第4話 見えてしまった幻覚
その後――
私たちはいつもの雰囲気に戻り、パスタを食べきった後も、家に帰った後も。あいも変わらず、口喧嘩をしていた。
「どうしてヘンタイ的な事しか言えないんですか!」
「どうして、そう言う発想に至らねーか不思議だっての」
事の発端はこう。
用事があって皇羽さんを呼ぼうとした時。皇羽さんの姿がなかった。だから皇羽さんの部屋をノックして入ろうとしたのだけど――
『待て。そこはダメだ』
『‼』
寝室にいた皇羽さんが息をきらせて私に近づき、自分の部屋への入室を拒否した。かなり怪しい……。
「気になるから入ってみたい」と言ったら、いつもの言い合いになってしまって……。引き下がらない私に、皇羽さんが言ったのはこんな事。
――俺との生活で約束してほしいのは一つだけだ。それは「絶対に俺の部屋に入らない」事
――も、もし破ったら……?
――今日買った下着を、俺の目の前で順番につけてもらう
――(い、嫌すぎる……!!)
もしも皇羽さんの部屋に入ったら生着替えをすることになるらしいから、絶対に入らない。
入らないけど、皇羽さんの言動が怪しいから、ついつい気になっちゃうんだってば……!
「いっそエロ本があるから入るなって言ってくれた方が納得するのですが……」
「何言ってんだよ。エロ本があるから入ってほしくないに決まってんだろ、今更な事を言うんじゃねーよ」
「……」
予想通りの人だった。
「はぁ、ちょっと疲れました。休みます。ソファで横になっていいですか?」
「おー。俺はちょっと風呂に入ってくる」
え、お風呂? まだ夕方前だよ?
だけど皇羽さんは「汗かいたんだよ」と言って、バスルームへ消えていった。すぐに勢いの良いシャワー音が聞こえる。
「は~疲れた」
色んなお店を回ったから、足が疲れた……。本当なら、この時間に買った荷物を整理しないといけないんだろうけど……休憩も必要だよね。
「にしても……皇羽さんって、やっぱりよく分からない」
一日一緒にいたけど、本当に分からない。鈍い人なのか、鋭い人なのか。何か考えがあるのか、エロしか頭にないのか。
「まさか自分の身を二十四時間気にする日が来ようとは……あ」
窓の外に浮かぶ夕日を見て、ふと、アパートの事が気になった。燃えるような夕日の赤が、昨日の火事を思い出させる。
「立ち入り禁止、だよね。きっと……」
でも、頭の中に浮かぶのは――ある物。
一度気になったら、ずっと気にしてしまうのが私の癖で……。
「皇羽さん、すみません。行ってきます」
ガチャン
皇羽さんがシャワーを浴びている間に、私はマンションを後にした。
そして――着いたのは、太い柱さえも炭になって黒焦げになった、私が住んでいたアパート。
屋根も壁面も何もかもなくなっていて、本当に柱しか残ってない。
「見つかると、いいんだけど……」
幸いにも、私の部屋は少しだけ原型が残ってる。一階の一番端。「立ち入り禁止」と書かれたテープをくぐって、部屋があった場所へ近づく。
ジャリと炭を踏み潰す音をさせて、まだ煙たい空気を吸いながら、たどり着いた私の部屋。
ほとんどは炭になりながらも、少しの希望を抱いて……近くにあった硬い木の棒で、ガリガリと黒い炭を掘って避けていく。
「結構、力がいる……っ」
力を込めてガリガリ……。誰かに見つかると怒られるから、夕日の明かりだけを頼りに探し求めた。
そして三十分後――
何の収穫もないまま、使い過ぎた手だけが、無様に震えていた。
「はぁ、ちょっと休憩……ってか、すごい。手が真っ黒。ズボンも……。自分の服を着てきて良かった~」
マンションを出る直前。皇羽さんのオシャレ服は脱いで、自分の唯一の服を着た。
さすがの私も、火事現場に入ることがどれだけ汚れるかは心得ていたつもり……だけど、これは想像以上。
「日も沈んで来たし。もう帰ろうか……」
結局、見つからなかったな――そんな事を思っていた時だった。
「萌々!!」
「……え?」
遠くの方から、私を呼ぶ声が聞こえる。
一面炭の中から立ち上がって見渡すと、皇羽さんが私に向かって走ってきていた。
「え、皇羽さん⁉」
「萌々⁉ やっと見つけた、お前――」
皇羽さんは「立ち入り禁止」のテープを簡単に飛び越え、一直線に私の元へ走る。そして、すごい剣幕で私を見た。
「どうした、何があった!」
「え、いや、何も……」
「何もなく、こんな焼け跡に来るわけねぇだろ!
