第21話 閲覧制限

『犬會市犬會大学医学部付属病院で起きる汚染病院は十年周期で発生しています。最新の汚染病院で三回目になります。はじめの記事には最新の汚染病院のものを表示します』


(あれが最初じゃなかったの!? なら特戦は汚染病院を事前に知っていた?)


 そんなのは初耳だ。以前にもあったこと、あの悪夢が人を襲ったのは初めてではなかった。


 だが思えばいろいろ合点がいくところがある。


 特戦の動きとその規模だ。


 あの時特戦は病院を丸ごと封鎖、さらにいくつものテントや部隊を敷地内に入れ汚染病院に乗り出していた。


 あれほどの規模の出動そう簡単に出来るものではない。


 またあの時点では汚染病院がどういったものか分からなかったはず。なのにあの規模は説明がつかない。


 事前に知っていたのだ。


 明確にいつか分からなくても十年周期で発生すると分かっていればとりあえす用意は出来る。


 宮坂は驚きつつも続きに目を通す。


『汚染病院は回数を重ねるごとにその範囲を拡大していることが確認されています。過去の事例については以下の記事を閲覧してください』


(範囲が拡大ですって)


 汚染病院はその範囲を拡大している。


 最初がどれくらいの規模だったのかは別の記事を見れば分かるようだがこれは由々しき事態だ。


 範囲が拡大しているということは次はもっと広い地域が汚染病院化する。


 最悪町すべてが汚染病院化する可能性だってあるということだ。


 だから特戦は封鎖した。あれほどの規模で出動したのも納得できる。


 汚染病院は危険だ、その内容もそうだがこれが病院に留まらずさらに拡大すれば手に負えなくなる。


 被害はさらに広がり隠し通せなくなる。


 汚染病院が持つ危険性。それを新たに認識する。


 まるで頭を鈍器で小突かれたような気分だがそんな宮坂にさらに追い打ちが入る。


「え」


 今日何度目の驚きだろう。けれどこれは今までとはまったく違う衝撃だった。


「そんな」


 声が震える。心が静止する。それはショック状態に似ていた。


 あまりのことに頭が真っ白になっていく。受け止めきれない。情報を処理できない。まるで他人事のようだ。


 それは今日一番の驚きで、同時に胸を抉るほどの痛みだった。


『汚染病院の発生に伴い同市内において高校生の少年が出現します。彼は妹を助けるという理由から汚染病院へと侵入を試みます。この事例はすべての汚染病院事象において確認されており少年は汚染病院の一部だと考えられています』


 まるで心臓が止まったように心が微動だにしない。けれどどこか冷静な自分が理解していく。


「沓名さんが、異常存在……?」


 彼は、人間ではなかった。むしろ逆、彼も汚染病院なのだ。


「嘘」


 嘘であって欲しい。いや、本当なはずがない。


 彼は私を助けてくれた。あの悪夢の中で。窮地から救ってくれて励ましてくれた。


 そして約束までしてくれた、怖い時はまた助けてくれると。


 彼が異常存在なんて、それはあまりにも――


「う、うう……」


 宮坂の頬を涙が伝う。唯一といっていい温かな思い出、それが真実という冷たいナイフが切り裂いていく。


 情緒がめちゃくちゃだった。溺れているようにパニックで、考えがまとまらない。

 ただ泣いていた。


 泣くことしか出来なかった。


 暴れる感情を涙に変えて流すことしかこの気持ちを表せない。泣いて、喚いて、恥も外聞もなく気持ちを吐き出した。


 ただ、ただただ悲しかった。


 しばらくして宮坂は涙を拭った。気持ちはだいぶ落ち着いてくれた。それでも放心状態で気持ちもどこかふわふわしている。


 それでも記事を読むことは止めなかった。それは使命感だろうか、それとも惰性だろうか。


 なぜ自分がこれを読むのかもよく分からないまま、それでも彼女は手を動かした。


『発生原因』


(そこまで分かってるの……?)


