゃいけないんだよ」
「そりゃ、千夏と遥香が限定フラぺなんとかを飲みに行って、秋人は親から豆腐を買ってこいって頼まれたからだろ?」
スーパーが同じ方向とはいえ、今は冬樹とふたりでいるのは気まずい。おそらく冬樹は、俺たちの会話を聞いていた。あれだけわかりやすく言えば、いくら鈍い冬樹でもなにかに気づいただろう。
「俺と遥香は血が繋がってないんだよ」
冬樹からは聞きづらいと思って、自分から説明した。
物心ついた時から母親という存在がいなかった俺は、父さんとふたりで暮らしていた。幼い頃から託児所に預けられて、迎えにくるのは外が暗くなってからだった。
父子家庭での子育てが大変なことはなんとなく理解していて、俺は早い段階から自分のことはなるべく自分でしようと心がけていた。
そして小学校に入学してすぐに、父が綺麗な女性をうちに連れてきた。その女性もひとりで子供を育てていて、それが当時五歳の遥香だった。
遥香は引っ込み思案で母親の
苦労してきた父さんが幸せならそれでいい。綺麗なお母さんができて嬉しい。当時の俺はそう思っていたけれど、遥香だけはなかなか打ち解けてくれなかった。
『おとうさんもおにいちゃんもいらない! おかあさんだけいればいいの……!!』
そうやって泣きわめくことも少なくなかった。正直、鬱陶しかった。こっちだって妹なんて欲しくなかったって思っていた。
そんな背中合わせの日々が続いて、遥香も小学校に入学。俺はますますお兄ちゃんという役名を重いランドセル以上に背負わされていた。
毎日毎日泣いてばかりで、ひとりじゃなんにもできない。ひとりでなんでもやってた自分と真逆すぎて、イライラした。
だけど、ある日、遥香がいなくなった。俺が一緒に帰るということを無視して置いていったのが原因だった。
学校の先生や家族で遥香のことを探した。日が暮れ始めて警察に連絡しようとしていたところ、遥香が見つかった。遥香はどこかに行っていたわけではなく、俺のことを学校で待ち続けていたのだ。
『お兄ちゃん……っ!』
真美さんでも父さんでもなく、遥香は俺に抱きついてきた。その瞬間、俺が遥香のことを守ってあげなければいけないと強く思った。
それから遥香はなにをするにも俺の後をくっついてきた。一緒に遊んで、同じベッドで眠って、起きたら一番におはようと言う。
遥香に必要とされていることが嬉しかった。可愛かった。愛しかった。妹ではなく、遥香のことをひとりの女の子として意識するには、十分すぎるほどの時間だった。
「俺は父さんに頼ったりすることがない幼少期だったから、遥香から頼ってもらえて初めて自分の存在理由ができたような気がしたんだよ」
俺は、遥香への気持ちを包み隠さず冬樹に話した。
「それは家族愛とは違うのかよ……?」
「最初はそうだったんだろうけど、今は絶対に違う」
遥香への気持ちを自覚したのは、十一歳の時。それまでは勘違いや思い過ごし、あるいは気の迷いだと思おうとしていた。だけど思春期を迎えても、俺は遥香以外の女の子に興味が持てなかった。ああ、やっぱりそういうことなんだって自覚して、十四歳になった今でも気持ちはなにひとつ変わってない。
「義理の妹のことが好きなんて引くだろ?」
「引きはしないけど……でも、」
冬樹が戸惑うように、言葉を止めた。なにを言おうとしているのかは、大体想像がつく。
「俺たちは家族だけど、父さんは遥香を養子縁組してないから、法律上俺たちは兄妹にはなってない。つまり、連れ子同士でも一緒になろうと思えばなれるよ」
「い、一緒って……」
「な、引くだろ。でも遥香を好きになった時点で俺は色んなことを覚悟してる。覚悟がなかったら……好きになっちゃいけない相手だってことはわかってんだよ」
語尾を強くしながら、握りこぶしを作った。
ただの浮わついた気持ちだけなら、どれだけよかっただろうか。どこを切り取っても幸せすぎる家族のはずなのに、俺はいつも泣きたくなる。
おかしい。気持ち悪い。おかしい。気持ち悪い。そんな葛藤と戦うことにも疲れてきた。否定すればするほど、想いはあふれる。だったら、もう否定はしない。
「なんでも相談しろって言ったのは冬樹だろ?」
上昇していく気温。耳ざわりなセミの声。コンクリートから跳ね返ってくる太陽が喉の渇きをひどくする。
「お前に遥香は渡せない。頼むから遥香とはこのままずっと友達でいてくれ」
恋と友情を天秤にかけた。今まで悩んで泣いてきたぶんなのか、恋のほうが重かった。
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