第5話 複数の犯罪
「殺人計画メモ」
というものは、具体的に書かれているものではなかった。ただ単に、表のところに、
「殺人計画メモ」
と書かれているだけで、中を見た母親は、最初、
「気が抜けた」
という気がしたのだ。
「なんだ」
と、ホッと気を緩める時間があったので、その分、気を緩めすぎたのか、
「軽い頭痛」
というものが襲ってきた気がしたのだ。
というのも、
「そこに書かれていたのは、ただ、人の羅列が並んでいるだけ」
ということで、
「これのどこが、殺人計画になるんだ?」
と思わせるだった。
しかし、よく考えてみると、
「うちのあの子が何かの目的を持って書いたのだとすれば、それは、当然何かの思惑があると思ってしかるべきなのでは?」
と感じたのだ。
ただ、それがどういうことなのかということも分からない。それだけに、母親は、
「若干の不安」
というものを抱くようになり、一度安心しただけに、
「殺人計画」
という言葉が、気持ち悪くて仕方がなくなってしまったのだ。
「どうみても、これのどこが殺人計画だというのか?」
ということで見ていると、そこに載っているのは、
「自分の近しい人」
というのがほとんどであり、母親も分かる名前だったのだ。
ただ、中にはまったく知らない人がいて、その人には、カッコに挟まれて、仕事であったり、その人の生い立ちや立場ということで書かれていたのだった。
しかも、それが書かれているのは、
「母親である自分が知らない人」
に限られていて、逆にいえば、
「カッコがあるから、すべての人間が誰であるかということが分かったのだ」
ということであった。
「ということは?」
と考えたところで、母親はゾッとしてしまった。
要するに、
「まるで、母親である私に分かってもらおう」
ということで書いたのではないか?
ということを考えれば、
「最初から、わざと私に見せようとして、ここに書き残した」
といえるだろう。
確かに、
「部屋に入ると、強硬に起こる息子であったが、母親とすれば、気になるということで、たまに、息子にバレないように、定期的に部屋に入っていたのだ」
ということであった。
つまりは、
「部屋に母親が入ってくるということなど、最初から分かり切っていることであり、むしろ、母親に、何かを知らせたい。しかも、母親が気づかないうちにそれを知らしめたい」
ということを考えた時、これ以上のうまい方法はないということである。
陽介少年が自分のことを、
「俺は天才だ」
といっていたことが、こういう時に証明されたようで、母親は恐ろしくなるのであった。
「息子のことが本当に天才だ」
というのは、母親としては、
「そう思ってあげたい」
というところなのだろうが、母親以外の自分としては、
「決して、許容できるところではない」
ということであった。
母親は、あくまでも、
「自分中心の性格」
ということだった。
息子が勉強をしないからといって、
「勉強しなさい」
とあまり強くは言わなかった。
「先生に言われたから」
ということで、形式的にいうだけだったのだ。
というのも、母親としては、
「自分が目立ちたい」
というところが強かった。
といっても、
「輪の中心にいたい」
というわけではなく、まわりからちやほやされたいという気持ちが強いのだ。
何かの実績があって、それに対して、
「えらい」
とか、
「かしこい」
とか言われたいのだ。
もちろん、お世辞ではなく、
「実績に伴っていないと、満足できるものではない」
ということで、逆にいえば、
「満足したいから、ちやほやされたい」
つまりは、
「自己満足であっても、それでいい」
ということであった。
そもそも、
「自分が満足もできないのに、人に誇れるわけもなく、ちやほやもしてくれないに違いない」
ということである。
母親がそれを感じたのは、ちょうど今の息子と同じ小学校6年生の時のことで、クラスで同級生が、作文コンクールで、学校一の賞をもらったのを見た時、
「何なのかしら? この気持ちは」
ということで、人が賞をもらっていて、授与している校長先生も、まわりも、何の疑いもなく、もらっている生徒を称えている。
母親はその光景を見て。
「なんで、皆そんなに自分のことでもないのに、人がもらっている賞に対して、喜べるのか?」
と感じたのだ。
「私は悔しくて仕方がない」
と思ったのだが、その気持ちがどこからきているのかが分からなかった。
「どうして、悔しいんだろう?」
ということである。
賞品自体がうらやましいわけではなく、それよりも、
「まわりからちやほやされる」
ということだった。
それが嫉妬に繋がり、挑戦しなかった自分が、情けないとも思うくらいで、それを感じると、
「ノミネートに立候補しなかった自分が悪い」
ということだが、
「どうして、こんなに悔しい思いをするのであれば、最初から立候補しなかったんだ?」
