第2話 テレビの中の人②
『それではまず一組目。今一番人気のアイドルグループ……
Ign:s (イグニス)です!』
「……は?」
Ign:s ?
今の……聞き間違い?
いや、でも画面に「 Ign:s 」の文字が出てる。
ウソ、最悪だ……!
テレビを見て固まる私を見て、あれだけ忙しくなく動いていた皇羽さんも全く動かなくなった。
誰もしゃべらない部屋に、引き続き、司会者二人の声が響く。
『デビューして一年、最近は知名度がグングン上がってきましたね!』
『デビュー曲のバラードとは違う、今回のアップテンポな曲。全く別の雰囲気で、ファンのざわつきも止まらないとか!』
『もともと実力者揃いのグループなので、歌唱力もさることながら見事なダンスも必見ですよね!』
『それではお呼びしましょう!
Ign:s の皆さんです!』
ステージの端から、一人ずつ出てくる男の人。全員で五人。
だけど――
その内の一人に、私の目は釘付けになる。
『 Ign:s 皆さんにお聞きします!
ずばり、今回の曲を一言で言うと⁉』
『じゃあ、まずはセンターのレオくん!』
『ハイ!』
はい――と返事をした「レオ」という人。
その人を見ながら、私は……
さっき皇羽さんに思った事を、そのまま思い出していた。
――長い足、線は細いのに筋肉ありそうな腕、大きな手。それなのに小さな顔。しかもその顔は、かなりのイケメン
――まるで芸能人かモデルみたいな人
えっと……。
これは……、どういうこと?
「皇羽さんが、テレビの中にいる?」
皇羽さんと瓜り二つの顔をした人が、
派手なスーツの格好をして、
Ign:s のレオと名乗って、笑っている。
アイドルとして――
「違うんだ、萌々。落ち着け、聞け」
「い、や……ちょっと、無理です……‼」
私にゆらりと近づいた皇羽さん。おずおずと伸ばされた手は、真っすぐ私にむかってきた。
けど――
パシッ
私は、その手を勢いよく叩く。
「私、この世の中に一つだけ嫌いな物があって……」
「嫌いな物?」
コクンと頷く私を、皇羽さんは黙って見た。
テレビの中では、キラキラした笑顔を浮かべて歌って踊っているレオ……もとい皇羽さんがいる。
その姿を見て、熱狂するファン――私もそうであったら、どんなに良かっただろう。
「皇羽さん、ごめんなさい」
私は――
「 Ign:s が大嫌いなんです……!」
「……」
皇羽さんは無言だった。
十秒ほど目を瞑って「考える人」のポーズをとる。
だけど――
しばらくして、やっと私の言葉を理解したのか。ゆっくり目を開いた。
そして、
「……マジで?」
今までで一番。
間の抜けた声を、出したのでした。
――超絶イケメン皇羽さんは、今をときめくアイドルグループ「 Ign:s 」のメンバーだった。
「ムリです‼ 無理無理、ごめんなさい! 出て行きます……!」
「はぁ⁉ ちょっと待てよ、話が!」
「ありません! さようなら!」
ソファを越えて、その先の玄関へダッシュする。後ろからバタバタと足音が聞こえて、おまけに「待てこらぁ!!」って怒鳴り声まで聞こえる……!
ホラー満載だよ!!
だけど「ここにずっといるよりはマシ!」と、玄関に並ぶ靴から、必死に私のを探す。
探す……のだけど、
「靴がない! 私の靴!」
シューズクローゼットの中を、目を皿にして見ても、どこにもない! なんで⁉
すると、後ろから「奥の手を取っておいて良かった」と声がした。振り向くと、やっぱり皇羽さん。その手には、私の靴が握られていた。
「あ、それ……!」
「コソコソ逃げられないように、最初から隠しといたんだ」
「ひ、卑怯ですよ!」
「ふん、何とでも言え。こうでもしないとお前、絶対に逃げていくだろ」
逃げていくだろ――と言った時の皇羽さんの顔。少しだけ悲しそうに見えたのは……気のせいなのかな?
「話したいこともた~っぷりあるしなぁ? 例えば、Ign:s が嫌いとか」
「(悲しそうに見えたなんて、絶対に気のせいだ!)」
顔が物凄く怒ってる! すごく般若の顔をしてる! 笑ってるのに超絶怖いよ、皇羽さん!
その時、キッチンの方から「チン」と音がした。同時に美味しそうな香りが……。
グ~
「(私のお腹……!!)」
「……萌々が靴を探してる間に食いモン用意した。冷凍だけど美味いぞ。もう夕方だし、腹減ってるだろ」
「え! もう夕方なんですか……⁉」
「お前、爆睡してたからな。朝から食べてなきゃ腹も減るだろ。それに……ぷッ。さっきの腹の音……っ」
「~わ、」
笑わないでください!
