第6話 風邪を引いたのは誰?
「生中継」と表示されてあったテレビを消すと、皇羽さんが「あぁ!」と残念そうな声を出す。
もちろん、聞かなかったことにして、おかゆ作りにとりかかった。
といっても、どこに何があるか分かってないから……時間かかりそうだな。
「まずお鍋って……どこ?」
「……」
モタモタとおかゆを作る私。そんな私を、皇羽さんはソファに寝転がったまま見る。
そして、
「……誰、あの子」
私に聞こえないよう、小さな声で呟いたのだった。
◇
「ねぇ、ちょっと」
「……んぁ?」
肩を揺らされて、目を開ける。
あれ、私……?
振り返ると、皇羽さんがいた。ソファの上に座っている。
あ、そうか。おかゆが出来たけど皇羽さんが気持ちよさそうに寝ていたから、起こさなかったんだ。
「なんで君が寝てんの」
「すみません、久しぶりに料理をしたら疲れちゃって……。あ、おかゆ食べますか? 温めますよ?」
だけど皇羽さんは「いらない」の一点張り。だけど、もうお昼が近い。何か食べてないと……。
そう思っていると「聞きたい事あるんだけど」と皇羽さん。真剣な顔して何を言うのかと思えば、
「 Ign:s 嫌いなの?」
「は?」
「テレビ、すごい怖い顔で消してたから……」
「今更何言ってるんですか。その件については昨日お話したでしょう?
あの時の怖い顔は……嫌いな Ign:s が出てるのと、皇羽さんがムカついたからですよ」
「! そうなんだ……」
明らかにショックを受けている皇羽さん。今のどこにショックを受ける要素があったのかな……。
やっぱり皇羽さん、今日は変すぎる。
すると皇羽さんのスマホがブブと鳴った。瞬時にメールを確認した皇羽さんはポツリと「遅いよ」と言って、いきなり立ち上がった。
玄関に行くところを見れば……どうやら出て行くらしい。
ん!?
”出て行くらしい”⁉
「ちょ、待ってください! どこに行くんですか⁉熱があるんですよ⁉」
「ちょっと散歩だよ、すぐ帰るから」
「行かせられません!」
頑なに引かなかった私を、皇羽さんはため息をついて見た。
そして、私の手をとって……どういうわけか、手の甲にキスを落とす。
チュッ
「これで機嫌を直して、ね?」
「……やっぱりどこかおかしいんですね、皇羽さん」
風邪、本当に怖い……。あの皇羽さんの性格を、ここまで浄化してしまうのだから……。
そう思っていると皇羽さんが少しチッと舌打ちした、ように聞こえた。
そして「なんで落ちないのかなぁ」と言って、私をギュッと抱きしめた。
え?
抱きしめた⁉
「ちょっと皇羽さん、何してるんですか⁉冗談もほどほどにしないと、怒りますよ⁉」
「もう黙って。いいから、目を閉じて」
「!」
目を瞑った皇羽さんが、顔を近づけてくる。もちろん私は、大人しく目を瞑る……なんて事はしない。
だけど、抱きしめられる力が強くて逃げる事も出来ない。
どうしたら――
「……ねぇ、さすがに傷つくんだけど」
「だ、だって……!」
皇羽さんからのキスを逃れるため、仕方なく最大限に顔を逸らした私。
首が痛くなるくらいに離れれば、さすがに皇羽さんもキスしようとは思うまい……!
「それに、皇羽さん約束したじゃないですか! 口にはキスしないって……っ」
「……は?」
「もう忘れたんですか⁉ 最低です!」
皇羽さんの手が緩んだ隙に、力いっぱいもがいて脱出する。そして寝室に逃げ込んだ。
だけど、逃げ込んだ場所が悪かったことに……うつ伏せになっていた私は、気づかなかった。
ギシッ
「⁉ 皇羽、さん……?」
「んー? なに」
私の上に、皇羽さんがいる。気配で分かる。
あれ? 私……
とんでもないことになってる⁉
「何の冗談かは知りませんが、そこを退いてください……ここは寝室です!」
「知ってるよ、だから来た。誘われたのかと思って」
「誰が!」
文句を言ってやろうと、グルンと向きを変える。
そして……秒で後悔した。
だって、目の前には皇羽さんの顔がある。もう、前髪が当たってしまう距離まで来てる。
「ど、どけて……皇羽さんっ」
「――例えば、俺が君にキスをしたとする」
「へ?」
「そうしたら君、どうする?」
「顔を殴ります。グーで」
「……顔はやめてほしいな」
困ったように笑う皇羽さんに、戸惑う私。
だから、油断していた。
「じゃあ、今日はここで我慢するよ」
「え、あっ!」
チウゥゥ……と引っ張られる肌と、鈍く感じる痛み。
皇羽さん、私の首に何をしてるの……っ⁉
「や、だ……。怖い、皇羽さん……!」
「ん~?」
「や、めて……やめて!お願い……っ」
「……」
すると皇羽さんは「はっ…」と言って、口を離した。そして自身の唇をペロリと舐める。
「ごちそーさま。次は唇をもらうから、覚悟しててね」
「~っ!!」
怒った私が「さっさと出て行け仮病人!」と枕を投げたのは言うまでもなく。
皇羽さんは熱があるのに、とっても軽やかなステップで部屋を出て行ったのだった。
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