第23話 再会

 愛羽のことだけでも混乱しているというのに状況はさらに訳の分からないことになっている。


 車は走り出し混乱している優輝を察してか助手席から宮坂が声を掛けてくれた。


「いきなりこんな状況で怖いわよね、ごめんなさい。でも緊張しなくていいわ。さっきも言ったけどここにいるのはみんな君の味方だから」

「そうは言ってもビビるだろ、高校生なんだろ?」

「そうか? 俺ならテンション上がるけどな」

「ヤクザ相手にエアガン撃ち込んで遊んでたお前はそうだろうな」

「ちょっと! 対象が怯えるでしょ」

「悪いな坊主。なに、こいつがお前を狙うことはないよ。触ってみるか?」

「花山さん!」

「お前ら静かにしろ!」


 隣に座っている男性、花山という男はかなりやんちゃらしく叱られても平然としている。彼を叱ったのは後部座席にいるボブヘアーの女性兵士で宮坂と同い年くらいだ。その隣には男性の兵士が座っている。陽気な会話もあるがみなオーラがすごい。戦場は経験済み、そんな余裕と凄みを併せ持っている。


「沓名君、こいつらのことは気にしなくていいわ。それにしてたって困惑してるだろうし。無理もないわ。君は知らないことが多すぎる。味方もいなかった。それでなんとかしろなんて無理な話よ」


 なにがなんだか分からないが見知らない人たちに囲まれている中彼女だけが心の支えになっている。人見知りというわけではないが頼れる大人は今のところ約束すると言ってくれた彼女だけだ。


「でも今回は私たちがいる。君は一人じゃないわ」

「えっと、ここにいる人たちが味方だというのは分かったんですけど、そもそも味方ってなんですか? 敵がいるんですか? それが愛羽とどう関係が?」

「そうね、それを説明しないといけないんだけど」


 不安や混乱を取り除こうとしてくれているのは分かる。だがそもそもの説明をしてもらえなければ収まるものも収まらない。それで優輝は聞くのだが宮坂は難しそうに口を濁す。


「実を言うとかなり突飛な話なの。複雑でね。私たちが今向かってる犬會病院、愛羽さんがいる場所でもあるその病院は、表現が難しいんだけど……いわゆる異常事態というか」

「宮坂さん」

「なに?」


 どう説明したものか、そんな時宮坂に運転手の青年が声を掛ける。


「静か過ぎます」


 彼の一言に宮坂が正面を見渡した。目つきは鋭く町を睨みつけるがそこには歩行者も車も走っていない。夕暮れの大通り、あまりにも静かだ。

 不穏な空気が漂っていく。


「病院との距離は?」

「約五百メートル。もうすぐ着きます」


 まるで無人の町を走っていく。おかしい。たまたま、というレベルでは説明がつかない。

 異常だ。


「あそこ」


 そこで大きな交差点を曲がっていくが、そこでようやく歩行者がいるのに気が付いた。中年の男性でスーツを着ている。髪は薄く腹も出ている。仕事帰りのサラリーマンのようだ。


