第2話 テレビの中の人
「――……はっ‼」
長い時間眠っていた気がする。
ってか……ここは、どこ?
自分の家じゃない事は分かる。だって、さっき燃えてたもん、私の部屋。消し炭になったもん……。
「(じゃあ、ここは……?)」
綺麗な部屋。私が寝ていたベッドも、大きくてフカフカ。壁も天井も家具も、全部高級そうで、全部白い。
たった一つだけ色があるのは……赤い時計。オシャレな壁掛け時計。それは白の部屋に、かなり目立っている。
「センスが良いのか悪いのか……。じゃなくて」
本当に、ここはどこ? 誰の家?
寝る直前に感じた「温かさ」。じんわりと私を包んだような、あのカイロみたいな安心感。
……と思っていたけど。
目を覚ましたら知らない部屋にいたなんて、安心感どころか不安感しかない‼
「とりあえず……出てみようか」
背の高いベッドを降りて、足音を立てないように、少しだけドアを開く。
すると――
「悪い子だな、お前」
「⁉」
ビックリ……した……‼
だって開いたドアの先に、誰かの目と口があって、オマケに喋ったんだもん!
「ひっ……!」
悲鳴が出た私の前で、扉が大きく開く。
そして現れたのは……
――そう仲直り。ほら、目ぇ閉じろ
――え、ンッ……!?
あのイケメンキス男だった。
「な、んで……あなたが!」
外で会った時は帽子をかぶっていて分からなかったけど、黒色の髪の毛だ。少し猫っ毛っぽい。そして黒の瞳。
その“黒”がイケメンの邪悪度に拍車をかけてる……。
「つれねーなぁ」と笑うその顔は、見事な悪人ヅラ。
「キスまでした仲だってのになぁ?」
「だからです!”警戒”って言葉を知ってます……⁉」
横目で、ソファの上にクッションがあるのを見つける。
よし、これで……!
「もし私に近づくなら、このクッションで綺麗な部屋をボコボコにします!」
「……そのクッションで?」
「はい!」
「できんの? ボコボコに」
「……」
む、無理かもしれない。
だって柔らかすぎるもん、このクッション……。
勝ち誇った顔をしたイケメンが、目元から「ふっ」と笑い、ソファを指さす。
「じゃ、とりあえず話をするか」
「……」
こんな危険度MAXのような人と一緒に座りたくないけど……仕方ない。話を聞くためだもんね。
「座ります……、ソファ」
「ん、良い子」
「……っ」
良い子――
思いもしなかった言葉に不意を突かれた。ちょっとドキドキしちゃった……っ。
だけど頬を染めた私とは反対に、イケメンは涼しい顔で「こっち」とソファに手招きする。
ギシッ
「座るって……隣同士ですか」
「ソファ一個しかねーんだから、横並びなのは当たり前だろ。なに? それとも床に座りてぇの?」
「そ、そうじゃなくて……!」
思った以上の至近距離……。
嫌でもイケメンを意識してしまう距離。
「(改めて見ると、背が高くて大きい人だなぁ……)」
立ってる時も大きいと思ってたけど、近くに座ると更に、私との差がよくわかる。
長い足、線は細いのに筋肉ありそうな腕、大きな手。それなのに小さな顔。しかもその顔は、かなりのイケメン。
「(まるで芸能人かモデルみたいな人……)」
そう思っていた時。
男の人が「何から聞きたい」と私を見る。
「あ、じゃあ名前を」
「名前? もっと聞きたいことあるだろ」
「名前が分からないと色々不便だなって思って……ダメですか?」
「……いや、いいけど」
「いいけど」と言った時、少し照れたように見えたのは……気のせいかな?
いや、さっきの会話の中に、どこにも照れる要素ないし。やっぱり私の気のせいか。
「俺の名前は、麗有 皇羽(うらあり こう)。
目の前の駅の、近くの高校に通ってる。一年」
「うらあり、こう…さん」
「そ。皇羽って呼んで」
「じゃあ……皇羽さん」
「……」
復唱すると、イケメン――皇羽さんは、時が止まったように固まった。
え、あれ……?
もしかして「名前で呼べ」は社交辞令だった⁉
「す、すみません! いきなり慣れ慣れしかったですよね! 訂正します! いや、させてください皇羽様……!」
「ちげーよ! 呼べって言ったんだから呼べよ!」
「じゃあ、なんで固まったんですか? ビックリしたじゃないですか……!」
「それは……」
口元がヒクついた後、皇羽さんは「なんでもねーよ」とそっぽを向いた。
え、どうすればいいの。この空気……。
「え、と……じゃあ私も、自己紹介しますね。
夢見 萌々(ゆめみ もも)です」
「ゆめみ、もも……」
「はい。皇羽さんと同じく高校一年生です。高校は……えっと。さっき皇羽さんが言ってた”目の前の駅”って、何ていう駅ですか? いつも電車通学なのですが、まだ現在地が分かってなくて……」
「……」
「皇羽さん?」
今までそっぽを向いていたかと思えば。自己紹介の後、急に私を見て動かなくなった皇羽さん。
さっきから何なんだろう……。
もしかして調子が悪い?