という思いにつながるわけであり、
「後の祭り」
であるはずなのに、それを最初から考えなかった自分に後悔するのであった。
「中学になれば、似たようなものはいっぱいあるだろうから、その時は、自分から立候補しよう」
と考えるのであった。
そして、中学校に入ると、その学校では、まず、新入生の弁論大会のようなものがあった。
この学校は、弁論大会に力を入れているのか、飽きの文化祭シーズンになると、また今度は、全学年による弁論大会があるようで、それに決勝戦まで進めば、市のコンクールにノミネートできることになっているようだった。最終的には、県のコンクールがあるようで、それを目指している生徒もいるようだった。
勉強は好きだったが、そういうコンクールというものには、興味はなかった。ただ、
「人がもらっているものを自分もほしい」
という少し欲張りな気持ちから、最初の弁論大会に出場しようと思ったのだった。
「クラスから何人出てもいい」
ということであったが、それでも、基準というものはあり、いちおぅ言われているのは、
「3人まで」
ということであった。
だから、
「必ず一クラスから一人は出ないといけない」
などというルールはなかった。
さすがに、ノミネート者が2,3名だと寂しすぎるので、その時は、担任が募集するということになっていたようだが、そうでもなければ、学校側から、生徒の方に、
「出てくれないか?」
などということはなかった。
そういう意味では比較的、自由が学校だということで、それはそれでありがたいことであった。
陽介は、
「しょせん、一年生の中でなら、楽に優勝できるのではないか?」
と思っていたが、
「そうは問屋が卸さない」
ということで、実際に出場してみると、入賞すらできなかった。
「そんなバカな?」
と思ったのは、
「演台の上にいる時、別に緊張もしなかったんだけどな」
と思ったことだった。
自己採点でも、余裕でこなせたはずだと思っていて。他の人と比較しても、そこまでひどくはなかったのだ。
そこで、放送部の人にその時の映像を見せてもらったのだが、
「これじゃあ」
と自分でも思うほどだった。
想像しているよりも、緊張しているのがハッキリと分かる。声は上ずっていて、なぜか、アクセントが、どこかの田舎の方言だったのだ。
「俺って、こんなに、舞台に上がると違うんだ」
と思い知った。
それにより、
「少し、弁論大会から遠ざかってみようかな?」
と思ったのだった。
知らない人が見れば、
「逃げに走ったのか?」
と思われるかも知れないが、実際にはそんなことはない。
というよりも、
「もし、まわりがそんなことを気にしていると感じるのであれば、それは、おこがましいというものであり、自分が思っているほど、まわりは、私のことなど気にしているということはないだろう」
ということであった。
遠ざかったみたいと思ったのは、弁論大会における原稿を考えている時、ふと感じたことであった。
それがどういうことなのかというと、
「原稿を書いていて、小学生の頃の作文であれば、まったく思いつかなかったようなことが、原稿というものだと思うと、結構次から次に、発想が生まれてくるのだった」
ということであった。
内容としても、着想からすぐに思い浮かんだことで、原稿もスラスラと言葉が出てきて、あっというまに、原稿ができたのだった。
先生から、
「これくらいの時間での演説だったら、これくらいの分量でいいよ」
といわれていた。
だから、それに沿って書けたのも、よかったのかも知れない。
しかし、それでも最初は、
「枚数ならいざ知らず、文字数までも限定されてしまうと、緊張して書けないかも知れないな」
と思ったにもかかわらず、想像していたよりも、スムーズに書けたということで、自分でも安心したのであった。
小学生の頃の作文というものが、どれほどのものであったのか、自分でもよく分からなかったが、実際に当時を思い出して比較して見ると、結構分かってきたものだった。
「やはり、最初のとっかかりからして違った。小学生の頃は、なかなか思い浮かばない。なぜなのかと思って考えてみると、どうやら、題材が曖昧なものだからではないだろうか?」
というのも、たとえば、
「小学生の遠足」
というようなもので、しかも、それを、授業だからということで、
「学校から押し付けられた」
という感覚になっていたが、弁論大会というのは、別に皆が出なければいけないものではなく、自分で立候補したものだったのだ。
確かにプレッシャーは感じるが、同時に、
「自由にやればいい」
という思いもある。
それはきっと、
「自分から立候補した」
ということで、自由でありながら、
「自分で課したノルマ」
だということをわきまえているからだろう。
そう思うと、発想の中では、
「自由」
