第6話 風邪を引いたのは誰?
翌朝、不思議なことが起きた。
「どこへ行く気ですか皇羽さん! あなた今、熱があるんですよ⁉」
「うっせぇ、熱だけだろ。大したことねぇよ」
朝の七時。
着ていく制服がないものの、とりあえず学校の準備をしている私の横を、顔を真っ赤にした皇羽さんが横切った。
やっぱ風邪引いたか……と同情していると、驚くことに靴を履いている。
へ? どゆこと?
まさか、風邪引いてるのに、どこかへ出かけるの⁉
不思議に思った私が事情を聴くため尋問し、冒頭の会話へ戻る。
「熱を測らせてください! 風邪薬も飲まないと、」
「体温計も薬もねぇよ。今まで風邪ひいた事ねぇもん」
「……本当に人間ですか?」
「お前なぁ……」
はぁと、ため息一つはいた皇羽さん。その息も、すごく熱くなってる。首に手を当てると、あったかい……どころじゃなくて、熱すぎる。
「外に行ける状態じゃありません! 家で寝ていてください! 病人だから、こういうときくらい学校を休んで甘えないと!」
「……じゃあ萌々が添い寝してくれんのかよ」
「そこは甘えないでください」
「うぜぇ……」
すると靴を履き終えた皇羽さんが「心配すんな」と立ち上がる。
「その体温計と風邪薬を買ってくるだけだ。お前は学校だろ。制服とかカバン一式、もう届いてるからな」
「……へ?」
「遅れずに行けよ」
バタンッ
え、今……皇羽さん、何て言った?
制服とか一式届いてる? ウソ⁉
急いでリビングに行くと、箱が並べてあった。
一つ一つ開けると……
制服やらカバンやらスカートやら、靴も教科書まで。学校に必要な物が全て揃っていた。
「え、えぇ……?」
ちょっと待って、どういうこと?
まさか、皇羽さんが?
「買って、くれたの……? 私のために?」
そんなの、嬉し過ぎるって……っ。
「ズルい、皇羽さん。性格までイケメンにならないでよ……」
零れそうになった涙をグシッと拭いて、荷物を丁寧に広げていく。全てがキラキラ輝いていて、まるで新入生になったみたい。
だけど、ここである事に気づく。
「ん? 男の子用の制服もある。よく見れば、鞄も教科書も……全部二つずつ?」
これは一体、どういうこと……?
不思議に思うも、時計を見て飛び上がる。
もう七時半! 急いで支度をしないと!
「って、朝の七時から体温計や薬を打ってるお店って……あるの?」
不思議に思ったけど、後の祭り。
皇羽さんの事は気になるも、目的を達成したらすぐに帰ってくるだろうし。私はとりあえず自分の身支度を始めたのだった。
そして30分後――
「よし、行きますか」
真新しい制服に身を包んだ私は、玄関で靴を履いていた。色んな事があった土日だったけど、変わらずに登校出来るのが嬉しい。
「もう学校辞めて働かなきゃなぁって思ってたから……。って、学校辞めなくても働かないといけないんだった!」
学校帰りに求人誌を持って帰ろう――そう思い、立ち上がった。
その時だった。
ガチャ
「あ、皇羽さん。おかえりなさい。どうでした? 体温計と風邪薬、ありましたか?」
「え?」
「ん?」
「……えぇ?」
ニット帽をスッポリかぶった皇羽さん。あれ? 出かける時は、いつもの帽子じゃなかったっけ?
皇羽さん自身も、なんかいつもと表情違う気がするし……。って、そんなコート着てたっけ?
「あの、皇羽さん……?」
「……」
「皇羽さん!」
「わ! そうか、俺か……。ごめん、なに?」
「……⁉」
皇羽さんが、私に謝った⁉
それは変だ、変過ぎる。
きっと熱が上がって脳が正常に動いてないに違いない! それに、いつもと違って覇気がないし。なんかふにゃけた雰囲気だし!
