休日の昼下がり。枕元で鳴っているスマホに気づいて目が覚めた。画面を確認せずにスマホをひっくり返したら、今度は家のインターホンが鳴った。あまりのしつこさに顔をしかめながら、部屋のカーテンを開ける。


「冬樹~!」


 窓から顔を出すことをわかっていたかのように、千夏が大きく手を振っていた。


 休日の鬼電から、インターホンの連打押し。迷惑以外のなにものでもない行為は、今日だけのことじゃない。


 うちの親が仕事なのを知っていて、なおかつ俺がまだ寝てることもわかったうえで、千夏はこうしてアポなしで訪ねてくるのだ。


「どうせ暇でしょ。遊ぼうよ!」


「眠いから無理」


「眠いって、もう十二時だから起きなよ。お腹すいたからお昼ごはん食べに行こう?」


「奢ってくれんの?」


「マックならいーよ!」


「五分待ってて」


 部屋着を脱いで、そこら辺に転がっていたTシャツに腕を通した。最低限の身だしなみとして顔を洗って、歯を磨いて、ぴったり五分。玄関のドアを開けると、外行きの格好をした千夏が立っていた。


「おお、五分ジャスト! さっすが~!」


 俺のことを誘いに来なくても、千夏にはたくさんの友達がいる。特定の人というより誰とでも仲良くなれるタイプだから、色んな人と遊びにいったりもしているが、頻繁に俺と遊びたがるのは単純に楽なんだろうと思う。


 俺も無理やり起こされることを除けば、千夏と出かけることは苦ではない。


 予定を立てずにその場のノリで行き先を決めて、ランチだけをして解散の時だってある。そう思うと俺にとって千夏は幼なじみというより、やっぱり家族に近いのかもしれない。


 駅前のマックは昼時ということもあって混んでいた。人の出入りがあれば、当然見えてしまう足跡もそのぶんだけある。真っ白な床の上を蔓延はびこる黒い足跡を気にしないようにしたくても無理だった。


「店内混んでるからテイクアウトにして外で食べよっか!」


 俺もできればそうしたいと思っていたことを、千夏から提案してくれた。


 時々、こいつは心が読めているのではないかと思う瞬間がある。妙に勘が鋭いところがあるし、陸上部を辞めようと思った時だって『走るのやめる気なんでしょ』って、言い当ててきた。


 多分、俺は顔に出やすい。それでいて千夏はそれを察する能力に長けているのだと思う。


「ねえねえ。昔ここでフリスビーして遊んだこと覚えてる?」


 俺たちは河川敷に向かい、土手の傾斜に腰を下ろした。小さい時からたびたび訪れているここは、見晴らしがよく、千夏のお気に入りの場所でもある。


「覚えてるよ。んでフリスビーを野良犬に持ってかれた」


「そうそう! 私のピンクのフリスビー! 結局、咥えたまま犬はどっか行っちゃったんだよね!」


「お前、そのあとマジ泣きしたよな」


「だって前の日に買ってもらったばっかりだったんだよ? そりゃ、泣くでしょうよ」


 ハンバーガーを食べながら、昔話に花が咲く。十四年間過ごしている地元には、場所ごとに思い出がある。懐かしさを感じると同時に、虚しさも込み上げた。だって俺たちは、無邪気に遊び呆けてはいられない年齢に近づいている。


「うちらってさ、あと四年したら成人なんだよ。なんかヤバいよね」


 河川敷で遊んでいる子供に目を向けながら、千夏が感慨深そうに呟いた。


 数年前に改正された民法によって、成人年齢は二十歳から十八歳に引き下げられた。


 十八歳になれば、色々なことが親を介さなくてもできるようになる。


 スマホの契約も、一人暮らしの部屋を借りる時も、酒とタバコ以外は年齢制限という壁に阻まれることはない。


 それを自由と捉えれば聞こえはいいけれど、裏を返せば自分の意思を持って生きなくてはいけないという意味でもある。


 大人になれば誰も導いてはくれないし、自分が進む道は自分で決めていかなければならない。


 ――あと四年で大人。


 つまり、四年しか子供でいることが許されない。


 なんでそんなに早く大人にならなくちゃいけないんだろう。


 なんでそんなに急かされて成長しなくちゃいけないんだろうか。


 込み上げてくる不満と不安。現実から目を背けてる俺が、将来のことなんて描けるはずがない。


 ……って、そんなことを考えてるから、俺は〈思春期病〉になったのかもしれない。


「ねえ、あれってアッキーじゃない?」


「え?」


 千夏が指さしたのは、河川敷の向こう側にある遊歩道だった。たしかに、そこには不自然に辺りを見渡しながら走っている秋人がいる。


「アッキー! なにしてんのー?」


 千夏が大声で呼びかけると、秋人の足が止まった。俺たちの存在に気づいた秋人がスマホを取り出す。すぐに俺のスマホにラインが届いた。


【遥香がいなくなった】


 ……え? いなくなった?


 詳しい話を聞くために、俺たちはすぐ秋人と合流した。どうやら秋人の妹は、些細なことで親と衝突してしまい、そのまま家を飛び出してしまったらしい。


「遥香ちゃん、スマホ持ってる?」


「いや、家に置いていったっぽい」


「えーもうすぐ夕方になっちゃうよ。遥香ちゃん可愛いから狙われそうだし、早く見つけないと!」


「くそ、自転車さえ乗ってなければ……」

 

 妹のことが相当心配なようで、秋人は余裕がない顔をしていた。


「妹、自転車に乗ってるのか?」


「ああ。土地勘がないから、そこまで遠くには行ってないと思うんだけど……」


 ひとまず俺たちは手分けをして、秋人の妹を捜すことにした。人通りが多い場所は千夏に任せて、俺は人気がないところを重点的にめぐった。


 その間に数々の足跡と遭遇したけれど、学校で見た彼女のサイズとは違うものだった。


 なにが原因でこうなったのかは知らないけれど、突発的に家を飛び出したくなる気持ちはわからなくもない。


 俺もふとした瞬間に、誰もいない静かな場所に逃げたくなる。


 もしも、自分だったら、どこに行くだろう?

 

 頭に浮かんだのは、ガラクタの秘密基地。俺が勝手に名前を付けているスクラップ置き場だ。


 そこには、ぺしゃんこになった車と錆び付いた部品が山積みになっていて、地元の子供なら親から絶対に近づいてはいけないと言われている場所でもあった。


 かくいう俺も親から口酸っぱく『危ないから行くな』と言われていたが、小学生の時はよく内緒で出入りしていた。


 山積みになっている車は、見るたびに増えているのに、そこで働いている人には会ったことはない。怖いというより不思議なスクラップ置き場のことを、彼女が知っているはずがない。だけど、もしかしたら……。


 俺は一縷の望みを懸けて、その場所を当たってみることにした。スクラップ置き場の入口には、真新しい自転車が一台停められている。


 自転車の持ち主であろう足跡は、秘密基地の中へと続いていて、足のサイズは二十二センチだった。


 まさか……?


 そう思った瞬間に、いきなり黒い足跡が光り始めた。

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