第24話 汚染拡大

「どうだ堀口、競うか?」

「不謹慎なこと言うな! 元民間人だぞ」

「ゾンビとなにが違うんだよ」


 迫りくる異常存在たちを返り討ちにしていく。道路や歩道に人が倒れていく中車は進んでいき宮坂も窓から身を乗り出し前方の敵を拳銃で倒していく。


「汚染病院、回数を増すごとに汚染領域が広がっていくとのことですが、まさか病院の外にまで出るとは正直驚きです」

「ああ。いつになく広い。もしかしたら指数関数的に増えるのかもしれない」

「だとしたらまずいな。次は町を飲み込むかもしれないぞ」

「汚染病院は今回でケリを付ける!」


 そうして車は犬會病院に到着した。敷地内に入り車を止める。時刻はもう夜であり夕日がほとんど地平線の向こうへ沈んでいく。


「なんとか乗り切れたな」

「報告書じゃ奴らはまた起き上がってくる。油断するなよ」

「下りろ、汚染病院に突入するぞ。それとすぐにげんこつ(現実性固定装置の愛称)を付けろ、ここはもう高現実下だ」

「着替えます」


 みな車を下りていく。それで各々準備に取り掛かる。


「花山。……ちなみに八人だ」

「ハッ。俺は十三人だぜ?」


 運転手の福田はシャツなどを抜いでいきトランクにある戦闘服に着替え装備を整えていく。宮坂も同じでスーツを脱ぐ。白いシャツの上から弾倉やナイフが装備されているチョッキを羽織っていった。

 着替えていく宮坂に女性兵士でボブの髪型をした前森が近づいていく。


「宮坂先輩、特戦の動きですがまずは汚染病院の領域に封鎖線を敷くそうです。これほどの規模ですので遅れています」

「分かった。こちらとしては好都合だな、特戦よりも早くに到達するぞ」


 その間他の隊員は周囲の警戒をし沓名も大人しく待っている。全員アサルトライフルなどを肩に回しチョッキを着込んでいる。さらに腰には黒くて長方形の装置を付けていた。メーターのついたトランスシーバーほどの大きさだ。これがげんこつであり現実改変による汚染から守ってくれる。これを付けていれば急性妊娠口腔症や精神汚染になることはない。


「携帯式のげんこつ、間に合ってよかったですね」

「ああ、完成したのは最近だからな。とはいえ固定式よりも出力は落ちている、過信するなよ」

「はい」


 それで各々の準備が整った。


「各員準備できたな」


 一か所に皆集まる。沓名を除いた全員が武装しており宮坂だけシャツやパンツの上からの装備だがとても様になっている。長い髪を垂らし銃を持つ姿はかっこよく見えた。


「あの」


 様子を伺っていた沓名は思い切って聞いてみる。聞くタイミングがなかなかないが聞くなら今しかない。


「うん。沓名君、君は今から私たちと一緒にこの病院に入ってもらう。愛羽さんを救うためにね」


 宮坂も説明を省こうとは思わない。突入前にすべきことだ。


「ここは汚染病院、君の知ってる現実とは違う。まるで他人が見ている夢に迷い込んだような状態なの」

「違う現実?」

「理解出来なくてもいいわ。ただ知って欲しいのはその夢を見ているのは君の妹。君は愛羽さんが見ている悪夢の中にいる。この悪夢を終わらせるためには愛羽さんを助けないといけない。彼女が助けを求めた君じゃなければならないの。そのために私たちは来た。この悪夢はいずれこの町を、もしかしたら国まで覆うかもしれない。そうなれば基準現実は崩壊する。悪夢が本当の現実になってしまう。沓名君。この先にはさっきみたいな化け物みたいなのが出てくる。私たちの中でも誰かは命を落とすかもしれない。それくらい危険な場所。でも君が必要なの。お願い、一緒に来てくれる?」


 正面に立つ赤髪の女性。彼女からの真剣な願い。その内容はおとぎ話のように突拍子のないもので普通なら理解や納得なんて望めない。

 けれど沓名は違った。


「大丈夫です、行きます」


 その瞳は怯えや恐怖に折れることなく真っすぐと彼女を見つめ返していた。


「宮坂さんの言っていること、たぶん分かります。愛羽には昔から不思議な力があった。これが愛羽の見ている悪夢ならそのせいだ。それをなんとかするのは俺の役目で、俺がした約束なんです。だから、行きます」