ということが頭をもたげてくるのだろう。
そう思うと、
「まるで小説家にでもなったかのようだ」
と感じ、それが、自分に余裕のようなものを感じさせたのだろう。
その思いがあったから、
「演台の上で緊張することなどない」
と思えたのだ。
しかし、じっさいに やってみると、想像よりも最低であった。
「やはり、舞台の上は似合わないかも?」
と感じたことで、
「じゃあ、裏方というか、原稿を書く方が向いているとして、小説家か、脚本家などのような、作品をクリエイトする方に進む方がいいかも知れない」
と思ったのだ。
どうしてそう思ったのかというと、
「モノづくりというものに、以前から興味があった」
ということである。
ただ、芸術的なことには疎いのだと自分で思っていたからで、小学校での教科として、
「図工」
「音楽」
などというものは、小学3年生の頃からすでに、見切りをつけていた。
図工は、遠近感や、立体感が致命的に欠如していると思っていた。その理由を、
「錯覚を含めて、素直にしか見ることができないからだ」
と思っていた。
それは決していい意味ではなく、悪い意味だというのは、自分の中でも明らかなことだと考えていたのだった。
算数や理科などの主要科目であれば、
「問いに対して答えは決まっている」
ということで、
「すぐに出てくる答えを、いかに早く正確に見つけるか?」
というものを学問だと思い、
「いずれは、それが受験勉強に繋がってくるのだ」
と思うのだった。
実際に、小学生で、
「お受験」
というものはしなかったが、もししていれば、うぬぼれかも知れないが、合格していたかも知れない。
何といっても、合格した後の、
「未来予想図」
まで自分の中にできていたのだから、
「合格できる学校は結構あっただろう」
と自分のレベルを考えれば分かっていることであった。
だが、実際には、
「本当に、中学受験をしていいのだろうか?」
と思うと、
「中学時代までは、皆と同じ方がいいかも知れない」
と感じたのだ。
「焦って、いい学校に行く必要もない」
と思い。そもそも、
「いい学校というのは何なんだ?」
ということであった。
それが分かっていないのに、中学から、進学校に行く必要はないと感じたのだ。親は、受験しないというと、意外そうな顔をしていたが、本心は、学費が必要以上にいらないのがありがたいということが、本音だったであろう。
それを思うと、
「まあ、親孝行だわ」
とも思うのだった。
だから、弁論大会に出るまでは、小学3年生の頃に自分なりに覚醒したと思うようになってから、
「すべてが思い通りになっている」
と思っていたのに、中学で初めて挫折した。
弁論大会で優勝できなかったことだが、そのわりに、ショックが少ない。それだけ、
「原稿を書けるようになったのが、うれしかったということであろう」
ということであった。
さっそく、自分でも小説を書くようになった。
その時思い出したのが、
「小学6年生の時に、メモとして書き残した殺人計画メモ」
というものであった。
あれば、正直、
「大人げない」
と思ったが、
「母親に対しての警告」
ということであった。
その頃の母親は、自分にかなり遠慮していて、父親の
「堅物のような性格」
にうんざりしているようだった。
そして、子供と夫の間の板挟みになっていると勝手に思い込んでいたように思う。
それなのに、
「こんなメモを残して母親をびっくりさせるとはどういうことなのか?」
と皆は思うだろうが。息子としては、
「少し脅かすくらいの方がいい」
と思ったのだ。
今のまま、一人で内にこもってしまうと、にっちもさっちもいかなくなる」
ということで、少し刺激を与える必要があると感じたのだ。
「少しやりすぎか?」
とも思ったが、
「もし母親が何も言ってこなければ、こちらから余計なことを言わなくてもいい」
と思ったのだ。
ただの、精神的な刺激だと思っていたからである。
その殺人メモというのは、その少し前に読んだミステリーにそのヒントがあったというもので、
「相対、あるいは正対する一対の人物が住んでいる街で、そのどちらかを殺害する」
というものだったのだ。
ある意味、
「無差別殺人」
とも思えるものだが、どちらかがいなくなればいいという発想が、物語を、ゾクゾクさせるものに変えていったのだった。
それを思い出して、メモには書いた。
もちろん、自分の住んでいる街に、そんな都合のいい人がいるわけではないので、小説に書いてあったものと同じものを、それこそ、
「メモとして」
書き残しただけのことだった。
まさか、
「あの教養のないくせに、自分が見ないものは、低俗なものだ」
と勝手に決めつけていることから、
「どうせ見ても分からないだろうし、低俗なものとしてしょせんは片付けることになるんだろうな」
と思ったのだった。
