第25話 汚染病院、第四回攻略戦、開始――

 宮坂率いる部隊は接近するために陣形を取っていく。


 外灯の光が夜の暗がりを照らし広い敷地内は植林され奥に病棟が見えてくる。


 その正面、そこに異常存在がいた。


 宮坂が拳を持ち上げ全員止まる。優輝も足を止めそこにいる存在に緊張が走る。


 頭のない巨体。足元には一メートルを超える頭部がありその長髪を握っている。


 異常存在3、十年前に確認されたのと同じものだ。


 それは病院の正面に陣取っているためこのままでは通れない。


 宮坂たちは物陰にすぐに隠れ対象を観察する。動く気配はなくまるで用心棒のようだ。


 それを見る宮坂の目つきが鋭くなる。


「どうしますか?」


 背後から福田に聞かれ考える。戦闘は避けたいが退かさないことには進めない。


「あの位置では突入できない。時間も惜しい、倒すぞ」


 意を決めて宮坂は物陰から出る。即座に狙いを付けて引き金を引いた。


 十年前から引きずる恐怖という感情が足を引っ張る。体が引っ掛かっているようにスムーズに動かない。


 けれど負けられない。やらなければらないのだ。


 怖れを嚙み殺し上回る闘志を銃弾に宿す。


 宮坂と同時他の隊員も散開しながら発砲、異常存在を攻撃していく。


 宮坂たちの攻撃を受け巨体も反応する。痛がっているがすぐには死なない。


 服に赤い丸のシミをいくつも作りながら宮坂目掛け突進してくる。


 助走をつけながら頭を振り回し投げつけてきた。大きな口が開きむき出しの歯茎と大きな歯が彼女に迫る。


 宮坂は直前グレネードを取り出しピンを抜いていた。


 それを口に放り込みすぐに真横に回避、アスファルトの床を前転するとすぐに起き上がり銃を構える。


 爆発。巨体の頭部は頬が吹き飛び頭蓋にもかなりダメージがいっているようだ。


 巨体も動きを止めその隙にとどめを額に撃ち込んでいく。それで完全に活動を停止していった。


「ふう」


 思っている以上に精神的な負担が大きく緊張していたらしい。


 大きな息を吐いて落ち着かせる。それでもかつては逃げることしか出来なかった異常存在を倒したのだ。


 トラウマの一つ、それをこの手で葬った。


「宮坂さん」

「全員無事だな?」

「はい」

「よし」


 隊員も全員無事。このまま突入可能だ。


 宮坂は病棟を見上げる。暗闇の中聳える白い建物。これから逃げるように今までを戦ってきたというのに、自分は今からこれに再び入ろうとしている。


 逃げるのではなく終わらせるために。


 覚悟は決めてきた。ただいざ目の前にすると胸に圧迫感を覚える。


 怖い。けれど今の自分は昔とは違う。あれから多くの経験を積んだ。多くの異常を体験した。


 今回は逃げない。終わらせるッ。


「宮坂さん」

「え」


 そこへ優輝が声を掛けてきた。なにかと振り返る。


「俺、たぶんなにも出来ないんだろうけど。それでも頑張りますから。俺も死ぬ気でやる」


 彼は一緒に頑張ると言ってくれた。彼も怖いはずで武器もない。ここにいる誰よりも戦力的には弱いのに。


 なのに彼は言ってくれたのだ。気遣われたのだろうか? それを情けないと思うよりも早くに宮坂は嬉しかった。


「ええ、その意気よ」


 大人の威厳のため素直にはなれないけれど、彼の言葉は間違いなく宮坂の心を奮わせてくれた。


(君は、本当にすごい。怖がっているのに挑もうとしている。あの時もそうだった。君の勇気が私を救ってくれた)