 昔交わした母との約束を守るため。大切な妹を救うため。優輝は変わらずにその意思を押し通す。


「さすがね」


 それは知っている情報通りだ。報告書にあった通り。なにより宮坂の記憶にある彼と変わらない。


(やっぱり、君だね)


 思い出と変わらない彼に喜びを覚えて、湧き上がる思いを胸にしまい戦意の仮面を被る。


「聞いたなお前ら。作戦は分かっているだろうが我々の目的は彼を無事に連れて愛羽氏と再会させること、彼女の救出となる。彼女は現在地下にいることが分かっている。そこを目指し進んでいく。異常存在に気を付けろ。また異常現象はげんこつで防げるはずだが過信はするな、携帯式は出力が低い。地下に近づくにつれ高現実になっていくことが予想される、その時どこまで防げるかは未知数だ。油断せず、過信せず、世界を救うぞ」

「「「「了解!」」」」


 部下四名の声が重なる。彼らもこうした現場は初めてではない。精鋭としての覚悟と矜持でこの高難易度異常事象に挑んでいく。


(待ってろよ、愛羽!)


 それは優輝も同じ。彼女を救うために作られた救世主。この世界に生まれ出てするのは一つだけ。


 宮坂率いる部隊は接近するために陣形を取っていく。外灯の光が夜の暗がりを照らし広い敷地内は植林され奥に病棟が見えてくる。


「待て」


 その正面、そこに早速異常存在がいた。


 宮坂が拳を持ち上げ全員止まる。優輝も足を止めそこにいる存在に緊張が走る。

 頭のない巨体。足元には一メートルを超える頭部がありその長髪を握っている。異常存在3、十年前に確認されたのと同じものだ。それは病院の正面に陣取っているためこのままでは通れない。


 宮坂たちは物陰にすぐに隠れ対象を観察する。動く気配はなくまるで用心棒のようだ。


 それを見る宮坂の目つきが鋭くなる。


「どうしますか?」


 背後から福田に聞かれ考える。戦闘は避けたいが退かさないことには進めない。


「あの位置では突入できない。時間も惜しい、倒すぞ」


 意を決めて宮坂は物陰から出る。即座に狙いを付けて引き金を引いた。

 十年前から引きずる恐怖という感情が足を引っ張る。体が引っ掛かっているようにスムーズに動かない。


 けれど負けられない。やらなければらないのだ。


 怖れを嚙み殺し上回る闘志を銃弾に宿す。宮坂と同時他の隊員も散開しながら発砲、異常存在を攻撃していく。


 宮坂たちの攻撃を受け巨体も反応する。痛がっているがすぐには死なない。服に赤い丸のシミをいくつも作りながら宮坂目掛け突進してくる。助走をつけながら頭を振り回し投げつけてきた。大きな口がむき出しの歯茎と大きな歯を見せ彼女に迫る。


 宮坂は直前グレネードを取り出しピンを抜いていた。それを口に放り込みすぐに真横に回避、アスファルトの床を前転するとすぐに起き上がり銃を構える。


 直後爆発。巨体の頭部は頬が吹き飛び頭蓋にもかなりダメージがいっているようだ。巨体も動きを止めその隙にとどめを額に撃ち込んでいく。それで完全に活動を停止していった。


「ふう」


 思っている以上に精神的な負担が大きい。緊張している心を大きな息を吐いて落ち着かせる。それでもかつては逃げることしか出来なかった異常存在を倒したのだ。

 トラウマの一つ、それをこの手で葬った。


「宮坂さん」

「全員無事だな?」

「はい」

「よし」


 隊員も全員無事。このまま突入可能だ。


 宮坂は病棟を見上げる。暗闇の中聳える白い建物。これから逃げるように今までを戦ってきたというのに、今度は入ろうとしている。逃げるのではなく終わらせるために。


 かつての恐怖が思い返される。PTSDという呪いは今も宮坂の胸を抉ってくる。


 しかし、ここにはそれ以上に心を奮わせる希望があった。

 彼女は振り返りそれを見る。


(沓名君)


 かつて自分を救ってくれた人。初めての恋人。もしかしたらもう会えないのではないか、そんな風に思ったこともある。


 その彼が、目の前にいるのだ。


 奮わないはずがない。やる気が燃えないわけがない。


 この作戦は今までの集大成。沓名優輝という少年にもらった命、これまで重ねてきた経験。すべてはこの時のためにあったんだと断言できる。

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