第7話 キスにキスを重ねる②
◇
翌日――
皇羽さんは九時頃に寝室から出てきて「良く寝た」と大きなあくびをする。私はキッチンに立って、その様子を見ていた。
「皇羽さん、おはようございます。調子はどうですか?」
「ん、もう全快」
「(それはそれでバケモノなんだよねぇ……)」
顔色は、確かに良い。昨日の、赤いのか青いのか――みたいなマーブル色じゃない。近寄っておでこを触っても……うん。平熱っぽい。
「一応体温計で測らせてくださいね。あと、夕方は体温が上がりやすいので、念のため、その時にもう一度測ります」
「……えらく詳しいな」
「自分の体調は自分で管理しないといけなかったですから。自然と覚えたんですよ」
「……」
何気なく言った事だけど、皇羽さんは少し固まった。
あれ? え、なんで。
「皇羽さん? えっと……話す元気があるなら、食事も出来ますよね? 昨日作ったおかゆは私が食べちゃったので、今日は雑炊を作りましたよ」
「昨日…おかゆを作ってくれたのか?」
「いらないって言ったのは、どこの誰ですか……。まぁいいや。食べててください。私は公衆電話で学校に欠席連絡を入れてくるので」
すると皇羽さんは「俺がしとく」と言ってスマホを出した。え、甘えていいのかな?
「それは有難いですが……。私の学校の電話番号わかりますか?
それに皇羽さんから、私の欠席連絡が入ったら学校がビックリしませんかね? コイツ誰だよ……みたいな」
「心配ない。俺の分も連絡入れる、そのついでだ」
「? まぁ、お任せします……。ありがとうございます」
皇羽さんは自室に入り、私は雑炊をお皿に取り分ける。すると暫くもしない内に、皇羽さんが部屋から出てきた。
「連絡しといたからな」
「早! え、今の間に!?
皇羽さんと私の学校2校分に電話出来たんですか!? 話し声なんて全くしませんでしたよ!? 本当に電話しました!?」
「したっつーの。それに、この部屋の中の音が聞こえるわけねーだろ。この部屋は、」
「この部屋は……?」
私が聞き返した途端に「しまった」という顔をした皇羽さん。もちろん、私はその顔を見逃さなかった。
いくら高級マンションだからって、隣の部屋での話し声が全く聞こえないって事ある⁉ どんなからくりがあるの⁉
興味津々な私に対して、皇羽さんはやっぱりはぐらかす気なのか、プイとそっぽを向く。
「……なんでもねーよ」
「ちょ、気になりますって。途中で言うの止めるのはナシです!」
だけど皇羽さんは聞く耳持たず「腹減ったー」とソファに座る。こうなるとテコでも動かない。
仕方ないのでため息一つついて、キッチンから雑炊を運び、私も皇羽さんの隣へ座った。
幸いにも皇羽さんはパクパク食べてくれた。食べてる途中で、昨日は「何も食べてねぇ」とか寝ぼけた事を言ってたけど。
コンビニで買った唐揚げとグミを見事に完食していたのを……私は知っているんですよ、皇羽さん。
「本当、熱って怖いですね。記憶が曖昧になるなんて……ふあ〜」
「あくび? 寝てねーの?」
目を擦る私を見て、皇羽さんはどうやら心配してくれたようだった。「もしかして俺の看病疲れか?」とか寝ぼけた事を言っていたので、首を振って否定する。
「料理をすると、すごく疲れるんです……。すみませんが、隣で仮眠します」
「あっそ…ってか無防備だな。襲ってくれって言ってるようなもんだぞ」
「なんとでも言ってください。いざとなれば顔を殴りますから……グ〜」
「……寝るの早」
そう言いながらも、皇羽さんはソファに置いてあるブランケットを、私にかけてくれた。
すぅすぅと寝ている私を見て、ふっと少しだけ笑みを浮かべる。
するとその時…
ズキッ
皇羽さんの手首に痛みが走る。見ると……湿布の上からでも分かる、腫れた手首。
それが右手だと気づいた時、皇羽さんが珍しく焦って声を出した。
「げ、やっべぇ……」
すると、ちょうどその時。
Ign:s が出ている番組が、パッとテレビに姿を表す。いつもの「視聴予約」の時間らしい。
皇羽さんはテレビを見ながら黙って食べていた。 Ign:s の会話を聴きながら。
『そういえばさ、俺の家に野良猫が住み始めたんだよ!』
そう言ったレオの言葉に、ピクリと反応する皇羽さん。「野良猫……」と呟いて、寝ている私をチラリと見る。
Ign:s のメンバーは、思いもよらないレオの発言に、興味津々で質問を投げかけた。
『へーどんな猫? ってか住み着いてるって(笑)』
『レオの家に行くぐらいだから、すごい品のある猫とか?』
『ううん、普通の猫だよ。ただ、少し気性が荒くてね〜。何回ひっかかれそうになったか!』
『じゃあ追い出すの〜?』
するとレオは少し考えた後に、ニコリと笑う。
そして「ううん」と否定した。
『どうにかして気に入られたいんだよねぇ。俺、あの猫が気に入っちゃったんだ』
「……」
カメラ目線になったレオと皇羽さんの目が合う。皇羽さんは「チッ」と舌打ちをした後に、独り言を呟いた。
「勝手につまみ食いしやがって、何が“気に入った”だ。
俺が最初に見つけたんだ。気に入られたかったら、全力でこいつを手懐けてみろよ」
こいつ――と言った時に、皇羽さんは私の栗色の髪を撫でた。私を見ながら、器用にリモコンを操作してテレビを消す。
サラサラと。皇羽さんが私の髪に手を通す。
髪が手から順番に滑り落ちていく時に、ふわりと、良い匂いが二人を包んだ。その匂いは、皇羽さんからも香っていて……。
「やわらけー髪。それに、俺と同じ匂いがする」
シャンプーもボディソープも洗濯洗剤も。全てすべて、2人一緒の同じ匂い。一緒に住んでいるから、当たり前なんだけど……
「はぁ……、たまんねぇな……」
皇羽さんは堪えきれない笑みを隠そうともせずに、口元に弧を描く。
そして不敵な笑みをニヤリと浮かべて、呟いたのは、こんな事。
「アイツへのお返しは、ココだけじゃ足んねーよなぁ?」
ココ――と言って、皇羽さんが指でツツツと触ったのは、私の首。二つのキスマークがついてるなんて知らない私は爆睡で、何をされても起きそうにない。
皇羽さんは「好都合」と言って、私のおでこにキスを落とした後、自室から紙とペンを持ってきた。そして手首を痛めた右手に代わり、左手でペンを走らせる。
たまに、時々。
私の顔をちらりと見ながら――
「むにゃ、皇羽さん……」
「! 萌々?」
「それは私のパスタ、です。返して……」
「……ぷ。夢の中でもパスタ食ってんのかよ」
クツクツと笑いを押し殺したように、静かに笑みを浮かべる皇羽さん。そして私の顔を見て、一言。
「やるよ全部、お前にな。だから何でも、ねだってみろ」
優しい顔で呟いた皇羽さんに、私が回し蹴りをしたのは……数秒後。
その後、私は自身の寝相の悪さを何十回も皇羽さんから聞かされる羽目になるのだった。
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