第26話 真の目的とは?

『ようこそ犬會病院へ』


 病院の案内のプリントらしく大きな文字で書かれている。その下に画像付きでさまざまな事柄が説明されていた。


『ここでは最新鋭の設備と経験豊富な医療従事者が患者の治療に務めています。皆様に安心して治療に専念してもらえるよう全力で取り組んでいます』


 そう書かれた文章の隣にはまるで仮面に描かれたような満面の笑みを浮かべる医者と看護師たち。その手にはみなが一本の大腸を持ち手は血だらけだった。


『当院では入院時に私物の持ち込みはすべて禁止となっています。また面会もありません。あなたは死んだことになっています。当院では完全な治療のため原因を取り除くよう務めています。人を救うためには患部を切除しなくてはなりません。患者のままでは許されません。罪は裁かれなければなりません。裁かれなければ許されません。我々は全力で罪が許されるように務めます』

「これは」


 優輝が張り紙を見つめ足が止まっているのを見て宮坂たちも足を止める。


『治療のご案内。患者を裁きます。姿勢を楽にしてもらい横になってもらいます。麻酔は使用せず患部を刺激していきます。痛い場合は声を出してください。効果がある証拠です。これを繰り返します』


 そこには手術台の上に編み物で作られた人形が横になっていた。金髪の髪をした少女の体には待ち針がいくつも刺さっている。

 その髪の色、髪型。デフォルメされた人形ではあるが、それはとても愛羽に似ていた。


『退院時のご案内。退院はありません。罪に終わりはありません』


 それでお終い。案内の張り紙は汚染病院に影響されたものへと変わっておりその内容は本来のものとはまったく違う。


「沓名君、あまり見ない方がいいわ。精神汚染を受けるかもしれない」

「あの、これ」


 優輝は宮坂に張り紙を見せる。特に手術台の人形についてだ。


「これ、愛羽にとても似てるんです」


 そう言われて宮坂も確認する。そこに書かれている内容、他の隊員も読むがあまりの猟奇的な文章やイラストに顔を顰めていく。


「ふざけた場所だ、ほんとに病院か?」

「そもそも対象の収容場所がなぜ病院だったのか、ていうのはあるがな。特戦の所有物だとしても病院は病院、彼女に病気や怪我はなかったんだろ?」


 花山と堀口が話していく。なぜ沓名愛羽はここに運ばれた? 現実改変者は危険な存在だ。閉じ込めるにしてもそうした施設がある。犬會病院は特異戦力対策室と繋がっているフロント企業のようなものだがそれにしてもなぜ病院なのか。


「治療が目的じゃない」


 そこで宮坂が思いつく。顔を下に向け考え込む。


「治療が目的じゃないって、どういうことです? じゃあなんで愛羽はここに連れて来られたんですか?」


 優輝の問いは尤もだ。疑念は新たな疑問を生む。同時に嫌な予感が浮かんできた。


「そもそも、これが愛羽の仕業だとして、俺には理解できません。どうして愛羽がこんなことを? 病院をこんな、めちゃくちゃにして。それが自分の意図したものではない夢を見るような感覚だとしても、こんなの普通おかしいでしょう?」


 病院から逃げたい。助けて欲しい。そう思うのは不思議じゃない。そう願うのはいい。

 だが汚染病院はどうだ? 誰が病院をこんな風にしたいと思う? 誰がこんな病院を願う?

 違う。そうじゃない。


「愛羽は、ここでなにをされていたんですか?」


 優輝の疑問は確信になりつつあった。この状況、汚染病院という歪な空間を恐ろしいとはじめは思っていた。けれどこのイラストを見て気づく。


 この人形は愛羽であり、実際にされたことが書かれているのではないか、と。もしくは似たようなことをされたのではないか?

