13
人間というのは、成人までに反抗期を二回迎えると言われている。
一回目は一歳から四歳までに表れるイヤイヤ期。
二回目は、小学校高学年から中学生くらいまでに起こる思春期である。
不安定なWi-Fi。なかなか外れない本のシュリンクフィルム。定期的に非接触を起こすICカード。コンタクトレンズの目の不快感。反応の遅い手押し信号。隣の席の人の貧乏ゆすり。他人から押し付けられる意見。隠し事が下手すぎる好きな人の嘘。
小さな不満やストレスは、日に日に増えていく。消しても消しても出てくる消しゴムのカスのように。
「遥香ちゃん、昨日のバラエティー番組見た?」
「見たよ。すっごく面白かったよね!」
教室に戻る途中、友達と並んで歩いている遥香を見かけた。次の授業が移動なのか、手に教科書を抱えて友達と楽しそうに談笑している。
多様性と謳われる世の中で、恋の形はいくつもある。同性愛や両性愛。性別やジェンダーに捉われずに人を人として愛する恋愛関係や、そもそも恋愛感情がないという人もいるかもしれない。
じゃあ、俺の恋の形は、どういうジャンルに分類されるんだろうか?
多様性だと主張すれば、認めてもらえる?
塾が終わった後、俺はいつもの書店に入り、まっすぐ文房具コーナーに向かった。
遥香と約束した茶色の色鉛筆。それから、半透明のシャーペンを手に取った。辺りを気にしながら、シャーペンを少しずつ制服の袖の中に入れていく。あと少しで盗めるというところで、誰かに腕を掴まれた。
「なにやってんだよ?」
俺の腕を掴んだのは店員ではなく、冬樹だった。
「な、なんでここに……」
冬樹の後ろには豊永もいた。そういえば部活終わりにノートを買いに行くって言ってたっけ。でも、駅前には他にもノートを買える店はあるから、まさかここでふたりに会うとは思わなかった。
「私たち、さっきまでマックで夕ごはん食べてたんだよ。それで帰りにここに寄ったんだけど……」
いつもハキハキしている豊永が、かなり気を使って喋っていた。そんな彼女とは反対に、冬樹はずっと険しい顔で俺の腕を掴み続けている。
「早く出せよ」
「…………」
「秋人!」
大人しく右腕を下ろすと、袖口からシャーペンが滑り落ちてきた。よりにもよって、ふたりに見つかってしまうなんて……。
「おや、どうしたの? 喧嘩はいけないよ」
異変に気づいたレジの女性が、腰を曲げながらこちらに近づいてきた。万引きが発覚すれば、家族に連絡がいき、警察沙汰になるかもしれない。
全てが終わったと覚悟した瞬間、冬樹は豊永に目配せをした。豊永は静かに頷き、買おうとしていたノートを抱えて店員のほうへ歩み寄った。
「もうすぐ閉店ですよね? このノートのお会計だけお願いできますか?」
「はいはい、ちょっと待ってね」
店員が離れた隙に「今のうちに店を出るぞ」と、冬樹から促された。俺は遥香と約束していた色鉛筆とシャーペンをそっと棚に戻した。
オレンジ色の街灯に照らされた夜道を、俺たちは通行人の邪魔にならないように時折隊列を変えながら歩いた。
「ま、まあ、気の迷いなんて誰にでもあるよ!」
葬式みたいな空気を変えるために、豊永はいつも以上に明るく振る舞ってくれていた。
「なんでシャーペンを取ろうとしたんだよ?」
「……べつに」
「べつにじゃねーだろ。バレたらどうなるかわかってんの?」
周りからの評価がいいぶん、なにか悪いことをすると倍にして評価が下がる。べつに評価なんていらないけれど、あらゆる噂が立ち、家族にも迷惑をかけることになるのは間違いない。
「バレたらどうなるかわかってる。わかってるけど……取りたくなるんだよ」
俺は消えそうな声で答えた。
シャーペンの値段は百四十八円。最初はこのくらいいいだろっていう軽い気持ちだった。それであっさり成功したもんだから次も大丈夫、また次も平気だってその繰り返しで今に至る。
外に吐き出せない反抗心。万引きをする緊張感と恐怖感が刺激的に思えて、それをストレス解消の捌け口にしていた。小さな悪事が大きな罪悪感へと変わっても、どうしてもやめられなかったんだ。
「俺らでよかったら、なんでも相談しろよ」
「そーだよ、アッキー。うちら友達じゃん!」
友達がこんなことをしていたら、大抵の人は距離を置きたがるものなのに、ふたりは俺の心に寄り添う言葉をかけてくれた。
「……店の人に謝りにいけって言わないのかよ?」
「だって、そんなことをしたら学校にバレちゃうし、塾だって行きづらくなっちゃうかも。ね、冬樹?」
「まあ、来年は受験だしな。もちろん謝りにいったほうがいいに決まってるけど、今のところ俺たちしかこのことは知らないし、だったらこのまま三人の秘密にしといたほうがいい」
ふたりの優しさに、自然と唇を噛んでいた。俺のために罪の共有なんてする必要はない。だけど、俺は店に謝りにいく勇気もなかった。
周りから大人びていると言われることも多いし、自分でも同級生よりは落ち着いていると思っていたが、俺がやったことは誰よりも幼稚な行為だ。
「あの店にはもう行くなよ。行ったらまた取りたくなるかもしれないし」
「……うん」
冬樹の言葉に、小さく頷いた。前方から走ってきた車のライトが全身に当たる。まるで自分の弱さまで照らされたような気持ちになった。
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