「学校行くの、やめます」
「え、なんで……」
「こんな皇羽さんを放っておけるわけないでしょう⁉ さ、早く服脱いで! ベッドに寝転がってください!」
「ちょ、待っ!」
四の五の言う皇羽さんを引きずって、ベッドの上に転ばせる。モコモコしたコートは脱がせて、次は帽子――そう思って手を伸ばしたら、
パシッ
皇羽さんに手首を掴まれる。皇羽さんは笑いながら、だけど困った顔をしていた。
「これは……、勘弁してほしいな」
「……なんでですか? 家の中だから帽子は脱いでも大丈夫でしょう?」
「ま、まぁ……そうなんだけど。ほら、寒くて」
「! 分かりました。じゃあ、そのままで」
フカフカの羽毛布団をかけて、皇羽さんがたった今ぶら下げて帰って来た荷物を拝見する。だけど、中身はグミとか唐揚げとか雑誌ばかりで。体温計の「た」の字もなかった。
「あなた何しに外に出たんですか⁉ 体温計も風邪薬も、全然買ってないじゃないですか!」
「え、だって元気だし……」
「まだそんな事言うんですか⁉ 皇羽さん今は熱あるんですよ⁉ 顔を真っ赤にして出て行ったくせに」
「! え、熱あんの?」
「……」
「お、俺……熱あったっけ……?」
その言葉に「はぁ」とため息が出る。
「昨日、濡れた体で薄着で外に出たからです。風邪をひくのは当たり前でしょう?
もういいです、私が近くのお店で買ってきますから。皇羽さんはそのまま寝ててください」
「わ、かった……」
素直にベッドに頭を置いたのを見届けて、私は急いで家を出た。その時に、ある「違和感」を覚えながら。
「そう言えば、さっき皇羽さんに触られた時に全然熱くなかった。顔も、いつも通りの顔色だし……。でも、今朝はあんなに調子悪そうだったよね?」
短時間で回復しそうな体調じゃなかったはず。それに……例え少し回復したからと言って、このまま一人にしておくわけにはいかないよね。
「今日の学校は休むしかないか。近くに公衆電話ないかな。学校に電話しなきゃ………………あぁ、そうだった」
マンションのエレベーターが来るの遅くて良かった。部屋に戻らないと――
手持ちのお金が全くないことに気づき、私は「すみません」と土下座をしながら。皇羽さんに諸々のお金を貸してもらったのだった。
◇
バタンッ
「はぁ~帰りましたぁ」
風邪薬も買った、体温計も買った、学校にも電話した、求人誌も貰った。最後に、おかゆを作ろうと思って少しだけ材料を買った。よし、ぬかりはない。
のに。
私が東奔西走して走り回っていたというのに、この男。
皇羽さんはソファに寝転んで、あろうことか私の嫌いな Ign:s が出ているテレビ番組を見ていた。
「頑張って来た私に、その仕打ちですか。皇羽さん……」
「わ! ビックリした……。おかえり、すごい荷物だね?」
「もう。誰のせいだと思ってるんですか」
体温計と薬の用意をしていると、皇羽さんが「ごめん」とシュンとした。え……ちょっと待って。
どうして、そんなにしおらしいの……。喋り方も変だし。本当……風邪って怖い。
「調子狂っちゃいますね……。早く風邪治してくださいよ、何だか皇羽さんじゃないみたいで落ち着かないですから」
「……うん」
ソファに横になったままの皇羽さんに薬を渡す。本当は何か食べてからの方がいいんだけど……。
チラッと机の上を見ると、唐揚げとグミを食べたゴミがあった。どうやら心配ご無用らしい。
あれ? もしかして、おかゆいらなかったんじゃない……?
「熱、測りますね?」
「え、ちょっと待って、服の中に手を入れないで!」
「はいはい、動かないで」
静止をふりきって、体温計を脇にさす。最初はゆるやかに数字があがっていたのに、だんだんとスピードで増して上昇した。
「ちょ、やっぱ高熱じゃないですか! 顔も赤いし。やっぱりソファじゃなくてベッドで寝てくださいよ!」
「いや、今だけだから……放っといて」
「(カチン)」
なに、その言いぐさ……もう頭にきた!
キッチンに戻って氷枕を作り、皇羽さんの頭の上に乱暴に置く。そして「寝ててください!」と一喝して、リモコンを探した。
その時に、テレビから聞こえていたのは、こんなこと。
『レオくん、今日もすごいカッコいいねぇ! どうやったら、そんなにかっこよくなれるのか教えてほしいくらいだよ~。いつも元気だし! 体調を崩す事ってないの?』
『元気だけが取り柄なんで! 風邪も俺を嫌って寄ってこないんですよ、はは』
『またまた~レオくんになら、風邪だって何だって飛びついちゃうよ!』
「……」
レオと瓜二つの皇羽さんには、風邪の菌が飛びついてるけどね……。
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