……怒らねぇから。何があった?」
「な……んでも、」
ないです――という言葉が、声にならなかった。
だって、すごい怖い顔だったからてっきり怒られるかと思っていたのに……なんで? なんでそんなに、私を心配してくれるの?
「(ダメだ、泣きそう……っ)」
焼け焦げる前。
このアパートで、私を心配してくれる人は誰もいなかった。お母さんだって、高校に上がった私を「もう大丈夫ね」なんて言って、放ったらかした。
なのに、どうして?
どうして昨日会ったばかりの皇羽さんが、そんなに私の事を思ってくれるの?
「萌々? おい、まさかどこか怪我したんじゃ、」
「怪我、なんて…どこもしてません…っ」
「じゃあ……なんで泣いてんだよ」
「~泣いてませんッ」
「……あー、そう」
頑なに、皇羽さんの優しさを拒否する私を――痺れを切らした皇羽さんが、ギュッと抱きしめた。その大きな手で、体で。力強く。
ギュゥゥゥ……
「ちょ、あの……! 苦しいです…!」
「何も言わずに家を飛び出して、こんな危ねぇ所に一人で来た罰だ」
「ば、罰って……!」
「うるせぇ。人の気も知らねぇで……。いいから、お前は黙って俺にこうされてろ」
「(な、に……。それ……)」
ぶっきらぼうで、口も悪くて、そして乱暴。
私のいう事なんか聞いてくれない。そのくせ、自分のいう事は何が何でも聞かせようとする。
そんなとんでもない人が、私の同居人。
だけど……
――萌々!!
さっき、焼け焦げたアパートの中から私を見つけて駆け寄ってきてくれた皇羽さんが、王子様に見えたなんて……。
きっと、いや絶対、気のせいだ。
「……ん? 皇羽さん? なんか震えてません?」
ふと気づくと、ガタガタと皇羽さんの体が揺れている。え、なに。再会出来たことに感動して……とか?
いや、まさかね――と思っていると、
「なんか、寒気がしてきた……」
「ん⁉ そう言えば皇羽さん、さっきお風呂に入ってましたよね⁉
あぁ! 全身ずぶ濡れじゃないですか! 体拭いてこなかったんですか⁉ 髪からもポタポタと水が垂れてますよ!」
「風呂に入ってたら玄関のドアが閉まる音がして……そっから慌てて飛び出したんだっての。おかげで帽子もサングラスも忘れちまった……」
「誰もこんなずぶ濡れな人をレオだとは思わないから安心してください……。
って、言ってる場合ですか! 風邪ひきますよ、帰りましょう⁉」
改めて皇羽さんを見ると、薄手のシャツ一枚に、ズボン。それだけ。
この真冬の寒い時期に、コートもなしに濡れた体で家を飛び出すとか、本当にどうかしてる。
「(本当に、この人は……)」
部屋に入るなと言って私を突き放した後に、こうやって駆け寄ってきてくれる。侮れない人。
「やっぱり……イケメンは、することが違いますね」
「この寒空の中、薄着でも絵になるってことか?」
「……」
日が沈んだ帰り道。寒さで頭がマヒした皇羽さんを見ながら、お昼に交わした会話を思い出していた。
――その女の子には王子様みたいな人が現れて……人生大逆転。女の子は、誰よりも幸せになっちゃうんですよ
――王子様……俺にしちまえばいいじゃねーか。今までお前を不幸にしてきた責任とって、今度は俺がお前を幸せにしてやるよ
「……まさかね」
ハックシュン‼と横で盛大なクシャミが聞こえ、意識を戻す。
「ティッシュあるか?」と鼻を赤くした皇羽さん。それでもイケメンなんだから、悔しいったらない。
「あ、そこでティッシュ配りしているので、貰いますか?」
「いや、やめてくれ……ハックシュン!」
次の日。
皇羽さんが風邪をひいたのは、言うまでもなかった。
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