「皇羽さん失礼しますね?」と皇羽さんのおでこに、私の手を乗せようとした。
だけど――
ギュッ
「わぁ⁉」
いきなり皇羽さんが私の手を握り、そして抱きしめる。
すると柔らかいソファの上で態勢を保ってられなくなった皇羽さんが、そのまま後ろに倒れ込んだ。私を抱きしめたまま――
「こ、皇羽さん……?」
「……」
皇羽さんは、いつまで経っても起き上がらない。どころか、私を離そうともしない。力強く、抱きしめたまま。
ギュッ
「皇羽さん、どうしたんですか……?」
訳が分からなくて。それでも、だんだん上がっていく自身の体温に困惑して……。とりあえず皇羽さんの名前を呼んでみた。
だけど、返ってきたのは私の名前。
「夢見、萌々……」
「は、い……?」
「そっか。そう言うんだな、お前」
「(皇羽さん……?)」
片手を自分の顔に置き、表情を隠している皇羽さん。
噛み締めるように私の名前を繰り返す皇羽さんが、どんな気持ちでいるのか気になってしまって。今の顔を見たくなってしまって。
「失礼、します……」
スッ、と。
彼を隠していた大きな手をどかした。
すると――
「なんだよ……、こっち見んな……っ」
「っ!」
ドクン
皇羽さんの顔を見た瞬間――
私の心臓が、大きく跳ねる。
「(なんて顔してるんですか……っ)」
皇羽さんは強気な口調ではあるものの、表情は全くの逆。
深く刻まれた眉間のシワ。だけど、たまに下がる眉。口はキュッと、何かを我慢するように固く結ばれている。
その表情は、まるで――――
「……萌々」
「はい……」
「萌々……」
「~っ」
あまりに気持ちが籠った皇羽さんの呼び方に、涙腺が緩む。今にも泣きそうな顔をしてるのは、皇羽さんなのに……。
なんで皇羽さんが、私をそんな風に呼ぶかは分からない。珍しい名前でも、ましてや感動する名前でもないのに。
「(いや、感動する名前ってなに……)」
冷静に考えたら、変な空気だ。
変だ。変だらけだ。
会ったばかりの人にキスされるのも、部屋に連れ込まれるのも、こうして抱き合ってるのも――ぜんぶ変。
だけど、
「萌々は……。
私は、ここにいます……よ?」
「!」
体は大きいのに、小さな声で噛み締めながら私を呼ぶその声に――なぜだか応えたくなった。
すると一瞬だけ大きく目を開いた皇羽さんが「はっ」と、短く笑った後。私を見るために持ち上げていた頭を、ボスンとソファに落とした。
「なんか、夢みてぇ……」
「……夢?」
「何でもねぇよ」と囁くように返事をしながら、皇羽さんは再び私を抱きしめる。
ぶっきらぼうな言葉とは反対に、皇羽さんが私に優しく触れているのが分かった。
「(皇羽さんって、一体……)」
漠然と抱いた疑問を口にしようか迷っていた、その時。
壁にかかっていたテレビが、パッと急に作動した。静かな空間が、一気に騒がしくなる。
「わーすごい。初めて見ました、壁掛けテレビ!」
興奮する私。だけど、反対に青い顔をしたのが皇羽さん。
「げ、視聴予約の時間か。やべぇ……」
「やべ……え? 何がです?」
皇羽さんは私の話を聞かず「早くどけろ」の一点張り。そっちから抱きしめて来たくせに……!
当の本人、皇羽さんは「リモコンがねぇ!」とクッションを持ち上げたり、テーブルの下を覗いたり――何とも慌ただしい。
「リモコンを探してるんですか?」
「そーだよ! 萌々も手伝え!」
「いきなり呼び捨てですか! しかも命令口調で、」
「あとでいくらでも謝るから、とりあえず探してくれ!」
……あとでいくらでも謝るなんて。
やっぱり皇羽さんは変な人だ。
っていうか、何をそんなに焦ってるんだろう? もしかして、アッチ系の番組が流れてくるんじゃ――
「(ふふ~ん♪)」
これは、面白くなるぞ……!
リモコンを探すふりをしつつ、チラチラ画面へ目をやる。見ると、それは音楽番組だった。
どうやら、旬なアーティストが順番に歌うらしい。今はちょうど、グループの自己紹介中。
「(なーんだ、てっきりアダルトな物が流れると思ったのに。まぁいいや。焦ってる皇羽さん珍しいから、このままテレビを見ちゃおう)」
そして、これを見た私は三秒後――
今までにないくらい。
超絶、後悔することになる。
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