 しかし様子がおかしい。その表情は苦しそうで、交差点前に立っているのだがよろよろと道路に歩き出してきた。慌ててブレーキを踏み込み体が前に持っていかれる。


「ちぃ! どこに目ぇ付けてんだ!」

「福田、待て!」


 信号は赤なのを無視してとぼとぼと歩き、車の正面で足を止める。表情はかなり苦しそうだ。


「どうしたんです?」


 前の様子が気になり優輝も前を見る。隣にいる花山も正面の男を注視し、後部座席の二人はこの位置では見れないと見切りをつけて左右と背後を警戒している。


「おえ」


 男性は体を九の字に曲げえずいている。


「おえええ、お、おえええ!」


 異様な光景だ。その姿から目が離せない。

 中年の腹の膨らみが上ってくる。それは喉に達すると喉が二倍にも膨れ上がり男は喉を指で引っ掻いている。


「んんんん!」


 喉が詰まっているのか声を出すことも出来ず涙と鼻水を出しながらもがく。顎は外れ口は裂け中から黒い脚が飛び出してきた。


 男は道路に倒れ起きることはない。そんな男性の中から必死になにかが出ようとしている。


「なんだ、あれ」


 脚は外の世界へ出ようともがき頭が出てくる。それから全身がぬるりと飛び出した。

 優輝はじめここにいる者が息を飲む。そのおぞましさが眼球と鼓膜を突いてきた。


「オギャー! オギャア!」


 産声を挙げるのは赤ん坊、の顔をした巨大な蚊だった。生まれたばかりで翅はまだしわくちゃで全身よだれ塗れの人間の赤ん坊の顔をした蚊は一人声を叫び続けていた。


 その光景、理解がまったく出来ない。今までのこと、愛羽のことや銃器を持っている人々に囲まれていること、これだって相当異常だがこの光景はそれらをすべて吹き飛ばした。声が出ない。理解が出来ない。ただ全身をとてつもない嫌悪感が蝕んでくる。


 なんだ、あれは? まるで吐き気を覚える。人の口から虫が生まれてきた、その気持ち悪さに本当に吐きそうだ。


「う」


 慌てて口に手を当てた。


「なんだよこれ、異常現象だろ。汚染病院にはまだ距離があるだろ!?」

「汚染領域がここまで広がっている」

「そんなことより沓名君が出現してまだ十数分だろ、どうして妊娠症を発症している?」


 隣に座る花山と運転手の福田が話している。想定外の出来事に彼らも困惑しているようでそれは宮坂も同様だ。異常事態のさらなる異常。それが今目の前で起きているのだ。


「宮坂さん、当初の想定していた事態と違います。引き返しますか?」

「するわけないだろ、進め!」

「了解ッ」


 福田はアクセルを踏み前進する。生まれた赤ん坊は母体である男性の遺体に針を突き刺し吸血していた。


「ここら一帯はすでに汚染病院領域内だ、戦闘態勢! 警戒を厳としろ!」


 宮坂の指示に花山や後部座席の二人も銃を構え窓を見る。いつ得体の知れないものに襲われるか分からない。


「なにが起きてるんですか? 説明してください、宮坂さん!」


 だが一番分からないのは沓名の方だ。いきなりこんなことになって本当に混乱してしまう。それでも彼は冷静だ、普通ならもっと取り乱している場面だ。


 その質問に宮坂は拳銃を抜き周囲を警戒している。


「見ての通り異常現象よ。いきなりのことで理解出来ないでしょうけど君は巻き込まれたの。汚染病院と呼ばれる悪夢にね」


 彼女の簡潔な答えに唖然となる。それは常識を逸脱したものだが真実だ。

 ここはすでに汚染病院。汚染された現実だ。車の速度は法定速度を超えこの中心地へと向かっていく。


「四時の方向! 異常存在!」

「なに?」

「なんだあれ」


 後部座席右側にいる男性兵士の堀口が報告する。振り向いてみるとそこには三十代ほどのサラリーマンの男性、二十代ほどのОLが町を徘徊している。


 その全身には巨大な注射針がいくつも突き刺さっていた。体を貫通したそれは道路に達し引っ掻くように歩いている。生きているはずがない。あの大怪我で無事なはずがなくそれでも彼らはゆっくりと歩いていた。

 それが宮坂たちの車を見つけると一様に追いかけてきた!


「こちらに向かってきます!」

「こいつら今までどこに」

「応戦しろ」

「いいんですね?」


 宮坂の決定に運転手の福田が確認を取る。彼らは異常存在だが元は民間人だ。それを撃つことの意味は決して軽くない。

 けれど自分たちには目的がある。そのために宮坂は決断した。


「構わん。もう……彼らは人じゃない」


 軽視しているわけではないが目的達成のためには仕方がない。そのために突き進む決意を通すだけだ。


「福田、速度を上げろ。前森、お前は特戦の傍受!」

「やってます!」

「坊主、場所変わってくれ」

「は、はい!」


 後部座席の堀口が右側なので花山が左に移る。窓を開け銃身を外に出す。見れば車を追いかけ四方から針が突き刺さった人々が襲いかかっていた。背後だけでなく歩道からも現れ正面にも道路を走って何体もの異常存在がやってくる。

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