第3話 イケメンとお買い物②
「――っぁ、」
「……」
「(しまった! また私!)」
不意打ちすぎて、いつも声が出てしまう。
こんな公共の場で! 恥ずかしすぎる……!
人前に顔を晒せなくて、両手で顔を覆う。すると皇羽さんが「はぁ」と、またため息をついた。
「お前は本当……。どうなってんだよ、マジで」
「な、何もどうもなってません……!」
「いや、なってるだろ。場所選ばずに俺をその気にさせるのやめろ」
「(その気って、どの気⁉)」
怖くて聞けないけど……!
指の隙間から、皇羽さんを覗き見る。すると――狭い視界の中で、意外な皇羽さんの一面を見つけた。
「(顔が真っ赤……照れてる)」
怒ったような、困ったような…。
眉間にシワを寄せて、足を組む皇羽さん。少しずれたサングラスから、彼の本音を見た気がした。
「い、意外にウブなんですね……」
「あ? 今日の夜、覚えてろよ」
下着のショップバッグを見ながら、皇羽さんが言い放つ。その視線が何を意味するか分かった私が高速で「すみません」と平謝りしたのは、言うまでもなかった。
◇
「それで? なんで萌々は Ign:s が嫌いなんだよ」
「え、ぇぇ……?」
今、それ言う?
たった今運ばれてきたパスタに手をつけようとした瞬間、コレ。
「今する話じゃありません」
「じゃあ、これはオアズケだな」
目の前からパスタが消える。
それはダメ。
「すみません、全て話します」
現在――
私と皇羽さんは朝食を食べるために、とあるお店に入っていた。
まさか、そこで尋問されるとは……迂闊。
「聞いても面白くないですよ?」
「これから一緒に住むんだ。なるべく萌々のことは知っときたい」
「そう……ですか」
その言い方は、なんかズルい……。
取り返したパスタ皿の上で、照れ隠しのようにフォークをクルクル回す。
「正確には……、Ign:s のデビュー曲が嫌いなんです」
「デビュー曲?」
「『Wish&』です」
「嫌いな割には、よく知ってるな」
「友達が Ign:s を大好きなだけです」
「ふーん」
大盛りパスタを注文した私とは反対に、コーヒーだけ飲む皇羽さん。それだけで絵になるから、イケメンってスゴイ。
「で? デビュー曲が嫌いなのは何でだよ。歌い方? ダンス? それとも…歌詞?」
「っ!」
「……マジ?」
最後の言葉で反応した私を、皇羽さんは目を開いて見た。驚いたような顔。
だけど、
少し経って、窓の外へ目をやる。そして「はぁ」と短く息を吐いて、それきり黙ってしまった。
えっと……勝手に喋れってことなのかな?
じゃあ遠慮なく……。
「歌詞に出てくる女の子…私と似てるんです。お金ない所とか、苦労してる所とか」
「……それで」
「でも、その女の子には王子様みたいな人が現れて…人生大逆転。女の子は、誰よりも幸せになっちゃうんですよ」
「つまり――自分と同じ境遇にありながら最後には幸せになる女が許せねぇって事か」
「……誰もそこまでは言ってません」
パスタを口に運ぶ。だけど……あれ、おかしいな。こんなに美味しそうなのに味がしない……。
「もう。皇羽さんのせいですよ。嫌な話をしたせいで、気分が下がっちゃいました」
「……」
一方的に怒る私を見て、皇羽さんはいつになく静かにしていた。味はしないけれど空腹を満たすために、必死にパスタを食べる私を、ずっと見てる。
そして、
「すればいいじゃねーか。俺のせいに」
「……へ?」
とんでもないことを言い出すのだ。
「今のパスタの味がしねーのも、いま自分が不幸なのも、昔から苦労しているのも……。全部俺のせいにすればいいじゃねーか」
「ちょ、何言って、」
「それで」
グイッ――と顔が近づく。
目の前には、綺麗な皇羽さんの顔。
薄い唇は、少し戸惑いながら「それで」と。もう一度、同じ言葉を繰り返した。
「それで王子様も…俺にしちまえばいいじゃねーか。今までお前を不幸にしてきた責任とって、今度は俺がお前を幸せにしてやるよ」
「……は、はぁ?」
カラン――と。フォークがお皿の上にダイブする。
金属がぶつかり合う高い音がして、私はやっと我に返った。
「な、何を言ってるんですか。皇羽さん。大丈夫ですよ、私そこまで厚かましくありません。お金がたまって住むところが決まれば、すぐに出て行きますから。
第一、大げさですよ。
もし私が生涯路頭に迷っていたら、墓場まで一緒に行ってくれる気ですか?さっきの言葉も、まるでプロポーズみたいですよ?これだから、モテる男の人は困りますねぇ」
「……」
「……っ」
なんでだろう。自分でも不思議なくらいにペラペラと喋ってしまった。なぜか口が勝手に動いちゃって……。
今――皇羽さんの顔が見れない。
「あ、あの。皇羽さん……」
「ま、お前ならそう言うって思ってたけどな」
「……へ?」
近づいていた顔が離れる。皇羽さんはあっけらかんとした様子で……コーヒーをコクリと飲んだ。
「自分には何もねぇって思ってる奴の方が、意外と色んなモン持ってんだ。世の中そんなもんだ」
「そ、そうですか?」
「そーそー」
えっと。つまり……どういう事?
