第5話 *皇羽*
ガチャ
「ん?」
今、なんか聞こえたか?
シャワーを止めて、シャワー室を出る。家の中はシンと静まり返っていて、物音一つ聞こえない。
「おい、萌々?」
ソファに寝転ぶと言っていたし、寝たのか?
体を少しだけ拭いて、タオルを腰に巻いてソファに近寄る。
見ると、ソファの背もたれから俺の服が見えている。正確には、今日萌々に貸した俺の服だ。
「なんだ、やっぱ寝てんのか」
ふっと笑みが漏れて、シャワー室へ戻ろうとした。
が――その時。俺のスマホがブブと鳴った。電話だ。
名前を見た俺は「チッ」と舌打ちをしながら、通話ボタンを押す。
「俺だ。は? 明日? いつも急に言って来るのやめろ。お前と違って、俺は学校あんだぞ。午前だけって……はぁ。仕方ねぇなぁ」
ここまで話した時に、萌々が本当に寝てるか確認をしたくて、ソファの前に回る。そして――絶句した。
なぜなら、萌々の姿はなくて、俺の服の抜け殻だけがあったから。
「――悪ぃ、急用が出来た。切るぞ、明日はちゃんと行く」
ブツッと電話を切る。服は適当に着て、すぐに玄関へ向かった。
その時、スマホを持って行こうとして、やめた。だってアイツ、スマホ持ってねーだろ?
今日の買い物でスマホを買わなかった自分を恨む。
帽子もサングラスも。いつもなら身につける、それらの存在も目に入らないほど。俺は急いでいた。
「出て行ったのかよ、クソ……。
なんでだ、萌々…!」
寒さも感じなかった。唯一感じたのは、焦り。ドクドクとうるせぇくらいに、心臓が悲鳴をあげる。
だけど、そんな俺に、
――え、皇羽さん⁉
お前が……萌々が、ちょっと嬉しそうな顔で俺を見てくれた気がしたから。
俺の心臓も焦りも。まるでなかったかのように、波がおさまり静かになった。
ムカつく。
いつも振り回されるのは俺だ。
すげー腹立つ。
けど……
さっきの嬉しそうな顔に免じて、黙って家を抜けたことはチャラにしてやるよ。
「萌々」
「はい?」
「さみぃから、手を貸せよ」
「嫌です。私の手まで冷たくなるじゃないですか…、わぁ! すごい風」
「……ふっ」
風で乱れた髪がお前の視界を塞いでる間に、小さなその手を攫う。
「あ! いつの間に……って、皇羽さん?」
「あ? なんだよ」
「皇羽さんも笑うんですね。まるで天然記念物を見たような気分です……」
「お前……帰ったら、一緒に風呂入るからな」
すぐに萌々が「すみませんでした」と謝る。一緒に風呂に入れなくて残念と割と本気で思ったのは、ここだけの秘密だ。
*皇羽*end
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