第29話 決死の攻撃

 無駄に戦ってては駄目だ。宮坂は正面の廊下を進むことにして走り出した。みなも彼女の後を追うが巨大イカもスピードを上げ追いかけてきたくる。


 早い。十本の触腕が床と壁を這いずり巨体を前へと運んでいく。


 触腕はまるでゾウの鼻ほども太い。その筋力も凄まじいはずだ。ゾウの鼻もイカの触腕も筋肉包骨格と呼ばれ全身が筋肉でできている。ゾウはその鼻でリンゴを掴むほど繊細に操ると同時に凄まじい力で持ち上げたり締め上げたりすることも出来る。あれほど太い筋肉ならばそれも当然でありその力は人間を簡単に圧死させる。実際にゾウの鼻に捕まり死亡した事件もある。加えてイカには吸盤がついており対象に吸いつくことで固定する。


 宮坂たちは正面の廊下へ向かうがイカの触腕が伸び前森の足首を掴んできた。


「きゃあ!」

「前森!」


 転倒した彼女はイカに引き寄せられていく。すぐにライフルを構え射撃していくが致命傷になっていない。何発も命中しているのに一向に倒れる気配がない。


「てめえ!」


 近くにした花山も加勢し銃を撃つがそれでもイカの活動は止まらず他の触腕までもが前森に絡みついてしまう。先端が尖った吸盤が彼女の肉を突き刺し全身をズタズタにしていく。


「行ってー!」


 激痛が全身を襲う中、それでも彼女が叫んだのは自分のことではなく任務のことだった。自分はもう助からない。自分の命に見切りをつけ任務を優先させた。

 何本も絡まる彼女の体。それは絶望的で誰の目から見ても生還は不可能だった。


「すまん」


 花山も諦め全員で逃げる。もたついていれば触腕を伸ばされ次は自分が餌にされかねない。

 必死で逃げる。背後からは生きたまま食べられる前森の悲鳴が聞こえ悔しさに叫びたくなるのをぐっと堪える。


 仲間が一人、また一人と減っていく。分かってはいたことだが納得も慣れることも出来ない。いつだってそうだ。現実的ではなくたって全員無事で生還することを望みそれを模索している。


 その中でいつもなにかを零れ落としてきた。


 廊下はまるで迷宮のように入り組み視界も悪い。おまけにあんな化け物が徘徊している。最悪の環境だ。


「前方敵!」


 そのため敵の発見もどうしても遅くなってしまう。イカの動きはステルス性も高く視覚も聴覚も索敵にどうしても遅れてしまう。

 角を曲がり進路を変更、極力戦闘を避け進んでいく。


「後ろから追ってきてるぞ!」


 花山が叫ぶ。振り返れば巨大イカが猛スピードで追ってきていた。早い。みるみると追いついてくる。まさに化け物だ。死のモンスターが迫りくる。


 最悪だ。だが同時に希望が目に入る。天井についた電光看板、非常口と同じ白と緑でできたそれにはEXIT(出口)と書かれていた。その先には扉がある。


「もう少しで抜けられる! 頑張れ!」


 見えた。ここから抜け出せる。しかしその出口まで一本道の薄暗い廊下が続いているがまだ数十メートルはある。その間にもイカは迫りこのままでは追いつかれてしまう。


 戦闘は避けられない。けれどこのイカをどう倒す? 今の武装では火力不足だ、倒すことが出来ても全滅しかねない。


(まずい、逃げきれない!)


 宮坂の頭の中で思考が巡るがどう計算しても追いつかれると出ている。


「ここは俺がやる!」


 そう言ったのは花山だった。一人立ち止まりイカを迎え撃つ。


「勝手な真似をするな!」

「これしかねえだろ、行けぇ!」


 粗暴な態度が目立つ花山が声を荒げ宮坂たちを先へと急かす。命令に従わず、それでも彼なりにこの任務を成功させるため命を張った。


「お前らと遊べて楽しかったよ!」


 彼は背中越しにそう言った。宮坂は振り返るのを止め正面に向き直る。


「走れえ!」


 前へと進まなければならない。大切に抱えたものが指の隙間から零れ落ちていこうとも。それでも走り、前へ、前へと行かねばならない。


 花山は遠ざかっていく足音に笑みを浮かべた後ライフルをイカに向け発砲した。マズルフラッシュが廊下とイカの全容を一瞬だが明らかにしていく。命中はしているが怯む様子はない。痛覚がないのか体が動かなくなるまで捕食するつもりだ。


 花山が持つ銃器も軍用規格の優れモノだがあいにく化け物を想定した火力じゃない。人間ならともかく巨大なイカを倒すにはなにもかも足りていない。


 その不足を補うならば、それは武器ではなく使い手だ。武器にはないもの、それは頭脳と心。答えをはじき出す頭とそれを可能にする決死の覚悟。


「よう、バーベキューは好きか?」


 花山は手榴弾を持つと安全ピンを抜いた。


 イカは触腕を花山に伸ばし捉える。何本もの触腕と何個もの吸盤が全身にくっつく。逃れられない筋力は全身を締め上げ骨を割りばしのように折っていく。激痛が体中を走り内臓までも圧迫していく。


 もはや死に体、けれどその顔は笑っていた。


「一緒にバーベキューだオラぁああ!」


 イカが口を開ける。黒いクチバシが開かれ花山は手榴弾を持った腕を伸ばしイカは花山を飲み込んでいく。


 直後、イカの内部から爆発が起きイカは肉片となって飛び散った。壁や床にくっつき目玉が転がっていく。


 追ってきていたイカは退治することが出来た。彼一人の犠牲と引き換えに。仲間の死は辛いが無駄なものは一つもない。


 それらはすべて成功のため積み上げられている。


 花山の犠牲によって宮坂たちは出口へと到達出来た。扉を開け階段を下り次の廊下へと出る。


「これは」


 その先は廊下だったが、それも手前だけの話。ここは廊下ではなく大腸の中だった。

 有機的、というよりも肉体的で腸内にいる感じだ。薄いピンク色の通路にヒダがいくつもあある。見ていて気持ちのいいものではない。


 通路自体が生きている。時折脈動しているのか動いているのも確認できる。この世界そのものが生でできておりここを通っていかなくてはならない。


 材質が変わったこと以外は廊下と同じでいくつもの曲がり角などがここからでも見えた。


「行くぞ」


 面食らうが立ち止まっているわけにもいかない。足を踏み出せば肉を踏んだやや沈む感覚がするがしっかりしている。普通に歩けそうだ。宮坂、福田、優輝は肉の通路を歩いていく。


 ここにもなにがいるか分からない。警戒しながら進む。残弾も少ない。無駄撃ちは厳禁だ。

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