第14話 私じゃ、駄目ですか?

 トラックの荷台にある病室で沓名と宮坂はじっと動きがあるのを待っていた。内装は全体的に白くベッドが一つしかない簡易的な部屋ではあるがそれでも二人にとっては天国のようだ。安全というだけでいる価値がある。


 ただし雰囲気はどこかどんよりとしており暗いものだった。


「どうして、あんなこと言ったんですか?」


 そこで宮坂が遠慮がちに聞いてきた。その質問に優輝はうまい答えが浮かばない。


「駄目ですよ、あんな場所に行くなんて言ったら。愛羽さんを助けたいって気持ちは私だって分かりますけど、でもそれで自分が行くなんて」


 中水が突入する際優輝は自分もついて行くと言った。汚染病院の怖さを知っているにも関わらず。

 それは宮坂からすれば自殺行為と変わらない。それが妹を助けたいという理由なのも知っているが、だとしてもだ。


「どうして、あんなこと言ったんですか?」


 あまりにも危険過ぎる。

 宮坂からの質問に優輝はなかなか言えないでいた。それは質問の形をした叱責だと分かっているからだ。


「愛羽を、助けたいんだ」


 だから答えは言い訳のようになってしまう。


「母との約束でさ、妹を守る立派なお兄さんになるって。母さんは、愛羽が生まれてくる時に亡くなって。だから俺が小さい頃から面倒見てたんだ。その愛羽が俺に助けを求めてる。だから、俺は……」


 答えていくが、どうしても弁明っぽくなってしまう。


「……分かってる、俺が行ったところで意味がないって。それこそ犬死になりかねない。それでも、じっとしてられないっていうか、俺じゃなきゃいけないっていうか」


 愛羽を助けたい。他ならぬ自分の手で。それは気持ちだ、合理性も理屈もない。議論すれば負けてしまう根拠しかない。それでもだ。

 愛羽は、自分に助けを求めている。それに応えたい。


「沓名さんが、それだけ妹さんのことを大事に思っているのは、分かりました。そういうところも沓名さんのいいところだと思います。だけど! それで自分を危険に晒したり、犠牲にするのは間違ってますよ! 沓名さんはそれでいいかもしれないですけど、それで沓名さんになにかあったら、沓名さんを大事に思っている人はどうなるんですか?」

「それは……」

「悲しむじゃないですか……!」


 宮坂の両目が、潤んでいた。溜まったそれは一筋の涙となって頬に落ちていく。

 沓名が愛羽を大事に思うように、沓名を大事に思っている人だって同じように心配している。

 彼女の涙に沓名は驚いたものの、それでも変わらない思いに目線を下げる。


「愛羽には、俺が」


 彼女には申し訳なく思うが、それでも愛羽を思う気持ちは譲れない。

 それを見て宮坂も顔を下げた。


「沓名さん、優しいし、勇気があるし、すごいって思ってますけど、でも、ちょっとおかしいですよ。普通、家族のためでもあんな場所に行こうなんてしませんよ。自分が死んじゃうかもしれないのに」


 それは、そうかもしれない。他人からすれば優輝の行動は異常に見えるかもしれない。自分の命すら顧みず家族を救おうとする姿は美徳にも見えるが同時にあまりにも歪で、危険過ぎる。


 その思いは理屈じゃない。だから止まらず、優輝を説き伏せることは出来ない。

 その時、宮坂が覚悟を決めた目で見つめてきた。


「私と、付き合ってください!」

「え!?」


 自分の思いで彼女に心配させていること、それに若干の自己嫌悪を覚えていたところに予想斜め上の爆弾が放り込まれてきた。


「いや、急になにを」


 突然のことに流石にふためく。いったいなぜこのタイミングで。

 だが彼女の狙いはしっかりしていた。


「私と恋人になってください。それならずっと一緒にいてくれますよね?」


 優輝をあそこへは行かせない。二度と危険な目に遭わせないと、必死な瞳と言葉が放たれる。


「私の傍にいて、私を守ってくださいよ。これからもずっと! 私も、そ、その! 恋人として出来る限り頑張りますから!」

(いやいやいや)


 とはいえとんでもない強行手段に出たものだ。さすがに面食らってしまう。


「いや、その」


 言い淀む。どうしたものか。これが普通の状況ならガッツポーズを取るほど嬉しいことだ。相手は美少女、それが向こうから付き合ってくださいと言ってきた、男子なら全員が夢見るシチュエーションだろう。


(まいったな)


 愛羽は大事、それは変わらない。だけどここで彼女を悲しませたい訳じゃない。宮坂はとてもいい子だし付き合えたらとても楽しいはずだ。それに彼女の言う通り自分が汚染病院に行ったところで結果は目に見えている。それこそ中水たちが今頑張ってくれているのだ、それで妹は救出される。ならそれでいい。なにも自分が危険を侵してまで行く必要はない。


「私じゃ、駄目ですか?」


 潤んだ瞳が二度目の涙を流す前、優輝は決断した。


「分かったよ、付き合おうか」

「ほんとですか!?」

「ああ」

「やった!」

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