 そうするとこの汚染病院、その裏側が見えてくる。


「答えてください宮坂さん、愛羽はここでなにをされていたんだ!?」

「落ち着いて沓名君」

「答えろよ!」


 彼女に詰め寄る。絶対に言い逃れなんてさせない、真実を言うまで許さない。怒りすら浮かべた瞳で宮坂に近づいていく。


「正直に言うわ、それは私にも分からない。私の権限で分かるのは彼女が現実改変者でここに収容されたこと。それからこの汚染病院が発生するようになったことなの。本当よ」


 宮坂も正直に答える。彼女も愛羽がどうしてここに運ばれたのか、それからどう過ごしていたのかまでは知らない。けれどその事実を優輝がどう捉えるかはまた別だ。


「えっと、もしかしてですけど、その愛羽って子は」


 女性兵士の前森がつぶやく。ここにいる全員も優輝と同じ答えにたどり着いていた。


「人体実験だろ」

「!?」


 隊員の一言に優輝の体が反応する。

 予想はあった。だがそれをいざ言葉にされると感情が暴れるようだ。


「花山」

「隠してても仕方がないだろ。坊主はとっくに気づいてる、それだといろいろ腑に落ちるしな。ここは文字通りの悪夢だ、なら本人の深層心理なり心象が反映されていても不思議じゃない。怪物みたいな医者や患者が襲いかかり病院そのものはおどろおどろしい。彼女がここをそう強く思っていた証拠だ。なぜだ? そういうことだろ」

「くそ!」


 優輝は宮坂から離れるとイラストを殴りつけた。拳から痛みが伝わるがそんなのは気にしない。それから張り紙を引き剥がし丸めて廊下に叩きつけた。


「第三職員以上の閲覧制限」


 そこで宮坂がぽつりとつぶやいた。


「この汚染病院にはさらなる秘匿情報があった。その内容は私では見れなかったけど、もし愛羽さんへの人体実験がここで行われていたならそれも理解できる。厳重に隠されていたのも頷けるわね」


 あの時見た第三職員以上のライセンスを持つ者しか閲覧出来ない汚染病院の記事の続き。それが愛羽への人体実験だとするなら制限もかかる。これが本当なら上層部しか知らない計画のはず。一般にはとてもではないが公開できない内容だ。


「どうして愛羽にそんなことをした!? なんで彼女がそんな目に遭わなくちゃならないんだよ!?」


 妹は不思議な力を持っていた。それを使って人に悪さをしたこともある。だけど人体実験をされるようなことではない。こんなこと到底認められないことだ。大事な妹が現実改変者というだけで痛めつけられその心象は病院をこんな場所へと変えた。この病院を見れば分かる、それがどれだけ怖く痛ましいことだったのか。


 優輝の怒りが宮坂にぶつけられる。その怒りは当然ではあるが彼女にとっては辛いものだ。彼女は本当に善意と好意でやっているのにその彼に追及されてしまう。


「沓名君、私もそれは知らない。彼女がそうした扱いをされていたと決まったわけじゃない。仮にされてたとしても私たちは本当に知らなかったの。お願い、信じて」


 彼の怒りに悔しいがそう言うしかない。信じてもらうために彼の怒りに対して誠意で応える。


「彼女は絶対に救う。それは変わらない。そのために来たんだもの。愛羽さんに……、ひどいことをしていたのならそれは同じ組織の者として謝るわ。ごめんなさい。でも本当にそれは知らなかったの」


 宮坂は知らない。ここにいるのは言ってしまえば恩返しだ。世界を救うのも建前だ。

 彼にもう一度会って、彼の役に立ちたかった。それだけなのに。


「君に、疑われるのは辛いの……」


 目線が下がる。彼の怒りは素直に辛い。自分の気持ちが否定され引き裂かれるような痛みだ。

 その表情に優輝の顔つきも下がっていく。彼女は本当に落ち込んでいる。それが伝わり優輝も行き過ぎたと気が付いた。


「いえ」


 愛羽にひどいことをしたのは許せない。けれど彼女はそれと無関係だ。同じ特戦というだけで彼女に非はない。


「すみません、宮坂さんは悪くないのに」

「ううん、いいのよ。ごめんなさい。君の気持は分かるわ」


 優輝は反省し宮坂もそれを見てホッとする。分かってくれるだけでいい。


 宮坂は表情を引き締める。憂いはなくなった。むしろますます救助しなくてはと決意が固まった。


「行くわよ」


 部隊を進ませる。赤いライトと闇の中、宮坂たちは進んでいき見つけた階段を下りていく。

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