最終章 それぞれの思い

第22話  四回目

 手を伸ばす。守りたい背中を押すために。それで自分がどうなるかなんて考えもしなかった。


 ただ守る。その一心だけでこの身は動き、彼女を救う存在になろうとしていた。

 自分は立派な兄だったのか? 彼女を本当の意味で救えたのか?

 急激に近づいてくる光の中で声が聞こえてきた。


『たすけて』


 聞こえる、少女の声が。


『たすけて』


 この痛みから助け出して欲しいと。

 それは他ならぬ、愛羽の声だった。


『たすけて兄さん!』

「ハ――」


 深い意識の底から叩き起こされるように沓名優輝は目を覚ました。起きてすぐ胸の奥に強い思いがあるのが分かる。熱いほどの使命感、同時に現状に対する強烈な違和感だ。


「……生きてる?」


 それが不思議でならない。なぜ自分は生きている? 愛羽を庇ってトラックに轢かれたはず。


 疑問を解消するため愛羽を探すも家にはおらず途方に暮れるが、そんな優輝に追い打ちするようにテレビが一人でに点いた。さらには愛羽が病院におり助けを求めているとニュースになっている。


「なんだよこれ」


 一人でに点くテレビという不自然さ、なによりその内容に混乱している頭がさらに圧迫される。いったいなにが起きている? なにも分からない。


 だけど、迷っている暇なんてなかった。


 すぐに家を出て自分の自転車にまたがる。犬會大学の病院といえばこの町一番の病院だ。どうして愛羽がその病院に? 事故にでも遭ったのか? 嫌な予感が胸をかき混ぜる。


 優輝は敷地から出て道路を走っていった。


「すみません、沓名優輝さんですよね!?」

「え?」


 そこへ声が掛けられる。


 普通のキャッチとかなら無視して行くところだが名前を呼ばれては止まってしまう。いったい誰だろうか?


 振り返った先には道路を挟んだ向かい側、そこには黒いバンが停められ隣には黒いスーツとパンツを履いた女性が立っていた。左右を確認しつつ小走りで近づいてくる。後ろで一本に束ねられた赤い髪が揺れている。


 彼女は優輝の前に立つとサングラスを外した。


 綺麗な大人の女性だ。スラっとした体型とスーツの着こなしが合っている。目や鼻筋もすっきりしており美人だ。断言するがこんな知り合いはいない。ますますなぜ自分を呼び止めたのか疑問に思えてくる。


「急いでいるところごめんなさい、私はこういう者よ」


 名刺を渡される。受け取るとそこには『宮坂葵』と書かれていた。だがどこに所属しているのか、なにをしている人なのかは載っていない。


「あの、俺になにが」

「あなたの妹、愛羽さんについてよ」

「愛羽が!? 愛羽がどうなってるのか知ってるんですか?」


 愛羽とは連絡が付かない。状況が分からない優輝にとって藁にも縋る思いだ。それにわざわざ自分を尋ねに来ていることも嫌な予感を増大させる。


「それについてなんだけどここではちょっとね、車中で話すわ。ついてきてくれないかしら?」


 彼女からの誘いに一瞬戸惑ってしまう。愛羽や自分のことを知っている。危険な予感がないわけではない。


 まさか愛羽の不思議な力がバレた? それで自分たちが狙われている?

 優輝は警戒するがそれは目の前の女性、宮坂にも伝わったようでその表情が少しだけ悲しそうに俯く。


「ごめん、警戒するよね。でも約束する。私は君と愛羽さんを再会させるためにここに来たの。それは絶対に達成させるわ、たとえ命に替えてもね」


 しかしすぐに顔色を変え優輝を見つめる。その瞳には強い意思があった。真っすぐと見つめる純真な眼差し。そこには嘘があるなんて思えなかった。

 なにより今は情報が欲しい。リスク承知で乗るしかない。


「分かりました」

「ありがとう」


 優輝の答えに微笑えむ。彼女は不思議と初対面の感じがしない。そんな印象を抱いた。

 優輝は自転車を片付け宮坂と合流する。それから一緒に道路を渡った。


「安心して。私たちは味方よ。あなたと愛羽さんを再会させる、そのために来たの」


 そう言う彼女の後ろ姿は力強くてビシッとしている。自分とほとんど背丈は変わらないのにその姿は凛としていて華奢なのに猛者という感じが伝わってくる。その姿に少し緊張してしまった。


 なにがなんだか分からず混乱気味に彼女の後をついていく。これからなにをするのか、そう思っているとバンの扉を開けられ中を見る。


「え」


 窓が黒塗りなので分からなかったがそこには戦闘服を着込んだ男女が座っていた。しかも武装しているのだ。銃器を肩から下げ両手で抱えている。体中に弾倉や機器などが装着されており今から戦場にでも行くかのようだ。


「あの」


 そのあまりの姿に面食らってしまう。どう考えても普通じゃない。


「沓名君、大丈夫。乗り込んでちょうだい」


 躊躇うが宮坂からそう言われしぶしぶ乗り込んだ。真ん中に一人、後部座席に二人、運転席に一人。宮坂は助手席に入り込んでいくので必然優輝はは真ん中の席になる。運転手は外から見られるからか私服でジーパンに黒のボタンをした白のシャツを着ておりなかなかにハンサムだ。


「出してちょうだい」

「はい」


 宮坂が指示を出し運転手がエンジンをかける。知らない大人たち、しかも銃を持っている人たちに囲まれ萎縮してしまう。


(なんだこれ、なんなんだよこれ。絶対普通じゃない)

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