 そもそもなぜ汚染病院は発生するのか。その原因はすでに判明している。この事件はその多くが解明しているのだ。


 ではそれはなぜなのか。この悪夢はいったいなんの夢なのか。宮坂はそれを読んだ。


『19××年×月×日、同市内に住む当時十六歳の沓名優輝氏が交通事故で亡くなりました。原因は彼の妹である当時十四歳である沓名愛羽氏を庇うため道路に出たところを車に轢かれたためでした』


 そこに書かれてある文章。それは宮坂にとって小さな励ましだった。


(ああ、そっか。沓名さん。あなたは)


 それは勇気であり希望だ。彼へのせめてもの慰めだった。


(もう、すでに救っていたんですね。妹さんを)


 彼は救っていた。妹を一度は助けていたのだ、その命を犠牲にして。


 憧れのあの人はやはりあの人で、沓名優輝という少年を嬉しく、誇りに思う。


『しかしそれから七日後、死亡届が受理されているにも関わらず近隣住人から優輝氏の目撃証言が相次ぎ特戦職員の確認も取れたためこれを異常事象に認定。調査により沓名愛羽氏が現実改変者であることが判明しました』


(現実改変者? 沓名さんの妹さんが?)


 現実改変者とは文字通り現実を思いのままに変えてしまう者のことだ。


 彼らは先天的、または後天的に高現実存在となることで基準現実を変えることが出来る。


 その規模や改変可能範囲は個人差があるが現実を自分の好きなように出来る点は変わらない。


 沓名愛羽は死んでしまった兄を復活させたのだ。まるで現実というキャンパスに新たな兄を描き足すように。


 認められない現実を、書き換えた。


『特戦は愛羽氏収容作戦を決定。


 現実性固定装置を積んだ車を周囲に配置した後部隊が沓名氏の自宅に突入しました。


 奇襲作戦により現実改変行使の前に現実操作抑制剤の投与に成功。


 これにより現実改変により実体化していた沓名優輝氏は消滅しました。


 沓名愛羽氏はその後犬會医学大学付属病院へと運ばれ収容されています。


 それから一年後の19××年×月×日第一回目の汚染病院が発生。


 それに伴い同市に沓名優輝氏と外見が同じ少年(のちの調査により遺伝的にも一致)の人型実体が出現しました。


 汚染病院に突入しようとしたところを特戦の職員が確保。


 その後のインタビューで動機は自身の妹である愛羽氏の救出だと判明しました。


 また彼自身には自分がすでに死んでいる記憶はなく死亡前の状態であることが分かっています。


 彼の拘束はあらゆる方法が失敗しており現実改変の影響が示唆されています。


 彼は汚染病院へ突入後死亡が確認されておりそれと同時に汚染病院も消失しています。


 そのため汚染病院の発生原因は収容中の沓名愛羽氏が優輝氏によって自身を救出してもらうことを目的とした現実改変であると考えられています。また汚染病院は愛羽氏が無意識に行っている可能性が高く直接的な手段による脱出がされていないのがその根拠です』


 読み終えた。宮坂は途方もうない疲労感に項垂れつつもその実態を理解していた。


 汚染病院とはなんなのか。なぜ発生するのか。なぜ沓名優輝は自身の危険も顧みずあれほどに妹を助けようとしていたのか。


 その全てが繋がった。これは一人の少女の願い。それを叶えるために現れる希望の物語。


 自分はそこにまぎれたモブキャラの一人だったというわけだ。


 でも、それでもいい。自然と宮坂の心情は晴れており清々しいほどだった。


 彼が異常存在だと知った時はショックだった。立ち直れないかもしれないと思った。けど今は違う。新たな目的が出来た。


「汚染病院は十年周期。次の発生は二年後」


 もし発生時期が変わっていないのであれば次は二年後だ。その時汚染病院は四たび現れる。


「その時、また彼に会える」


 セットで現れる少年とともに。そのことに宮坂の目つきは息を吹き返したように活気に満ちている。


「その時は、助け出そう。今度こそ」


 沓名愛羽の救出を巡って行われる汚染病院も次で四回目。汚染病院から始まった自分の物語を次で終わらせる。


(気になるのは最後の一文)


 しかし新たな目的に胸を熱くする一方で懸念もある。鋭い目でそれを見る。


『閲覧制限。これより先は第三職員以上のライセンス所有者のみが閲覧可能です』


 まだ続きがあるのか。嫌になる。これ以上なにがあるというのか。


 しかしこの際どうでもいい。


 これ以上の秘密がなんであろうが知ったことではない。やることに変わりはないのだ。


 彼女はSОSを受け取った。そして真実を知った。ならば突き進むだけだ。


 受け取った恩を返すため。これまでの時間を清算するために。彼女は覚悟を決める。


 二年後に起きる次の汚染病院。


 そこで決着を付ける、この悪夢と。

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