励ましてくれてるって事?
疑問符を浮かべていると「大体」と、眉間にシワを寄せた皇羽さん。
「 Ign:s を嫌うのはお門違いだぞ。作詞担当の名前を見たのかよ?」
「 Ign:s が書いてるんじゃないんですか?」
「ちげーよ。大体は楽曲提供されるんだよ。『Wish&』は……」
チラリと私を見た後、皇羽さんは罰が悪そうに目を逸らす。
え、ちょ、なに?
「あの、一思いに言ってくれた方が楽なのですが……」
「〜そんなの、」
分かってるっての――と、皇羽さんは帽子の上から頭をかく素振りをした。
そして、重たい口を開く。
「………momosukeだ」
「もも……え?」
「Wish&の作詞を書いたヤツだよ。モモスケだ。ローマ字表記な」
「もも、すけ……」
今この瞬間。
私は、また Ign:s を嫌いになったような気がする。
「よりによって、私と同じ名前”もも”がついてるなんて‼ 胸がすごくザワザワします……っ」
「言うと思った。だから嫌だったんだ、教えるの」
はぁ、とため息をつく皇羽さん。
だけど……、一つ疑問が浮かぶ。
「よく作詞家の方の名前を覚えてましたね? 皇羽さんは Ign:s のファンなんですか?」
「なわけねーだろ。むしろレオと間違われて嫌気がさしてるっての」
「じゃあ、なんでmomosukeのこと……」
「……たまたまテレビで見て知ってただけだ。珍しい名前だろ」
「(まぁ、そうだけど……)」
でも、それだけ――?
ふと疑問に思った事を、私は口に出さないまま。その代わりに、パスタを食べる。
「あ、怒りも一周回れば何とも無くなるみたいです。パスタの美味しい味がしました!」
「あーそう。良かったじゃねーか」
呆れた顔で笑いながら、皇羽さんは私を見つめる。今はサングラスは外していて、黒い瞳とバッチリ目が合う。
外にいるせいか、家の中とは少し違った雰囲気で……。目なんか憂いを帯びているように見える。いや、絶対に気のせいなんだろうけど……!
「なぁ、萌々」
「はい?」
儚い笑顔で、少し気弱そうなオーラを出しながら。
皇羽さんが喋ったのは、こんなこと。
「夜の下着、今日買った中のどれにする?」
「……」
「下着が楽しみすぎて何も手につかねぇ。早く夜になんねぇかなァ」
外見イケメン、中身は肉食。
この男、やっぱり侮ることなかれ。
「もう知りません! 私お手洗いに行ってきます!」
「はいはい。あ、っていうか萌々さ」
不意に呼び止められる。
またしょうもない事だったら、怒ってやるんだから!
と思っていたのに――
「なんですか?」
「一年前、この辺で何か買った?」
「! 何かって?」
「そうだな……。ドキドキするもの、みたいな」
「……」
「……」
立ち上がった私と、座ったままの皇羽さん。
お互い、静かに見つめ合う。
「……知りませんよ」
皇羽さんの「だよな」と伏し目がちに笑ったのを最後に、私はその場を離れる。そして、速足でお手洗いに向かった。
バタンッ
席からお手洗いまで、あまり距離がなかったというのに。気づけば、肩で息をしていた。心臓が、ドッドッドと忙しなく動いている。
「……ッ、はぁ~」
本当、
「皇羽さんって侮れない」
ポツリと呟いた私の言葉に、かぶさるように曲が流れる。それがまた、何というタイミングの悪さって言う程の選曲で……
「 Ign:s の『Wish&』。こんな時に流れなくても……」
仕方なく、頭の中で校歌を流す。多少 Ign:s の声がかき消されたその間に、足早にお手洗いを後にするのだった。
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