 恐怖と絶望に包まれたあの場所でも彼は諦めなかった。その強さを再認識する。


「ありがとう。君がいてくれて心強いわ」

「そんな」

「私から離れないでね」

「はい」


 宮坂と優輝は頷き、その後ほかのメンバーに振り返る。


「突入」


 病院の正面入り口、自動扉が開き一階エントランスへと入っていく。


 みな銃器を構え広がり異常存在がいないか確認していく。


「クリア」「クリア」

「危険はなしか。ここは変わらないな」


 無人の受付。総合病院というだけあって広い。


 休憩所の設けられたソファやテレビ、自販機の配置も変わらない。普段は医療関係者や患者が多く行き交う場所だが一人もいない。


 電灯の明かりこそあるものの静けさだけが鎮座している。


「進むぞ」


 宮坂たちは暗視スコープを装着して廊下へと進んでいく。


 フロアが明るいのとは対照的に廊下には明かりがなく暗い。非常口を知らせる白と緑の光が廊下の奥に見える。


 静けさが一段と重苦しく、宮坂たちは集中して進んでいった。


 廊下を左に曲がっていく。そこで変化が現れた。


「ん?」


 宮坂の足が止まったことで全員も止まる。異常存在か? そう思ったが違うとすぐに分かった。


 廊下が、赤く照らされていた。赤いライトが廊下を照らし上部は赤いが床の部分は暗い。暗視スコープを外し肉眼で確認する。


(なんだ、これは?)