それを考えると、陽介は、少し図に乗って、
「中学に入れば、自分でも、ミステリーを書いてみようかな?」
とは思っていたのだ。
それが、
「弁論大会での原稿書き」
ということとリンクすることで、
「自分の中の興味が増幅されていき、ミステリーをこれからも書いていきたい」
と思うようになったのだ。
さすがに、最初から、本格派ミステリーは難しいと思ったのだが、いろいろなアイデアは、結構たくさん出てきたのだった。
その中で、ヒントになったのが、小学生の頃に書いた、
「殺人計画メモ」
というものだった。
あれは、
「一対のどちらかが被害者」
ということで、これは、一つの、
「犯罪のかく乱」
ということが主目的であったが、陽介が考えていると、別の発想が生まれてきた。
それを考えると、
「俺が、小学1年生の頃に、自分で自分のことを天才だといっていたのを思い出して、それがまんざらでもなかったのではないか?」
と感じるようになったのだ。
それがどういうことなのかというと、
「犯罪というものを考えると、まず最初に、完全犯罪というものを考えるだろう」
と思ったのだ。
その時の発想として、いつものごとく、陽介は、
「まったく違う方向から想像する」
ということであるが、この時に考えたのが、
「野球の投手の心理状態」
ということであった。
別に、自分が野球が好きで、ピッチャーをやったことがあるというわけではなかった。
スポーツは基本的に嫌いで、野球などは、体育の授業で、ソフトボールをしたくらいだった。
というものである。
それなのに、そんな心理状態が分かっているというのは、友達から、それらしきことを聞いて、その時は、
「ふーん」
という程度にだけ感じていたのだろうが、実際に想像してみると、イメージとしてだけは頭の奥に残ったというだけのことであろう。
というのは、
「ピッチャーってな、まずは、完全試合を目指すものなんだよ。それも、最初は、すべてのアウトを三振でとかね。だけど、最初に三振取れなければ、次は完全試合、そして、フォアボールを出せば、次はノーヒットノーランとかいう形で、どんどんその日の気持ちを切り替えるのさ。だから、最後は、勝てればいいというところに落ち着くわけで、とにかく、100から下げていく、減算法というものを考えるということになるんだよな」
ということであった。
「なるほど」
と感じた。
「減算法と加算法」
どちらも発想としてはあることだが、あいにく、陽介は、加算法の方が好きだし、性に合っているとも思っていたのだった。
しかし、学校のテストは、ある意味減算法だが、試験勉強は加算法であるといえるだろう。
それを考えると、
「勉強方法もうまくやらないと、気が付けば、すれ違ってしまい、状況を分からないまま、勉強は完璧であっても、テストは落第点ということにもなりかねない」
と感じていた。
「待てよ」
と感じたのは、弁論大会の結果だった。
自分では、
「完璧だ」
と思っていたのに、結果は、
「最悪だった」
といってもいいだろう。
これも、
「試験と、試験勉強」
ということと同じように、
「減算法と加算法」
ということが、途中ですれ違ってしまったことによって、自分で分からなくなってしまったからだろう。
それこそ、
「交わることのない平行線ではない」
ということが名実ともに分かっていることで、
「必ずどこかですれ違う」
ということを、信じて疑わないという発想からきているに違いない。
そんな中において、
「一対の無差別殺人」
という、
「殺人計画メモ」
というものを書き残したということ、
「弁論大会において、交わることのない平行線ではない」
ということ、そして、
「完全犯罪を考える」
ということで、ミステリーのネタを考えていた時に思いついた発想が、
「複数の犯罪を重ねることで、完全犯罪を成す」
ということであった。
しかし、これは普通の作家は考えないだろう。なぜなら、
「共犯者であったり、協力者をたくさん作ると、足が付きやすい」
ということであったり、
「策を弄しすぎると、こちらも足が付きやすい」
ということから、
「完全犯罪には不向き」
と考えるのだ。
しかし、まだ中学生で、今までミステリーを書いたことがない陽介少年は、
「自分を天才だ」
と小学生の頃に思ったのを思い出すと、まるで昨日のことのように感じた。
それも、
「当時も今も、学校こそ違うが、1年生であるということに変わりはない」
ということを分かっているからであった。
それだけ、頭が新鮮だということでもあり、
「アマチュアだといっても、小説家としては、まだ1年生だ」
ということも言えるのであった。
それを思うと、
「完全犯罪というのはできるのではないか?」
と感じたのだった。
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