だけど空腹には勝てなくて……。
結局ソファにて、皇羽さんが運んでくれる料理を……私は順番に食べていった。
◇
「で、単刀直入に言うと――
今日からここが萌々の家」
「へ?」
「で、ここは俺の家。一人暮らし」
「ん⁉」
ということで、鍵はこれ――
一枚のカード(鍵)をいきなり渡されて「はい、わかりました」って頷ける人って、一体どれくらいいるの?
「いやいやいや、だから無理ですって! 私の話、聞いてました⁉」
「お前こそ俺の話を聞いてたのかよ! お前の家は焼けた。住む場所も両親も、おまけに金もねぇ。そこに俺が通りかかった。幸いにも俺の家には空き部屋がある。金もなんとかなる。
じゃあ、萌々はここに住むしかねぇだろ」
「ッ!」
確かに……。ホームレスになった私からしたら、これ以上の美味しい話はなくて……。いや、でも……だからこそ、不思議に思うわけで。
「このお家……かなり広いですよね? 階が高いほど家賃も高いのに、このお部屋ときたら……一体、何階ですか」
「賃貸マンションだ。ここは23階」
23!? た、高すぎでは……!?
「高校一年生の皇羽さんが、どうしてマンションで一人暮らし出来ているのか。それはやっぱり……アイドルだからではないですか?」
「……ちげぇよ」
「……」
いや、絶対違わない。
「私を騙せると思ってるんですか⁉ さっきのテレビ、Ign:s のレオは絶対に皇羽さんでしょ⁉ 見間違うわけありません……!
あんなそっくりさんを目の前にしても、まだ”レオは俺じゃない”と言い張るなんて!」
まくしたてて話す私を、皇羽さんはジッと見る。そして「分かんねぇか」と、情けなく笑った。
「さっきのテレビを録画してる。
再生してやるよ」
「結構です!」
私の静止も聞かず、皇羽さんは再生ボタンを押す。リモコン、いつの間に見つけてたの……!
すると五秒もしない内に、Ign:s が歌っている場面に移る。「わー! 消してください!」と目を瞑る私の手を、皇羽さんはギュッと握った。
「よく見ろ、右上」
「え……、あ⁉」
皇羽さんの言葉通りに目を動かすと、それは画面の右端に小さく書いてあった。
「生放送」の文字。
「え、あれ……?」
混乱する私に、皇羽さんは伏し目がちにため息をついた。
「俺がレオなら、今ここに俺はいられないんじゃねーの?」
「た、しかに……そうですが……、でも!」
うり二つだよ⁉
皇羽さんの髪色を変えたら、まんまレオじゃん!
猫っ毛な黒髪の皇羽さんと、
マッシュ型なアッシュ系金髪のレオさん。
髪を除けば、ピッタリすぎるほど二人が綺麗に重なる。
「まさか……ドッペルゲンガー?」
「……言うと思った」
皇羽さんは呆れ半分で「よく間違われる」と、テレビの画面を消しながら答えた。
「そっくり過ぎるから、よく道端で声を掛けられるんだよ。あまりの似具合に”人違いです”ってのも通じねぇから、外では帽子かぶってんだ」
「まるでアイドルですね……」
「ふん、うるせぇ」
にわかには信じられないけど、だけどテレビ局を疑うことも出来ず。皇羽さんとレオは別人なのだと、考えざるを得ない。
「じゃあ、皇羽さんは Ign:s じゃないんですね?」
「そう」
「アイドルでも無いんですね?」
「そーそー」
ホッ――と安堵の息をつく私。
そして「現金な奴」と思われるのを承知で、皇羽さんに向かって頭を下げた。
「正直、今の私が頼れるのは皇羽さんしかいません。私を置いてくれたら家事もするので、一緒に住まわせてください」
「……」
「お、お願いします……っ」
ソファから降りて頭を下げると、皇羽さんもソファから降りたのか「ギシッ」と音がする。
すると次の瞬間。
何かがふわりと私を温かく包み込む。まあ、何かって……分かってるけど。
でも、分かりたくなかった。だって…その温かさに、不覚にも安心してしまったから。
「萌々」
「は、ぃ……っ」
皇羽さんに抱きしめられて安心する私がいるなんて、思いたくなかったんだもん。
だって皇羽さんは、私のファーストキスを奪った人。口は悪いし、強引なところがある、とんでもない男の人。
その、はずなのに……
「今日から離さねーから覚悟しとけよ」
「ッ!」
こんな事をサラリと言ってしまう皇羽さんの事を知りたくなっているなんて…。抱きしめられて安心するなんて、絶対にウソだ。
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