 記憶にない光景に混乱する。しかもそれだけではない。


「宮坂さん」


 部下から呼ばれ振り返る。


 すると廊下は全体が赤いライトの通路になっており今自分たちが曲がった角もなくなっていた。


 まるでワープしてきたように別の廊下になっている。


 気づかなかった。自然と別空間に移される。


『ふふふ』

「なんだ!?」


 銃口を向ける。今、どこかで子供の笑い声がした。少女の声だ。だが姿はどこにもない。


『きゃはは』『わー』『きゃー』


 時折子供たちが遊んでいる声が聞こえてくる。他にもダダダッと廊下を走る足音まで聞こえ部下たちも銃口を向けている。


「宮坂さん、これは」


 部下からの質問に、宮坂は深刻に答える。


「変化している」


 間違いなく、こんなものは十年前にはなかった。静寂の暗がりも十分不気味だがこれはなんだ。


 赤い蛍光色によって染められた廊下、時折聞こえる子供の笑い声と足音。精神汚染は現実性固定装置でなんとかなっているはずだがこれは単純に恐ろしい。


「十年前とは明らかに違う。警戒しろ、情報はもう当てにならない。前森、現在地は?」

「GPS一階エントランスから動いていません。高度も不明。現実測定値1・46です」

「高いな」


 記憶も情報も当てにならない。


 宮坂が十年で経験を積んだように汚染病院もその姿を変えている。規模は膨れ異常はより禍々しくなっている。


 これからは現場の判断で冷静に対処していかなくてはならないようだ。


「対象は地下にいる。当初の作戦通りそこを目指すぞ」


 とはいえ愛羽がいる場所までは変わっていないはず。


 彼女はここの地下に収容されたと記録にある。今もそこにいるはずだ。


 宮坂たちは廊下を進んでいく。


 もう通常時の地図もなにも頼りにならないため進みながら考えていく。廊下には病室が並び医療器具を乗せた台も置いてある。


 廊下を進み角を曲がっていくと先に異常存在が立っていた。針が刺さった看護婦だ。


 赤いライトに照らされた彼女たちは歯をカスタネットのように合わせ音を立てながら体を震わしている。


 看護婦たちは宮坂たちを見つけるなり首をぐるりと回し襲ってきた。


「ギャアアアァアア!」

「撃て!」


 四体の異常存在が襲いかかってくるのを銃撃で返り討ちにする。胴体や胴部に撃ち込んでいき無力化していく。


「クリア」


 四体の異常存在を倒す。廊下に倒れる看護婦の姿をした化け物を見下ろすが動きはない。


 後方では背後を堀口が警戒し異常存在2を考慮し天井にも銃口を向けている。


「沓名君、大丈夫?」


 宮坂は優輝に振り返える。こんな状況で彼のメンタルが心配だ。


 彼は若干上がった呼吸をなんとか落ち着かせていた。彼も必死に恐怖と戦っている。


 どれだけ覚悟を決め使命感があろうとも彼が普通の高校生であることには変わらない。


 パニックになっていないだけで本当にすごいことなのだ。


 優輝は宮坂に振り返り頷く。言葉を発する余裕もない。


 だけど意思はまだ折れていないようだ。頷くその行動に彼の意思を受け取る。


「偉いわね」


 宮坂たちはそれからも異常存在を排除しながら進んでいった。階段を見つけそこを下りていく。


 そこも赤いライトで照らされたフロアであり窓はない。治療室や診断室などの案内が廊下に並ぶ。


 六人は慎重に進んでいく。なにが起きるか分からない。


 先頭を福田、その後ろを宮坂、その背後に優輝がおり背後を他の三人が固める。


 福田は前を確認し後ろの三人は時折背後に振り返ったり天井に銃口を向けながら一時たりとも油断していない。


 突如現れる異常存在がいる以上常にクリアリングに気を遣っていく。


 そんな中優輝はふと廊下に貼ってある張り紙に気が付いた。そこには犬會病院の案内が貼ってある。それがふと気になり目に入った。


『ようこそ犬會病院へ』


 病院の案内のプリントらしく大きな文字で書かれている。


 その下に画像付きでさまざまな事柄が説明されていた。


『ここでは最新鋭の設備と経験豊富な医療従事者が患者の治療に務めています。皆様に安心して治療に専念してもらえるよう全力で取り組んでいます』


 そう書かれた文章の隣にはまるで仮面に描かれたような満面の笑みを浮かべる医者と看護師たち。


 その手にはみなが一本の大腸を持ち手は血だらけだった。


『当院では入院時に私物の持ち込みはすべて禁止となっています。また面会もありません。あなたは死んだことになっています。当院では完全な治療のため原因を取り除くよう務めています。人を救うためには患部を切除しなくてはなりません。患者のままでは許されません。罪は裁かれなければなりません。裁かれなければ許されません。我々は全力で罪が許されるように務めます』

「これは」


 優輝が張り紙を見つめ足が止まっているのを見て宮坂たちも足を止める。


『治療のご案内。患者を裁きます。姿勢を楽にしてもらい横になってもらいます。麻酔は使用せず患部を刺激していきます。痛い場合は声を出してください。効果がある証拠です。これを繰り返します』


 そこには手術台の上に編み物で作られた人形が横になっていた。金髪の髪をした少女の体には待ち針がいくつも刺さっている。


 その髪の色、髪型。デフォルメされた人形ではあるが、それはとても愛羽に似ていた。


『退院時のご案内。退院はありません。罪に終わりはありません』


 それでお終い。案内の張り紙は汚染病院に影響されたものへと変わっておりその内容は本来のものとはまったく違う。


「沓名君、あまり見ない方がいいわ。精神汚染を受けるかもしれない」

「あの、これ」


 優輝は宮坂に張り紙を見せる。特に手術台の人形についてだ。


「これ、愛羽にとても似てるんです」


 そう言われて宮坂も確認する。


 そこに書かれている内容、他の隊員も読むがあまりの猟奇的な文章やイラストに顔を顰めていく。


「ふざけた場所だ、ほんとに病院か?」


「そもそも対象の収容場所がなぜ病院だったのか、ていうのはあるがな。特戦の所有物だとしても病院は病院、彼女に病気や怪我はなかったんだろ?」


 花山と堀口が話していく。なぜ沓名愛羽はここに運ばれた? 現実改変者は危険な存在だ。


 閉じ込めるにしてもそうした施設がある。


 犬會病院は特異戦力対策室と繋がっているフロント企業のようなものだがそれにしてもなぜ病院なのか。


「治療が目的じゃない」


 そこで宮坂が思いつく。顔を下に向け考え込む。

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