第3話 一悶着

 無造作に振り回している魔物の腕が、勢いよく顔面に向かってきた。


 しかしその腕が直撃するより前に、斬り落とされた。


「──よくやった少年。あとは私に任せろ」


 腕を斬り落とし、胴体を真っ二つにするなりまた他の魔物を斬り伏せていく剣士の女。


 目を完全に閉じた状態で、目の前は何も見えないはずなのに、そんなことすら感じさせない正確さと速さで剣を走らせている。


 いやおかしいだろ、そんなことできるの?


 だって前見えてないんだぞ。


 あっという間に周囲の魔物を倒した彼女は向こうにいる仲間の方へ向かい、無防備な状態で暴れている魔物を蹂躙していった。


 負傷しているのは二人、そして剣士の女を合わせて三人が魔物と応戦していた。


「え、あれ……うそ。血が止まってる」


〈ヒール〉を解除し、目を開けられるようになったところで負傷していたメンバーがそのようなことを言った。


「それだけじゃない……傷も何もかもが治ってる!」


「言われてみれば確かに、あったはずの傷がどこにも無くなってる」


 傷が完治したことに歓喜の声を上げて騒ぎ立てる奴らをおいて、俺は剣士の方へと歩み寄った。


「あんた凄いな。目を開けていても閉じていても変わらないのか?」


「そんなことはないさ。まぁ特技の一つだとでも思っててくれ。凄いというのなら、少年の方が見事な業を成していた。助かったよ、ありがとう」


 俺よりも若干背が高くてガタイのいい女からそんな風に褒められると照れてしまう。


 見た目とその礼儀良さが相まって好印象のギャップを感じた。


 やはり女の剣士はカッコ良い。


 他の冒険者には、俺はたった今この場に現れた謎の冒険者としか見られておらず、先ほどの光も俺がやったものとは気づかれなかった。


 彼らの話によれば、最初はほんの二体の魔物と戦っていたという。


 それが突然群れで押し寄せられてこんなことになったらしい。


 杖を持ち、魔法使いらしき格好が二人と、盾を持ったタンクが一人と剣士が一人。


 女剣士は同じパーティではなく、偶然出会って助力をしていたという。


「……お前ら、ヒーラーをパーティに入れていないのか?」


 この冒険者パーティにはヒーラーが存在していない。


 それが原因で負傷者を背後に魔物と戦わなければならなくなった。


「あぁ。ポーションを大量に買っているからヒーラーはいらないんだ」


 魔法使いの男がそう言った。


 こいつらは自分たちが危機に陥ったその原因であるミスに気がつけていない。


 女剣士がいなければ間違いなくこの冒険者パーティは全滅必至だろうに。


 そんでもってこの男は魔法使いの典型的な言葉を言った。


 魔法使いは魔法を用いて遠距離からの攻撃を得意とするため、自分らは負傷しないからヒーラーはいらないと思っている。


 だから結局は前衛の剣士とタンクが負傷している事態になっていた。


 群れで攻められればポーションを飲んでいる暇すらないってのに。


「私はヒーラー、いた方がいいと思ってるんです」


 そう言ったのはもう一人の魔法使いの女だった。


「まぁ要らないのならそれでいいんじゃないか?ぶっちゃけヒーラーを守りながら戦うことになるんだし」


 とりあえず適当に言っておく。


「なぁ、それよりもこの中の魔物を数体だけでいいから譲ってくれないか?」


 二、三十ほどの魔物の死体があちらこちらに転がっている。


 たった5、6の魔物の部位を持って帰るだけでも今日明日くらいの足しにできそうだ。


「ダメだ。ここにある魔物は全部俺たちの獲物なんだ。たとえ一体であろうと譲ることはできない」


 真正面からそう断言された。


「一体もダメって……いいだろちょっとくらい。お前そんなに魔物倒してなかっただろ」


 最初にこの場にきた時に、この男よりも女の魔法使いの方が多く魔物の死体が転がっていた。


 それに──


「君が何を言っているのかよく分からないが、譲れないものは譲れない。理解してくれ」


 真面目な顔をしておいて言っていることが明らかにおかしい。


「──理解できていないのは貴様の方だ。最後に大半の魔物を倒したのは私、いやこの少年の助力があってこそだ。なぜ貴様が上からものを言えるんだ?」


 女剣士が俺の前に割って入ってきて、魔法使いの男に向かってそう強く言い放った。


「っ……それは、俺たちが先に群れと遭遇したからだ。獲物は先に発見した方のもの、冒険者であれば知っていて当然のル…───」


「じゃあ私がお前たちを皆殺しにして獲物を全て横取りしても問題ないよなぁ?冒険者同士の抗争にギルドが介入することはない──これもルールの一つだ。そうだろ?」


 鞘に収めていた剣を抜き、いつでも戦えるという意向を示す。


 助太刀をしてくれた女剣士に対しても強く言い張る魔法使いの男は、人間性からして終わっているようだ。


「……やる気だというのなら仕方がない。先ほどの未知の現象によって私の体力も万全にまで回復した。これもルールだ、よく思い知らせてや───…」


 セリフを言い終えるよりも前に遮断され、地面に倒れた。


 魔法使いの男を背後から殴り気絶させたのは、もう一人の魔法使いの女だった。


 そこらへんにあるような木の棒を勢いよく振り回し、男の頭を直撃した。


「ごめんさい本っ当にごめんなさいっ!全然持っていって構いませんので」


 そう言って、倒れている男の脚を掴んで引き摺りながら離れていった。


 なんというか呆気なく事は穏便に進んだ。


 金になる部位を数体分、ともう少しバレない程度に、全部で十二体から取った。

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