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 学校では一学期が終わって、夏休みに入った。エアコンを切ることができないほどの猛暑日が続いていて、塾の夏期講習以外は極力外には出ないようにした。そんな中、うちのインターホンが鳴る。慌ただしく階段を下りていったのは遥香だった。


「千夏ちゃん、冬樹くん、いらっしゃい! 外は暑かったでしょ? 早く中に入って入って!」


「お邪魔しまーす! わ、なんかもう涼しい!」


「これフルーツゼリー。家族で食べて」


「えーわざわざありがとう!」


 玄関先で雑談している三人のことを階段の上から覗き込む。ゼリーを渡している冬樹と目が合って「よう」と挨拶された。


 遥香が家に招いたような雰囲気になっているが、ふたりと約束しているのは俺だ。いや、正確には豊永が一緒に課題をやりたがっていると冬樹からラインがきて、それに応じた。


 遥香にはふたりが来ることを伝えていたけれど、なぜか自分も仲間に入っていると思っているのか、冬樹たちと同じようにそのまま俺の部屋に入ってきた。


「よし。じゃあ、勉強会を始めよう!」


「なんでお前も参加するんだよ。二年生の勉強をしたって意味ないだろ?」


「私は一年生の勉強をするからいいんだもん」


「そうだよ、遥香ちゃんだけ仲間外れにしたら可哀想じゃん!」


「千夏ちゃん、ありがとう。優しい!」


 なんだか俺が悪者になっている。結局、勉強は四人でやることになった。折り畳みテーブルを囲むようにして、冬樹と豊永の課題を手伝った。


 ちなみに、俺はすでに夏休みの課題は終えている。塾の夏期講習もあるため、学校から出されたものは一日で片付けた。


「ねえ、アッキーは来年どこの高校を受験するつもりなの?」


「俺は……多分開応かいおう


「え、開応って、超がつくほどの進学校だよね?」


「まあ、うん」


 うちの塾では難関校を希望している生徒が多く、早い段階から受験を見据えたカリキュラムが組まれる。俺もすでに特進コースの授業を受けていて、そうなれば必然的にエリート校を受験する流れになるだろう。


「開応の学生って大学受験にも有利なんだっけ?」


「有利っていうか、授業のレベルが高くて進学指導もしてもらえるから入試対策が万全ってだけだよ」


「ひゃあ、高校受験もこれからだっていうのに、もう大学。でもでも、開応生ってだけでなんか箔がつくし、私も開応がいいな~!」


「バカ。お前が入れるなら俺でもいけるわ」


「ちょっと、期末テストの結果が私より少しよかったからって見下すのはやめてもらえます?」


 また豊永と冬樹の痴話喧嘩が始まった。それによってみんなの集中力も切れたので、俺も勉強する手を止める。


「ふたりは受験どうすんの?」


「俺は、家からは近いところがいい」


「えーでも電車通学はしたくない?」


「電車なんて混んでるだけだろ。つーかお前はべつに自分の好きな高校に行けばいいだろ」 


「私は冬樹のお世話係をするために、同じところを受験する予定です」


「世話してんのは俺だろ」


 つまり豊永は冬樹と離れたくないってことか。こんなにわかりやすいのに、なんで冬樹は豊永の気持ちに気づかないんだろう。


 それとも幼なじみを壊さないためにわざと気づいてないふりをしてるとか?


 ……いや、冬樹はそんなに器用なやつじゃない。


「わ、私、ちょっとみんなのぶんの飲み物取ってくるね!」


 俺たちの話を聞いていた遥香が、急に立ち上がった。気を利かせたというより、冬樹と豊永の仲睦まじい様子を見ていられなかったように感じた。


 「俺も手伝ってくるわ」と、追うように腰を上げる。遥香はリビングのキッチンにいた。


 遥香はよく豊永の話をする。逆に、冬樹の話は一切しない。遥香は昔からそう。本当に好きなことは、自分だけの宝物みたいに隠したがる。


 遥香は今までやりたいことを我慢してきた。そのため、今は楽しいことや嬉しいことを存分に楽しんでほしいと願っている。


 だけどそれは……俺が叶えてあげたい。冬樹は大事な友達だけど、冬樹を通して遥香の願いが叶っていくのは面白くない。


「なあ、冬樹のこと好きなの?」


 俺は、言葉を濁さずに遥香に尋ねた。


「え、な、なに急に」


「学校が終わった後によく会ってるんだろ」


 自転車に乗るのは街の探検のためじゃない。どこかで冬樹と待ち合わせをして会っていることは、ずいぶん前から勘づいていた。


「まさか後をつけたりしたの?」


「できないように自転車を使ってるんじゃないのかよ」


「どういう意味?」


「わからないなら、いい」


 冬樹も遥香と会っていることを俺には言わない。俺の性格を知っている遥香から口止めされている可能性もある。


 クラスでもよく仲が良かった男女が急によそよそしくなって話さなくなる光景を目にすることがある。そのほとんどが周囲には隠して付き合うようになった人たちだ。親密度が高くなるほど、学校では喋らずに他人行儀になったりする。


 遥香と冬樹は、きっとまだ友人関係のままで恋愛には発展してないと思う。でもふたりで会っているくせに俺たちの前では話さないところを見たりすると苛立ちを感じる。


「それで、冬樹のこと好きなのかよ」


「べ、べつにそういうわけじゃないよ」


「冬樹には豊永がいる」


「でも、ふたりは付き合ってるわけじゃないし……」


「俺は遥香が誰かと付き合う姿は見たくない」


「お兄ちゃん……?」


「俺はお前のこと――」


 言いかけた唇が止まる。俺の背後に向いている遥香の視線を追うと、そこには冬樹が立っていた。


「えっと、トイレどこ……?」


「あ、ト、トイレはこっちだよ!」


 スリッパの音を響かせながら、遥香は冬樹のことを案内しにいった。

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